施餓鬼/セキュアード | weekly
今週は、うでパスタが書く。
もはや生えるものなら何でもいい、という気持ちでアゴの髭を伸ばしてしばらくになる。「何のために伸ばしてるんですか」と訊かれると面倒で、「長い髭で泥のなかを探り、捕まえたエサを食べるため」と答えている。
ところがこれが嘘から出たまことで、最近になって髭にも実際に味覚が生まれてきてしまった。なので麺類などを頼んだらまず箸を割る前にしばらく髭をスープのなかへ浸けて今日の出来を見たりしているが、出汁の加減ぐらいは徐々に分かるようになってきたので人体にはまだまだ分からないことがたくさんある。
妻が教えているピアノ教室からトイレットペーパーを六つも持って帰宅したのはもうしばらく前のことになる。ちょうどスーパーの棚から紙が消えて二、三日が経った頃のことだ。
「生徒さんから分けていただいた」という妻に私は、「そのお宅は買い占めをされたわけだ」と思わず嫌みで応えてしまった。もちろん生徒さんは買い占めをしたわけではない。お店をやられているので普段から多めに備えがあったというだけの話だ。
我が家にも備蓄が十分というタイミングではなかったが、トイレットペーパーは国内で生産しているという情報を私は事実だと考えていたし、遅くとも週明けには店頭に並ぶ、それまでもてば慌てる必要はなく、むしろいまは必要に迫られた家庭に資源を譲るべきだと思っていた。
ただ、実際にはいまも近隣のスーパーにトイレットペーパーが並ぶことはない。
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