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日本語教師日記129.さよなら教室ありがとう(4)

今日、2022年4月18日月曜日は、ワンルームアパートでの教室を閉鎖後、
初めて、たった一人の対面の生徒さんSさんを、
我が家の「教室」へご案内した日となりました。

Sさんは、義母が一人で遊びに来て滞在していた間、ときどき茶飲み友達になってくれました。クリスマスランチを私と義母とSさんで食べたり、英国式に、コンランショップのばかに大きなティーポットでお茶を淹れ、一緒にスコーンを食べたりしました。義母も半年後にはなんと100歳。目が見えませんので、さすがにもう日本に来てくれることは無理ですが、英国の生活も長かった人なので、紳士のSさんに引き合わせることができたのは、とてもよかったです。

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蓋だけひびが入り、金継ぎをしてしばらく使っていたポット。
これは、どなたかの画像を無断でお借りしています。
こういう大きいポットも、要らなくなりました。


さて、我が家は今、玄関、廊下、次女の部屋、リビングと、箱だらけです。
ワンルームとはいえ、その押し入れにも、不用品をいつの間にか溜めてしまい、何より最後には、非力な私では動かせない、重い本とアルバムの詰まった箱がたくさんできてしまいました。

一方、新しい教室になる、長女の部屋。
GleeやOne Direction(懐かしい!)のポスターや、
ラノベとコミックとCD(CD聴かなくなった・・)などの詰まった本箱。
そんなものが溢れているところでレッスンをするため、私はこの週末、
埃にまみれて、掃除をいたしました!  
鼻がずっとむずむずしています。
勢いを駆って、夫がかなりまだ、リモートワークであるために
あちこちに仕事関連のものが積み重なっている寝室なども、
マスクをかけて頑張りました。


しばらくの間、こちら、noteでも、「2022年の狂詩曲ラプソディー」と銘打って、愚痴いっぱいの極私的日記を書かせていただいていましたが、
3月から4月にかけても、結構大変でした。
3週間の間に法事、次女のアパート探し、次女と自分のプチ引っ越し。
さすがに疲れました。
が、この後は何が重なって起こっても、
腰や膝はともかく、精神的には大丈夫だと思えます。
そういう意味では、とても良い経験をしました。
人が亡くなった後の手続きなども、もうしっかり頭に入りました。
もうすぐ消えますが、とりあえずは入っています。


さて、私が教室を片付けようとしていたときですが、
誰かが側にいたら、私がたびたび天井を仰いで、

う〜わ〜・・
これか・・・

うわぁ、無理〜・・
いやこれは無理・・

と呻いているのをご覧になったでしょう。

どうやら、教室開設当時、初めて自分の城を持つことにハイになり、
母家の方から、どうしても処分できなかったものを運び込んでいました。

子供たちの小学生からの遠足や入学・卒業の記念写真。
子供たちの描いた絵。
30年以上も前からの、生徒たちの名刺。
自分がかかわった、いくつものエージェントや日本語学校が作ってくれた名刺。
映画とコンサートのパンフレット。
プライベートレッスンで使っていた領収書のブックレットや
生徒たちのサインのあるタイムシート。
もう流石に使えない、N、とつかない「日本語能力試験1級」から始まり、
全てのレベルのドリルや教科書、手作りのプリントが大量に。
自分が教え始めてからずっと使っていた、誰も知らない「わかる日本語」5巻。

💧これ、私の全てだわ💧

と思ってしまうと、到底捨てられないのですが、運び入れて10年、全く一回も見ていませんから、本当に本当に要らないものです。
要らないということは、断言できます。


ただ、このもの等は、引っ越しなどがあったとき限定で奥の方から出てきて、

捨〜てようか、捨てようよ〜♪
いや無理・・・・

という気持ちにさせ、私の心を掻き乱すのが お仕事です。

捨ててしまえば、out of sight, out of mind=見えなくなれば忘れます。


でもそれができませんでした。

今回の引き払いは、1ヶ月前通知をしてあり、
1ヶ月あれば楽勝と思っていたのですが、
土日ごとに上京をする羽目になったりして、
前日1日しか荷造りと荷物の移動ができなんだ。

で、しみじみと悩んでいる暇が、全くありませんでした。
どうしたかというと、全部箱に詰め込んで、母家に移してしまいました。

とはいえ、泣く泣く捨てたものもたくさんあります。
私は箱マニアで、デバイスの箱(丈夫で素敵ですよね)、
自分と夫の使ってきたインクの入っていた箱など、全て取ってありました。
本箱の上にぎっしり置いて、眺めては楽しんできましたので、
箱としての役目はとうとう終えたと思えました。
なので今回、全て捨てました。

その箱の中に、なぜかペットボトルの蓋が入っているのがいくつもありました。

最初の1、2箱は、

「小学校でよく蓋を集めているので、取っておいたのか」
「でも、うちに小学生いなかったしなぁ」
「でも、小さなインク瓶の箱に、五個とか入っているのはなぜ?」

と思ったのですが、最後の方で箱を開けて、蓋を出してみて思い出しました。






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これですね、これは、助詞を生徒たちに叩き込むため、
対面のレッスンしかしていなかった時代、作っては持ち歩いていたものでした。


今の私は、レッスン中に生徒に発語をしてもらうとき、
Google Docsのその生徒のその日のページに、
どんどんデクテーションし、入力していきます。

で、生徒が助詞を抜かしたり、間違えると、
そこへすかさず()を入れていくんですね。
生徒はそれを見ると、「じょし、抜かしたな」「じょし、間違ったな」
と分かりますので、言い直してくれます。

対面の授業のときは、生徒に発語してもらって、
間違えていなければその助詞を書いた蓋を、
ばーん!
と音をさせながらデスクの上に置いていき、
間違えたり抜かしたりすると、蓋をひっくり返して置いていきました。

ばーん!

と叩きつけたのは、勢いがついて(自分が)楽しいからです。

助詞というのは、法則を、この場合には「は」、この場合には「で」ですよ・・と教えても、話しながらではなかなか、正しいものを言えないのは
日本語教師周知のことですね。

私はこのペットボトルの蓋を毎回使って、全員の生徒に、
正しい助詞をマスターしてもらうようにしていたのでした。

対面授業はこういうことができるので、本当に楽しいです。

もうちょっと続きますね。


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