自分らしく学び、社会とのつながりを作る―不登校経験者の店長が営むカフェ「HIBIKI Café」
埼玉県桶川市の住宅街にたたずむ古民家風のカフェ「HIBIKI Café(ヒビキカフェ)」。JR高崎線桶川駅の東口から徒歩6分ほどの場所にあり、隠れ家のような落ち着いた雰囲気を醸し出しています。
実はこちらはただのカフェではなく、学生のために「勉強を教える」活動をしているのが特徴です。さらに、不登校や引きこもりに関する相談の場でもあります。
とはいえ、学生のためだけのカフェではなく、一般のお客さんも利用できます。フードやドリンクメニューに定評があり、とくに店長・飯島裕美さんが淹れる自家焙煎コーヒーは絶品で、この味わいに惚れた常連客から愛され続けているのだとか。気になる要素が満載のヒビキカフェを訪れてみました。
ほっと一息つける図書館のような空間
カフェに足を踏み入れると、まず目に飛び込んでくるのが壁一面の本棚にぎっしり詰まった書籍。店内は民家を改装して造られており、忙しい日常の合間に一息つける居心地の良さを感じられます。
ヒビキカフェの看板メニューは、店名にもなっている「ひびきブレンド」です。
「4種類の豆をブレンドしているので、苦味と酸味のバランスが良いんですよ」と飯島さん。さっそくいただいてみると、苦味が少なくスッキリした後味です。ブラックでもまろやかで軽い味わいがあり、ミルクや砂糖なしでも最後までおいしくいただけました。これならコーヒーが苦手な人でも飲めそうです。
そのほか、タイの泉の水で精選された珈琲豆タイサイアムブルームーン、苦味と甘みがクセになるニューギニアAAなど、自宅で飲む機会のないコーヒーも注文できます。
食事メニューも充実しており、名物の「からあげ丼」のほかに、ホットサンド・ロールケーキなどもあり、食事時にもカフェタイムにもぴったりのフードがそろいます。
さらにコーヒー豆の販売もしており、棚には生豆がずらり。飯島さんによると、豆の特徴や産地を考慮してセレクトしているそうです。
「定番のマンデリンやキリマンジャロのほか、ガヨマウンテンやブラジルフルーツバスケットなど味や香りを楽しめる豆も入荷していますよ」
「同じ豆でも淹れ方によって味が変化するのが、コーヒーの奥深いところです」と飯島さんは熱く語ります。
「浅煎り・深煎りや粉の挽き方、お湯の温度、注ぐ際の速さなどの要素が加わることで、同じ豆を使っても風味に差が出るんですよ。お湯をゆっくり注ぐと苦味や雑味が強くなるし、少し速めにコーヒーポットのお湯を回すと爽やかな味わいが生まれます」
また、ヒビキカフェでは月に数回(不定期)「ハンドドリップコーヒー淹れ方教室」を開催しており、参加者同士で「利きコーヒー」を行い、味の違いを楽しんでいます。豆や粉からコーヒーを淹れるのは難しいと思われがちですが、コツさえつかめば初心者でも簡単に楽しめるそうです。
「不登校の子どものための居場所」から「宿題カフェ」へ
ヒビキカフェは本格的な自家焙煎コーヒーを楽しめる専門店ですが、学生たちのための「宿題カフェ」という別の側面も持ち合わせています。
「宿題カフェ」とは、子どもたちが学校帰りに立ち寄り、宿題ができる場です。そもそもヒビキカフェは、一般社団法人が不登校や引きこもりの小・中・高校生の進学や就職を支援する目的でオープンしました。
いまの日本では学校に通えなくなった子どものサポートをする制度が十分でないため、「不登校の子供たちが社会とのつながりを持つきっかけを提供したい」と考えています。
「ヒビキカフェの運営元である『Moonlight Project』は、埼玉県立浦和商業高校定時制(2008年に廃校)の元教師やOB・OGが集まって設立された団体で、学校に通えず孤立する子どもたちと社会をつなぐ架け橋の役割を果たしたいと設立されました。私はこの団体の理事を兼務しているんですよ」
現在、ヒビキカフェは不登校に悩む学生の相談窓口にもなっています。実際に相談に訪れるのは不登校の子どもを持つ親が多いとのこと。親子で一緒にカフェを訪れる場合もあるそうです。
ご自身も不登校経験者である飯島さん。子どもの頃の体験をベースに、不登校や引きこもりの悩みを優しく受けとめ、心が軽くなるようにとアドバイスをしています。
「親御さんが焦る気持ちはわかるのですが、お子さんに口うるさく『学校に行きなさい』というのは逆効果です。まずは本人の意思を尊重することが大事だと伝えています。不登校の当事者である学生さんと話すときは、心を開いてくれるまで時間がかかる場合もありますが、辛抱強く言葉を待ちますね」
