読書メモ 「ハンムラビ王 法典の制定者」

中田一郎 『ハンムラビ王 法典の制定者』
山川出版社 山川リブレット人

 亀の歩みで纏めている世界史のシリーズの参考文献として図書館で借りてきた本ですが、これが知らなかったこと、意外なことの連続でとても面白かった。
 ハンムラビ王の伝記としての部分は、この本を主たる参考文献として書いた記事にまとめたので書きません。リンクをたどって、そちらもご覧いただければ幸いです。

 この本の感想として書きたいのは、ハンムラビ王についての同時代資料が大量に残っているということについてだ。
 だってそうでしょう。卑弥呼より倍も古い時代の人なんです。卑弥呼みたいに曖昧な資料しか残ってなかったり、古事記や日本書紀の最初の方みたいに神話のカーテンに阻まれて実在するかもよくわからないとか、そういう曖昧な歴史しか語れない人物なのだろうと思うじゃないですか。実際、僕はそう思っていたんです。

 ところが実際には同時代の記録がけっこう、というか大量に残っているんですね。特にハンムラビがメソポタミア全土を統一するまでの過程について記されているのは、ハンムラビが書かせたものではなく、マリ王国という別の国の文書なんです。マリ王国の高官が他国を訪れて、その状況を逐一本国に書き送っていた。その報告書が残っているわけで、文書の性格上できる限り客観的でなくてはならない文書。その上他国のものですので、歴史は勝者が作るとか言って、軽んじる訳にもいきません。最終的にはハンムラビに滅ぼされた側の文書です。
 この文書によって、ハンムラビがメソポタミアを統一するまでの状況が、とてもよくわかっているわけです。

 更にハンムラビが滅ぼしたラルサという国があった地域を治めている高官(知事、代官、太守どう呼べば適切なのか?)に宛て書かれた、ハンムラビからの指示も残っています。裁判についての指示が多く、これがまた王様がこんな細かい裁判にまで裁定するのかと驚くような事例が多いのです。
 文書からは複数の証拠を吟味して誤った裁定を下さぬよう努力する姿や、役人の不正を厳しくただし、庶民の味方に立つ姿が浮かび上がってくるようです。

 とにかくこれ程大量の同時代資料に恵まれているというのが、意外でかつ日本の古代の様子もこれくらい詳しくわかれば良いのにと、羨ましくも思うところ。
 本国であるバビロンのハンムラビ時代の遺跡が発掘不可能な状態でこれなのだと、文明発祥の地であるメソポタミアの凄さを思い知った感があります。
 惜しいのはバビロンの遺跡が地下水に阻まれて、ある深さ以上は発掘できないということ。砂漠の国で皮肉としか思えないことですが、ここにバビロンからも資料となる文書が出てくればどれほどのことがわかるか。いつか技術革新で更に発掘できるようになることを願わずにはいられません。

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