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隣のテーブルにある料理が美味しそうだからといって横取りしてどうする? - エンデューロ日記 No.40

いくら業界の大手だからといって、スポーツイベントの運営内容に口を挟み、資金を盾に言うことを聞かせようなどあっていいものではない。企業は利潤のためにいつでも方針変更しなければならないもので、普遍性、中立性が不可欠なスポーツイベントに参加するには、相応の度量、資質、覚悟が求められるべきだ。

1998年から数年間。イギリスのエンデューロ世界チャンピオン、ポール・エドモンドソンが、アメリカのGNCCにフル参戦していた。バイクはカワサキを使っていた。GNCCは、現在ほど大きな存在ではなかったが、すでにアメリカで一番人気のあるオフロードレースのシリーズ戦になっていた。プロスポーツとして停滞していた欧州、英国のエンデューロシーンに飽き足らずにいた彼は、新たな活躍の場としてアメリカの、それもクロスカントリーレーシングを選んだのだった。

「クロスカントリーレーシング」というのは、欧州のオフロード競技には無かったもので、その後、ポール・エドモンドソンが母国で始めた"Fast Eddy Cross country Series"によって知られることになり、瞬く間に、欧州全体に広がっていった。

ポール・エドモンドソンは、ライダーとして活躍する一方、イベント主催者として常に意欲的な取り組みを行い、英国のシーンを強い影響を与え続けている。ハードエンデューロのシリーズもいち早く提唱し、自ら主催。英国選手権にまで発展。日本でいえば石戸谷蓮のようにアグレッシブな存在だ。

ポールによって輸入されたクロスカントリーレースが流行する要因には、環境保護機運の高まりとともに、自由に走れるトレイルが減少し、同時に、従来のスタイルの競技、エンデューロの開催が以前よりも難しくなってきたことが第一に挙げられる。知っての通り、エンデューロでは、少なくとも数十キロの距離を持つルートと、数カ所に設定されたスペシャルテストが必要だ。充分に走り応えのある競技とするには、ルートには難しいシングルトラックがあり、スペシャルテストはそれぞれに性格の異なる地形であるのが良い。だが、どこでも自由にエンデューロバイクが走り回れるわけではない。良いコースを作れるかどうかは、その土地その土地の環境に大きく左右される。開催エリアが広域になるほど制約も大きくなり、結果として「走り応えのある」とされるコース設定が難しくなっていった。

一方、新たに欧州に「輸入」されたGNCCスタイルのクロスカントリーレーシングは、せいぜい10キロ内外のコースがあればよく、そこでライダーたちは2時間なり3時間のレースで、思いっきり走ることができる。この時期、ライダーのフラストレーションを解消し、オーガナイザーの苦悩を同時に解決する策として歓迎され、一気に広まった。それが、ポール・エドモンドソンのもたらしたムーブメントだった。

クロスカントリーレーシングは、一時的なブームになり、その後、ある程度定着しながら、大部分は、ハードエンデューロの台頭に置き換えられることになったといっていいだろう。

今やクラシックエンデューロと呼ばれるようになった、従来の形の、長いルートとスペシャルテストを持つ競技は、開催の困難さは変化していないが、それでもENDURO GP、インターナショナルシックスデイズエンデューロを頂点として存在価値を堅持している。

話を飛躍させるつもりはないが、2ストロークエンジンのフューエルインジェクション化が、まず、エンデューロモデルで実現していったのもそのために他ならない。大多数のユーザーは、トレイルライディングとしてエンデューロをとらえているのである。エンデューロとはレースである以前にバイクライフの在り方に他ならず、2ストロークのインジェクション化は、ストリートリーガル(公道仕様)であるためのソリューションとしてスタートしたものだ。
日本では「オフロードバイク」という言葉が示すように、エンデユーロバイクも公道を走らないオフ・ハイウェイ・ビークルとして認識されてしまっているが、そこがまず大きく違うということを知っておきたい。

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