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エンデューロバイクの哲学 - エンデューロ日記 No.39

以前、印刷版のビッグタンクの方で、「歴史に残るエンデューロバイク」または「理想のエンデューロバイク」というテーマによる特集を行なったことがある。選手、専門店、メーカー、メディア、国内外のエンスージアストに寄稿を依頼し、それぞれ「これこそは」というエンデューロバイクを古今東西を問わず、3台ずつ紹介してもらったのだ。どんなバイクが登場していたかということについては想像にお任せするが、どれも興味深いバイクばかりで、それを推す理由にもそれぞれうなづけるものがあった。そこには「エンデューロバイクとはどういうものであるべきか」という、寄稿者それぞれの哲学がはっきりと表れてもいる。曰く、信頼性に富んでいなければならない。曰く、長時間の走行でライダーを必要以上に疲れさせるものであってはならない。

そのなかで、ひとつだけ改めて紹介するならば、カナダの著名なモータースポーツジャーナリストであるローレンス・ハッキングが紹介した、旧チェコスロバキア製のISDTマシン(6日間競技用)である1976年モデルのJAWA(ヤワ)を挙げなければならないだろう。そのモーターサイクルの成り立ちと、バッググラウンド、またJAWAチームのストーリーこそは、エンデューロという競技そのものが持つ哲学を端的に表していた。堅牢であること、壊れにくく、たとえ壊れても限られた工具ですぐに修理して再び走り出せること、どんな悪路にも立ち往生することなく、時に誰よりも速く走ることができるスピードを兼ね備えること。ハイウェイからトライアルセクションのようなルートまでを難なくこなし、6日間・1600kmという長距離・長時間を耐え抜くこと。最後の1本のスピードテストを終えてもなお完全な調子を維持していること。それは、モーターサイクルに求められる性能であると同時にエンデューロライダーに求められる資質をも表し、ひいてはエンデューロという競技の本質をも表す。そうしたことが一台の旧いエンデューロバイクから読み取ることができるのだ。

こうした旧い時代のエンデューロバイクが面白いのは、それらの哲学・思想が、比較的わかりやすいくディテールに現れている点だ。例えば、フルカバードされたチェーン、前に踏み下ろすタイプのキックアーム(エンジンスターター)、フレームに内蔵されたエアタンク(タイヤの空気圧調整のためだ)、頑丈な皮革製のバッグはコンパクトにまとまったツールセットを収納するためのもの。そのフォルムは全体として「単独(ソロ)でどこまでも走り続けよう」とする意志そのもを表現している。

そうした思想が現代のエンデューロバイクからは失われているかというと、必ずしもそうとは言えない。ただ、モーターサイクルという工業製品の品質が全体として向上し、6日間・1600kmというディスタンスが相対的に短くなっているため、そうした部分が見えにくくなっているということは確かにある。明らかに「速度」が重視される、レーシングマシンに近い存在になっているのが、現代のエンデューロバイクだ。それでも、JAWAのISDTモデルに見られるような6日間競技の哲学は、現代のバイクにも受け継がれ内包されている。例えば、オレンジをまとうKTMのユーザーにもわかると思うが、小さくまとまった車載のツールキットだけで、ほとんどの整備ができるように工夫された構造、整備性。折れても難なく操作できるように設計されたコントロールレバー等にもわかりやすいし、見える部分ではないが、マイルドなエンジン特性やソフトで疲れにくいサスペンションもまた、エンデューロバイクならではのもので、基本的な方向性はそう変わってはいない。

ひとつ注意しなければならないのは、彼らは、そのいかにもクラシカルな外観のバイクで、ほどほど・それなりのスピードで走っていたのだろう、などと勘違いしてしまうことだ。

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