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人妻妄想物語-種

主殿。まだお帰りではないか。寂しい…。主殿との出会いは今世の、ある満月の日。私は吸血鬼。何万年の時を経て今に至る。人間としてその生を全うし死後また転生して新たな人間として人の血を喰らい生きる。その繰り返しだ。転生後またこの世に戻ってきた私は食事となるべく人間を探す為満月の夜を彷徨っていた。

ふと惹かれる方向へ向かう。扉をすり抜け一人の若い男の元へ辿り着いた。今の自分より少し大きい背。あどけない顔。何やら抱え眠る姿。私はあまり若い人間は好きではない。しかしなにやらこの男に惹かれてしまう自分がいる。ぐっすり眠っている為首元の血を吸う。んっという声と共に目を覚ました。「んー誰?」そういうとまた眠ってしまった。

吸血鬼である私に血を吸われると大概の人間は私を人の世界で言う恋人と認識する。しかしこの男は意外な反応を示した。ふむ。面白いな。男が目を覚ますまで、横で眠りについた。目を覚ますと男が居ない。風呂場の方から水音が聞こえる。しばらくすると出てきて目があった。「あっ。目が覚めた?」少し幼いような声。

「うん。」「ご飯食べるけど食べる?」そういうと台所へ行き冷蔵庫の中を確認している。「あ、うん」「どうしたの?」「いや何でもない。」「そう?」そういうと何やらガチャガチャとし始め、物を落とした。「あーもー」「なにしてるの。私が作るよ。」そう言い適当に見繕って朝食を作る。「はいどうぞ。」

「ありがとう!」そういうと嬉しそうに食べている。「ねぇところでさ。君だれ?」思わぬ言葉に驚いた。「さやちゃんは居なくなっちゃったの?」命を短く生きた人間が死ぬところで私は入れ替わりその者として生を受ける。死んでしまったという記憶は恋人には伝わらずその相手として生きていくのが私の今世での諚。

しかし、この男は私が人間ではないと勘づいている。何を取り繕っても意味がない気がしてこととなりを話す。「へぇそうなんだ!じゃあ僕の血を吸って生きていくってこと?」「あぁ。」「へぇ!どのくらいでお腹いっぱいになるの?」質問責めだ。「主の血を腹一杯喰らうと主が死ぬ危険がある。だから他の者の血を少しづつ吸って満たすのだ。」「そうなんだ!」

この者は私を受け入れたようだ。主との生活がしばらく経ったある日、ふと思い出した。「主は私に交わりを求めぬのか?」「交わりって…えっ!なんで?」慌てている。「だって好きな人とじゃないと、そういうことはしちゃダメだよ!」「そうなのか?しかし主も人の男。種の保存がある限り、交わりが致したかろう。私は前世でも経験があるので、交わりくらいどうということもない。」

「えっ⁉︎でも、僕のこと好きなの?」「そういう人で言う所の感情は私にはないのだ。生きるか死ぬかその為に人の血を喰らい生きている。「そうなんだ…僕は君のこと好きなんだけど。それだったらその、してくれるってこと?」「構わんと言っておろう。」「あっ、うん。じゃあ…ぎゅーしたい。」「お?あぁ。」抱きしめられる。「うっ。」胸の痛み。

「えっ?どこか悪いんじゃ。」「吸血鬼は人で言う所の病気などないのだ。だから今までにない事に私も戸惑っている。」「そう。苦しいなら辞めるね。」「あぁ、すまない」こんなのは初めてだ。何万年生きてきてはじめての痛み。なんだろうかこれは。その日はいつもとに同じ背中合わせに寝て過ごしたが寝付けなかった。

主の歳は21歳。大学へ行くときは私は家にいて、寝て過ごす。前世ではその人間が居るかのように朝、外へ出て日陰で蝙蝠化し息を潜め、主が家へ戻る頃に帰り、夜は主が寝静まると足りない血を補給しに夜の街へ飛び立つ。そんな生き方だった。今の主は私のことを理解し一緒に居る。

しかし、この頃は主が夜、時間に帰ってこないと落ち着かない。昼間も寝れなくなっている。これはどういう事なのか。主殿と居ると何十万年生きてきたのに初めての事ばかりだ。自分が自分でなくなるような不可思議なものに捉われる。「ただいまー。どうしたの?」「身体が思うようにならない。」「えっ!大丈夫?」

「なんか最近様子がおかしいと思ってたけど。」「すまない。心配かけて」「僕のことはいいからか早く横になって。」ベッドに横たわる。「よしよし。」身体をさすってくれる。「主殿すまぬ。いつものように一緒に寝てはくれないか。」「うん。前からでもいい?」「あ、あぁ。」前から抱かれる。「うぅ。」

「えっ?また?やっぱりどこかおかしいんじゃ。」「心の臓が、音が激しく波打つ。吐く息が細い。」「えっ。それって」「なんだ?」「僕のこと。好きになったってこと?」「ばかな。そんな感情はない。今までもなかったんだ。」一旦離された手が再び私を引き寄せる。「うぅ、苦しい。」「離す?」「……いや。」

こんなに苦しいのに離さないで欲しいと思う。これが人間の感情である好きと言うことなのか?私は吸血鬼だぞ。感情が芽生えるはずない。本当にどうしたと言うのだ。主殿に触れられ抱きしめられると心の臓が飛び出しそうだ。死んでしまうのではないかと思うほど苦しい。

「嫌だったら言って欲しいんだけど。…キスしてもいい?」「⁉︎」本当に臓が飛び出したのかと思った。今までは主の言うことなど髪を払うほどの容易いことだったのに。主殿にはもっと触れたいと思ってしまう。「あぁ。」「うん。じゃあ。」主殿の唇が私に触れる。そこが熱く身体に稲妻が走る。

「んっあぁ…はぁはぁ。苦しい。」胸元を掴む。「大丈夫?」心配そうな顔がさらに私の胸を締め付ける。「わからない。胸が苦しく、身体が痺れる。これは何なんだ。」「あっ…ふふっ。これが恋だよ?」優しい笑顔が語りかける。「こい…何だかわからないが主殿が欲しい。」

「主殿?」「…あぁすまない。貴方のことは主殿と呼ぶ。お慕いする方への敬称だ。」「お慕い…。じゃあ僕のこと認めてくれたの?」「そんな眩しい顔で見るな。また苦しくなる。」「えー、みたいよ。そんな顔の君がみたい。よく顔を見せて?」

そういうと、私の頬を両手で挟みしばらくみていたと思うと、またくちづけをした。身体の中から湧き上がる熱いもの。これが恋。初めての感情。

#つぶやき小説 #人妻妄想物語
photo by:tsuyoume さま ◡̈⃝ᵗʱᵃᵑᵏઽ*