10代から70代まで学びたい人が集う
ヒビキカフェは「宿題カフェ」ではありますが、勉強するよう子どもに強制はしません。しっかり勉強したい学生は「Moonlight Project」の関連団体であるフリースクールに通っており、ヒビキカフェではスクールの教師が学生の学年や理解度に合わせて個別指導しています。
また、勉強をするためにカフェに集うお客さんは、運営陣から「ラーナー」と呼ばれ、10代~70代の幅広い年齢層の人々が訪れています。数学・理科・英語など、スコーレムーンライトで各科目を担当する先生(それぞれ一人ずつ)が不定期にヒビキカフェに来て個別指導するそうです。
「現役の学生だけでなく、高校卒業の認定資格を受けるために学んでいる社会人もいます。ラーナーが教科書やプリントなどを持参して自主的に勉強する場合もあれば、マンツーマンで教えるときもありますね」
その言葉通り、ヒビキカフェの店内を見渡すと、ラーナーの姿がちらほら。取材とは別日にお店を訪ねると数学の先生が来ており、テーブル席でラーナーに問題の解き方を教えていました。
「私は教師ではないので、ラーナーたちの話し相手や遊び相手をしています。たわいのない雑談をしたり、一緒にゲームしたり。いつもカフェにいて、気軽に話せる人という立ち位置です」
こう穏やかに語る飯島さんは、まるで学校の相談室にいるカウンセラーのようです。さまざまな事情を抱えるラーナーにとって、飯島さんとの会話が心の癒やしになっているのかもしれません。
カフェは誰もが気軽に来られる「居場所」
令和4年度のこども家庭庁の調査によると、何らかの事情で不登校になっている学生は全国におよそ30万人もいるそうです。
学校に通わなくても、やる気さえあれば自宅で勉強することは可能でしょう。しかし社会とのつながりがなくなるため、大人になって人間関係を築くのに苦労したり、進学や就職で不利になったりする可能性は十分にありえます。いわゆる「社会性」と呼ばれるコミュニケーション能力や他者との協調性などを身につけるには、「ヒビキカフェのような”第三の居場所”が必要不可欠」と飯島さんは語ります。
「いま不登校で悩んでいる人がいれば、ぜひヒビキカフェに来てほしいですね。学校の相談室に遊びに来る感覚で、コーヒーを飲みながらお話するだけでも心が軽くなりますよ。とにかく人と接する機会を増やすこと、それが大事ですね。カフェが『学校でも家でもない第三の居場所』になればうれしいです」
今後は「不登校に悩む学生の学び場を増やしたい」と意気込む飯島さん。2024年7月から、ヒビキカフェの平日営業日はフリースクールへと変更し、中高生を対象にした学びの場に生まれ変わる予定です。なお、土・日曜はこれまで通りカフェとして営業し、自慢のコーヒーや料理は変わらず振る舞っていきます。
また、「不登校に悩む学生のため」を貫き通してきたヒビキカフェは、「保留コーヒー」というユニークな取り組みを続けています。これはお客さんが子どもたちのために1杯分のコーヒー代に相当する金額(400円)を寄付するシステムで、おもに学習支援(ドリンクやフードメニュー・教材の購入費など)に使われてきました。
「過去にカフェに通っていた学生さんが卒業して、自腹で保留コーヒーに寄付してくれるときは最高にうれしいですね。社会人になって自分で稼いだお金でご飯を食べに来てくれることもありますよ。みんな成長したなぁと、感慨もひとしおです!
不登校になったからといって、そこで人生が終わるわけではありません。努力次第でいくらでもやり直しがきくのです」こう語る飯島さんのお話には希望が満ちていました。
ヒビキカフェでは、不登校や引きこもりに関する相談をいつでも受け付けています。桶川市だけでなく、近隣の上尾市・北本市・鴻巣市などに住んでいる方もカフェを訪れるとのこと。不登校で悩んでいる方は一人で悩まず、お気軽にカフェへ相談しに行ってみてはいかがでしょうか。きっと飯島さんが心強い味方になってくれるはずです。
HIBIKI Café(ヒビキカフェ)
所在地:埼玉県桶川市南2丁目4番地13号
電話番号:048-775-7667
営業時間:11時~20時
定休日:水曜日
アクセス:JR高崎線桶川駅東口から歩いて6分ほど
駐車場:1台
※営業時間が異なる場合もありますので、公式サイトにてご確認ください
公式サイト:https://moonhibiki.com/
これからも読者におもしろいと思ってもらえる記事を目指して書き続けます。 サポートしていただいた分は書籍の購入費用に充てる予定です。