THE WORLD FOR SALE/BiblioTALK de KINOKO vol.028のお知らせ|2022-12-28
今回は、うでパスタが書きます。
さて、みなさんも薄々お気付きの通り、私がこの「九段下パルチザン」を更新するのもそろそろこれで今年最後ということになりそうです。
まず、年内にもういちどやりたいと思っていたYouTubeLIVE(スペース)配信の告知をさせてください。たしか昨年の12月にはクリスマスの夜に小田原のキャンプ場から野外配信をしたのですが、始まった直後に温泉へ出かけたはずのキノコさんの奥様が道に迷って戻ってきてしまい、浮気現場を押さえられるかのようなドタバタのなかであえなく終了となってしまいました。今年はそのようなことのないよう、気を引き締めてまいりたいと思います。
配信は2022年12月29日(木)20時から、いつもの通り現在お読みの定期購読マガジンの購読者限定ですが、ツイッターのスペースでは同時配信を聴取いただけます。購読者の皆さまには、このノートの文末、有料部分に記載されているURLからアーカイブ配信や後追い配信をご利用いただくこともできます。
さて、今年も終わってみればあっという間でしたが、よくよく考えてみればロシアがウクライナ国境付近で軍事演習を行うようだという観測のうちに新年を迎え、北京オリンピック(覚えてます?)が終わってまもない2月24日にはついにロシア軍が侵攻を開始したと報じられて、パンデミックの終わりにつかの間希望を抱いた世界はふたたび戦争の時代、力の時代が訪れたことを知り、以来いまだその衝撃のなかにいます。
冷戦終結以来三〇年のながきにわたる太平は、あくまでもそれが太平であった「世界」にとってのみそうであったに過ぎないのですが、それをあらたな世界だと思い込んだ私たちはグローバリゼーションの進展と人権意識の拡張が世界中あらゆるひとびとの福祉を促進するとばかり信じてやってきました。しかし実際にはこのロジックはかなり乱暴なものです。アメリカではドナルド・トランプを大統領の座から引きずりおろせばすべてうまく行くかにも思われましたが、実際にはいまも国民のあいだに分断は深刻な問題として横たわっており、結局はトランプひとりが問題であったわけではなく、むしろトランプの選出はひとつの表象にすぎなかったというわけで、そういう意味でさすがアメリカの民主主義は死んだわけでもなんでもなく当時もそれなりに機能していたことが分かってきたといういささか皮肉な状況にあります。
思えばトランプが当選した大統領選ではロシアによる選挙への介入があったとひろく信じられており、一時はトランプとクレムリンのあいだにはかなり親密な関係、あるいは何らかの密約があるのではないかというような疑惑も取り沙汰されたわけですけれども、実際にトランプ政権の対ロシア政策がとりわけ何か妥協に満ちたものだったというわけではなく、大阪で開催されたサミットで隣りあったふたりがやたら楽しそうだったという心温まる思い出ばかりが残っただけでした。もっとも、ロシアによる選挙介入が現実のものだったとするならば、このことは逆にプーチンの狙いがトランプの当選ではなく対立候補のヒラリー・クリントンの落選活動にあったことを意味しており、このことは米リベラル勢力に対するプーチンの激しい憎悪と軽蔑という私の認識に合致します。
実際にプーチンは、西側先進諸国があいついで採用したいわゆる「給付金」政策について、財源による裏付けのない放漫な、インフレ的な財政・金融政策のあらたな証拠と捉えているようです。世界経済のグローバル化はまさにリベラル勢力が過去三〇年間追及してきた野望ですが、この結果として伸びきったサプライチェーンがアジア諸国のロックダウンに端を発してあちこちで制約に直面し、米国では実に五〇年ぶりとなる激しい物価上昇を招いたことや、戦略的な思考の歪みをトランプにまで批難されたドイツがロシアからのエネルギー供給に大きく依存していたことなどを、やはりプーチンは冷静に、つまり西側が掲げるリベラリズムこそが各国を追い詰めていくと分析していたのであろうと私は思います。
そして今回は何よりも、ロシアひとりが悪者だったとしてもロシアに対する制裁に参加している国は決して多くないという点が今後の国際情勢の行く末に暗い影を投げかけています。
これはもちろんロシアの「正義」の肩を持つ国が多いということではありませんが、とはいえ資源大国のロシアに対する制裁は巷でよく揶揄されましたように「セルフ制裁」のごとく自国のエネルギーその他の資源調達を苦しめるわけですから、そうした戦略的な状況と国際秩序における正義とが天秤にかけられるという、それこそ冷戦終結からこっちはあまり聞かれることのなかった動きが中国やインドといった地域大国を中心に幅広く見られるということかと思います。そして「国際秩序における正義」を唱道してきたのはまさに大正義アメリカ合衆国であるといったことから、「アメリカの凋落」「新冷戦」「パックスアメリカーナの終焉」「いよいよ現実となるGゼロ時代」といった危機が叫ばれているということでしょう。
「世界でもっとも支持されている米国の製品はドル紙幣(または米国債)である」というようなことを私もしたり顔でたびたび申しあげてきたわけですが、実際に消費大国であり、世界中から散々モノを輸入して代金のドル札は印刷し、それを賄った米国債の返済はインフレで実質的にノーコストにするという夢のような仕組みは基本的に、「それでもみんなドルで資金を保有しておきたがる」という、この一点によってのみ駆動しつづけていたのに他なりません。独裁者が国を追われて亡命するとき、ヘリに積まれたスーツケースがユーロや人民元の紙幣でいっぱいになっているというようなことをついぞ私たちは想像してこなかったわけでして、そこはやはりビシッとした緑の米ドル紙幣でなければならなかった、そこに米ドルの信用があり、私たちがみな最後は米ドルで資金を保有しておきたくなる理由があり、米国の金利が上昇しない根源的なメカニズムがあったのだというのが経済学を8単位しか取得していない私の現在までの理解です。
