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ドント・ルック・バック・イン・アンガー合唱団、海を渡る #人生を変えた一曲 by LINE MUSIC

洋楽は大人世界への入場券である。

少なくとも90年代に愛知の田園地帯で暮らす14歳にとって、洋楽のCDは価値のよくわからんリーバイスを買うより2000円弱で確実に自分を大人にしてくれるものだった。

中2の自分は、好きな人の話やエロ話をし合うクラスメイトに「名古屋に行って洋楽買おう」と冒険を画策し、名鉄に30分乗って名古屋駅前のHMVで売れてる洋楽を購入。地元に戻って仲間内で背伸びする中学生活を送っていた。

それを何度か繰り返す中で手にしたのがオアシスの「(What's the Story) Morning Glory?」。最初は一緒に買ったスキャットマン・ジョンという早口おじさんのほうにウケてて、オアシスは正直なんだかよくわからなかった。

今ならわかるが、それは「のちに自分の価値観を揺るがすほどの作品は違和感から始まる」というものだった。わからないなりに再生ボタンを押していたら、あるタイミングから「あれ…これいい曲だな?」となり、数カ月後にはほぼ全曲においてそれぞれ一本の映画を観たくらいに打ちのめされていた。

その中でも「Wonderwall」で身震いした次に訪れる、ひときわ感動的な楽曲は格別だった。「Don't Look Back In Anger」、この曲だけボーカルが老け込んでいる気がしたが、そんなことよりこの優しくて懐かしさのあるメロディときたら。ドラム連打からなだれ込むラスサビに、震えながら「人生の最終回はこの曲だ!」とすら思った。

365日オアシス生活みたいな日々を経て、高1の冬には日本武道館公演の一報が届く。楽天トラベルすらない1997年、おれはYahoo!JAPANの「関東の宿」カテゴリをたどって宿を取り単身上京。「これがみんな憧れる武道館!」と興奮してオアシスのライブに挑んだ。

するとどうだ。あれだけ待ち焦がれたオアシスのライブ、全然つまらんではないか。リアムはオラつくだけで歌唱にやる気がない。というか、自分が憧れていた「あのライブ」を追体験できそうな気配がまるで感じられない。

彼らのライブと言えば、割れんばかりの大合唱じゃないのか。隣の人は歌を知らなそうだし…ライブビデオで観たりロッキンオンに煽ったりしたシンガロング皆無とか、東京の若者どうした?

その日は、位置を知らずに取った浦安の宿の遠さも含めて絶望しきっていた。

苦い思い出も、その直後に訪れたハイスタ筆頭のメロコアカルチャーやロックフェスの勃興によってクレンジングされ、当のオアシスもたびたび来日した。恥ずかしい失敗を重ねながらも10代は結果オーライで過ごせた。

そして転機は大学卒業前の2004年に訪れる。イギリスのグラストンベリーフェスティバルが、オアシスとポール・マッカートニーをトリにすると発表した。

ブリティッシュ・ロック最強のカード出た!すかさず中学の頃いっしょにオアシスを聴いた友人に連絡していたら、追加で「フェス前にオアシスが単独キックオフギグを実施」というニュースまで届く。啓示だ…!おれたちは渡航を決めた。

6月23日、場所はロンドンからバスで2時間半の港町・プール。おれたちはイングランドの肌寒さと潮風により、長袖シャツでも心もとない気持ちでいた。財布の中には、今夜のチケットが。おそらくついに、この場所でおれたちは本当のオアシス体験をする。

ライトハウスという公民館兼コンサートホール的な会場、そのエントランスから長々と続く入場列はむさ苦しい。このギグに集まったのはトレスポの面々を黒ビールで膨らませたような屈強な野郎ばかり。洋楽っておしゃれじゃないんか?と、田舎者はあの頃抱いたイメージを瓦解させていた。

赤坂BLITZと中野サンプラザを足して割ったようなオールスタンディングの会場内は、不穏だった。興奮と恐怖感に挟まれるおれたちは「何やるのか楽しみだよな…」「おう…」「…楽しみだよな!」「おお!やったるて!」と互いを鼓舞して時間を過ごす。

その後、前座び男性フォークデュオによるうすら寂しい楽曲は身も震えるようなブーイングによって吹き飛ばされた。転換の間も、2階席で元ヤン姉ちゃんが挑発的にタンクトップのすそを手で前後させ、見上げる1階席のビール腹たちが「おっぱい見せろ!おっぱい見せろ!」の大合唱。おしゃれな大人になるための洋楽、その産地のギャップはとんでもなかった。

客電が再び落ちてインスト曲「Fuckin' In The Bushes」が流れた瞬間、その粗野な空気は祝祭へと一変した。前方になだれ込む野郎ども、ダズンダズンと踏み鳴らされる床板、あちこちから放たれる歓喜の雄叫び。この日ほどこの出囃し内のサンプリング「地獄へ送るぞバカども!」という怒号が似合った瞬間はない。混沌としたフロアだが、気持ちはホームだ。友人は人の波に呑み込まれたが、きっと元気でやっているだろう。

アーミージャケットを着たタンバリン男と激眉兄貴は、大波のような盛り上がりを早速「Rock'n'Roll Star」でさらに刺激し、その勢いのまま1時間の本編を駆け抜けた。子供のような日本人も、倒れたら即起こしてもらうなどして濁流のライブ空間のひとつになった実感がある。初めてCDを買った日から約10年。ようやくここに来たんだと思えた。

チャントに煽られて始まったアンコール。さらりと始まった「Wonderwall」は静かなアルバム音源と違って頼もしい大合唱曲と化し、そしてアルバムの曲順通りに「Don't Look Back In Anger」が始まった。

あの音楽誌のレポ、海外ファンサイトに書きしばかれた現地ライブの熱狂はこれだ!もはやノエル・ギャラガーの声どころか、自分の口から出てる声すらも聞こえない。飲んだくれたちの全力熱唱が自分を囲み、大きな連帯感を作り出す。友人と実家で、ひとり自転車で、調子よかった飲み会の帰り道で散々練習してきたあの合唱曲ドンルクを、ようやく本番でぶちかませた気がする。

終了後に発見した友人も、ヘロヘロでまともに会話できないくらいだったが、太ももまで汗だくの自分と同じくらい達成感にいた。目だけで「おれたち、やったな」という気持ちを共有できた。 

2020年のいま。オアシスが崩壊しただけでなく、海外渡航や密なライブ体験は遠ざけられ、合唱なんて危険行為そのものと化した。バンドも含め、すべて元通りになんて想像するのはとても難しい。

しかし、あの場でドンルク合唱団員としての実績を積み、あの日からライブを楽しむ姿勢がひときわソリッドになった自分はこのままで終われない。いつか来る日を待ちつつ、来なければなんらかの方法で再現してみせよう。そんな気持ちで、おれは今日も音楽を再生する。

#人生を変えた一曲

こちらの記事は、LINE MUSIC公式noteオムニバス連載「#人生を変えた1曲」に寄稿したものです。今回ご紹介した、Oasisの『Don't Look Back In Anger』および『 (What's the Story) Morning Glory?』も、LINEMUSICで、誰でも月に1回、無料でフル再生できます。

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