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エッセイ146. 翻訳の沼(12)それが日本にないので①セイヴォリーズ

「翻訳できない外国語」という言葉を聞くと、
それほどに難しい文法なのかと つい思いますが、
もっと単純なことがあります。

そのときの日本に、その言葉の表すものがなかった場合などです。

以前にも書きましたが、「ナルニア国物語」一巻に、エドマンドが魔女に誘惑されて、食べたいものを言わせられる場面があります。
何を食べたいかと問われて、「プリン」と。
その「プリン」は、食べても食べても満足できず、もっと食べたくなるという魔法のかかった、いやらしいお菓子。
一方、「プリン」といえば、私の子供時代ですと、外では焼きカスタードプリンを食べたがり、家で母が作るのは、それと似て非なる「ハウスのプリン」。
雪の中に座って、そういうの食べたいか?と思ったのを覚えています。
大人になって原作を読んでみたら、その魔術のお菓子は、「ターキッシュ・デライト」というものでした。
今ではカルディや成城石井などにもある、果汁を固めた、歯応えのある硬くて四角いゼリーで、粉砂糖がまぶしてあります。長野県の「みすず飴」と同じようなもの。
NZの帰省で出され、「エドマンドって、これを死ぬほど食べたいって・・」と思ったものでした。
「普段、いいもの食べてないんだな」って・・・。


「すばらしいフェルディナンド」か「おきなさいフェルディナンド」に出てくる、「さくらんぼジャム入り薄焼卵」は、今思うとクレープなのですが、私の子供の頃はクレープがなくて、こちらも翻訳家の方が苦労したことが想像できました。おそらく、その国の人に問い合わせたりして、見た目が一番近い「薄卵焼き」を採用したのではないでしょうか。


リンドグレーンの「やかまし村の子供達」シリーズに、ザリガニを茹でてみんなで楽しく食べるシーンがあり、私は家の前のガスのプツプツ湧いている側溝にいて、男子に釣られているザリガニしか知らなかったので、ぎょっとしました。


今は世界が小さくなり、どんなことでも知恵袋や教えてGoo、Quoraやウィキペディア先生が教えてくれますから、「名詞」については、悩まないかなと思ってきたのですが、そうでもなかった、ということがつい先日ありました。

生徒に、

「甘いお菓子だけではなく、セイヴォリーズも供する」

の、savoriesはどう訳しますかと訊かれたのです。
savory、セイヴォリーの複数形です。

日本語では「お菓子」というと、主に甘いものを思い浮かべることが多いような気がします。

で、「おやつ」というと、かっぱえびせんとか さきいかとか、「甘くないもの」も入ってきて、なんとなく「お菓子とは、呼びたくない」感じです。

savories セイヴォリーズは、チップスやチートスのような、甘くないお菓子だそうです。
また、チーズやお肉も入ってきたり、デザート扱いの時もあるし、前菜(フレンチのケークサクレなど)でもあるので、ややこしいです。

「うちの子は、セイヴォリーズしか食べないのよ、おやつに」

みたいな言い方をされています。

要するに、甘いデザートの対象にあるもの、です。


けれど、辞書を見ると日本人なら混乱間違いなしです。


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上から1、1a、2・・と見ていきながら、さきほどの文を訳そうとすると、

え〜・・お菓子や、ぴりっとした・・からい・・を、コーヒーと共に、いやいや、お菓子や食欲をそそるもの・・いやいや・・お菓子や心地よい・・えええ?

となっても自然です。

対象言語を、自分では話さない、対象言語を使う社会にいない場合、辞書頼りになりますが、そういうときに苦しむのがこういう場合です。

私はたまたま、英語を話す住み込みの外人旦那がいて、
その辺でお茶を飲んでいますし、いなくてもすぐに生徒に質問しますので、
悩みをそう長く引っ張らないで済んでいます。
そうでなかったら、このセイヴォリーズも、絶対謎のままでした。

そしてよく考えると、この文の背後には、英語圏の「普通」つまり、

普通はコーヒーと共に供されるのは「甘い」お菓子だが、
この時期には、「そうでないもの」も食べることがある。

というのがあり、だからわざわざ「甘い味の他に、甘くない塩味のものも出す」
と言っているような気がします。


一方、日本のお茶うけは昔から、お煎餅もアーモンド入り小魚も、なんならおばあちゃんには白菜漬けもありなので、わざわざ「甘いものだけではなく」と言われても、何が言いたいのか今ひとつわからず、訳そうとすると苦しくなります。

質問してきた生徒に、「じゃあ、セイヴォリーってどんなものですか?」と質問しましたら、ベーコンやチーズの載ったペストリーとか言っていました。

そうすると、苦しい翻訳ですが、

「この時期は、コーヒーにはお菓子も、おかず系のペストリーなども出します」

ぐらいかなぁと思って、そう答えました。

今、たまたま翻訳家の生徒が二人いますので、
これで正しいかどうか、さっそく訊いてきますね。


よく、勢いこんで質問して、

「先生、全く違います」

と言われることも多いので、首洗って行ってきますわ。


翻訳沼にずぶずぶ。

続きます。

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