しかしこれはオバマ政権で本格化したというように言われておるようですけれども、米国は近年、特に同時多発テロ以来の二〇年で、この米ドルに対する信用を逆手に取り、ドルの流通を「兵器化」してきました。
いまから一〇年以上前に書かれた橘玲の「マネーロンダリング入門」ですでに「北朝鮮がマカオの銀行に預けていた資金を、なぜ米国政府が凍結できたのか?」という問題が解説されています。答えは「世界中どこであろうと米ドルの送金はニューヨークにある大銀行のいずれかを介さなければ決済されないから」であり、軍事的な直接介入にまつわる内外さまざまな問題に頭を悩ませた米国は、こうして「ならず者」の資金を文字どおり凍結することで実質的な制裁を加えて政治的な解決を導こうとしてきたわけです。
しかしこのことは当然に、米国の主導する国際秩序を面白く思わない国家やその指導者の米ドル離れを招くことになります。そもそも米国に米ドル以外に「売り物」がないのであれば、米ドルでしか買えないものというものそれほどないわけですし、また長きにわたってアンクル・サムに逆らい続けてこられた国というのはそもそも豊富な地下資源があるからこそというケースも多いため、問題はいかに米ドルを使わずにモノを買うかではなく、「いかに米ドルを使わずにモノを売るか」であったということもあるのかもしれません。米国発の金融危機が西側各国を揺らしていた二〇一〇年前後には、ロシアや中国を中心とした各国の中央銀行がゴールドを大量に買い入れて、米ドルによる外貨準備を金準備に切り替えつつあるというようなことが報じられるようになり、ロシアはすでに原油・天然ガスを米ドルではなく金と交換で売っているようだということも(真偽不明ながら)噂をされていたようです。
このようななか、今年ついにウクライナへ侵攻した(というかクリミアは二〇一四年から占領されていることを多くのひとは忘れていたようですが)ロシアに対して西側諸国は「金融面での核攻撃」とまで言われた「SWIFTからの追放」を決定するのですが、これがあまりといえばあまりな空振りに終わったことはいまだ私たちの記憶に新しいところです。
ロシアはSWIFTに代替する国際的な決済ネットワークを貿易相手国(つまり制裁に参加していない多くの国)へ提供してエネルギーその他の資源の代金を受け取っているようですし、支払いはルーブルのみとされていることからむしろ制裁後もロシアルーブルの為替レートは安定しており、「金融面での核攻撃」はもうちょっと恥ずかしくて言えない感じのレトリックになってしまいました。
プーチンはVISA/Masterといった米国のプロセッサに依存しない日本独自のカードブランドであるJCBに強い興味を抱いているというような話を昔聞いたことがありますが、要するにロシアは長い時間をかけて準備をしてきたのであり、少なくとも金融面において西側の制裁はその程度を大きく越えるものではなかったというのが、現在まで状況が長引いている理由のひとつだといえると思います。
一方、「経済制裁」といえば港に入る商船を軍艦が臨検して出入りをまったく塞いでしまうというようなイメージを抱いたりするのですが、そもそもロシアに対してそんなことができるわけもなく、港から、パイプラインから、エネルギーは輸出が続いており、欧州はこれを辞退しなければならない立場にあるわけですけれども、原油を積んだタンカーは洋上で「瀬取り」(つまり積み替え)を行ってロシア産とは分からない形で外国へ運んだり、あるいは運び込んだ先で他国産の原油と混ぜ合わせることで規制をかいくぐって第三国へまんまと輸出されているようです。
「そんなアホな」と私も最初は思ったのですが、折良く出版された「THE WORLD FOR SALE 先を動かすコモディティー・ビジネスの興亡」(日本経済新聞出版)では、世界屈指のコモディティー商社にとってはこういった「ビジネス」こそが伝統的な本業であることが事細かに紹介されており、曰く制裁下のイランから原油を輸出するなり、イラク政府が禁止した輸出先へ原油を運ぶために洋上でタンカーの無線を切って行方不明にしてしまったりというのはまだいい方で、独立して間もない中南米やアフリカの諸国に資金を貸し込んで利権を買い上げ、一企業が事実上その国を支配してきたような経緯が明らかにされています。アフリカのある国ではこうした商社のひとつが実際に現地で独自の紙幣を発行し、政府発行の紙幣よりも「信用」があったというエピソードなどは、こうした天下無頼のビジネスも極まれりという感があります。
面白い、といっては何ですが、こうしたビジネスに道徳的な言い訳が立たないことは当の創業者たちもみな口を揃えて認めており、それがまかり通ったのもこれら商社が一様に非公開のパートナーシップであり、多くても数十人のパートナーが株主や政府、社会からの圧力を受けることなく純粋に金銭目的で世界各地の国家を手玉にとり巨額の利益を上げ続けることができたからに他なりません。
日本人としては、賄賂を効かせて一国の利権を独占することができなかった国のひとつに日本が挙げられていることにほっと胸をなで下ろすところもありますが(そもそも資源もない)、しかしいよいよこうした商社に対してもアメリカが(またしても)国際的な金融機関を経由して規制をくわえているとされる現在も、たとえばロシアがエネルギーを輸出しつづけていることや、それをインドが安値で買い付けていることなどを聞くにつけ、そんな取引を取り持つことができるのは、こうしたコモディティ商社しかないのではないのだろうということは容易に想像がつきます。
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