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2022年・今年の10冊

毎年ひとりで開催している「自分が今年読んだ本の中から10冊を選んで振り返る」企画です。今年読んだ本から選ばれるので今年出た本とは限りませんし、10冊になるとも限りません。

本年の結果は以下の通りです。
今年の日本で起きた最大の事件といえばヤン・ポトツキ『サラゴサ手稿』完全版新訳の刊行開始ですがまだ完結していませんし、そもそもあれを入れると「今年の2冊」になって終わってしまいますのでここには含めていません。

フランシス・ハーディング『嘘の木』(東京創元社)
あまりそういう印象はなかったのだが思った以上に歴史的な背景に意味があったしそこを踏まえてのミステリとしての仕掛けがとても良かった。なんてことない描写や設定に実は真相に近付くために不可欠な手がかりが隠されていた、っていうのはもうミステリじゃないですか。ちょっと出てくるだけのキャラや名前すら出てこないキャラもとても印象に残る。

フリードリヒ・デュレンマット『ギリシア人男性、ギリシア人女性を求む』(白水uブックス)
裏表紙のあらすじだけ読んでなんか今シェイクスピアみたいな話では?劇作家の人だし?みたいに考えていたらぜんぜん違った。『八犬伝』と『忍法八犬伝』くらい違った。ユーモアの次元が違った。ということで次元の違うユーモアがあった。あまりに良かったのでこのあと何冊か追加でデュレンマットの小説を読んだ。

クラリッセ・リスペクトル『星の時』(河出書房新社)
あとがきにある本書のストーリーを思いついたきっかけのエピソードがもう、あまりにクールで絶句しましたよね。こんなこと考える人の書いたものが面白くないわけがないんですよ。読むということが一つの体験みたいな小説だったのでとにかく読んでいただかないと始まらない。「意識の流れ」がわかったような気になった。

ヴォルフガング・ヒルデスハイマー『詐欺師の楽園』(白水uブックス)
ヨーロッパの小国ものというジャンルがありますし詐欺師小説というジャンルもありますし芸術小説というジャンルもありまして、本書はその全部です。主人公もいいし周りの人物たちも一筋縄ではいかない人ばかりで、いい人かどうかは置いといて面白い人と変な人と現実では関わりたくない人がいっぱいいる。笑いも毒もあって読後の余韻も素敵。

ジッド『法王庁の抜け穴』(光文社古典新訳文庫)
主人公格のキャラクターが何人かいて、その中に詐欺師も含まれているので犯罪小説といえば犯罪小説でもある。法王庁が絡んでくるので宗教についての小説にもなり得るわけですが、書いた人がジッドなので付き合っている読者もいろいろ頭を使うし、それはそれとして犯罪行為は明確に行われるので、結局のところこれは犯罪小説です。どんな楽しみ方もできそう。

ロドリゴ・フレサン 『ケンジントン公園』(白水社)
語り手が饒舌なのでつい乗せられて楽しく読み進めてしまうのだがそんなにハッピーな話でもない。ピーター・パンのモデルになった一家の話でもありますが、そのあたりの歴史の知識はなくて問題ないです。ピーター・パンの話はなんとなく知っておいたほうがいい(これを読んでから再読しました)。あとはねえ、子どもの本が好きな人にはよく効く。

アン・ラドクリフ『ユドルフォ城の怪奇〔上・下〕』(作品社)
https://youtu.be/BEQAgtWwvaM
この動画でピクチャレスクの話をしているのだがまさにその世界だったので時間があるときに見ていただきたい。ゴシックロマンスの名作としてタイトルだけは知っていたので今回日本語で読めてほんとうに嬉しく思います。小説としてちゃんとしているし辻褄も合っているし複線も改修されているし超自然現象に向かわずに長いストーリーをまとめあげていて本当にすばらしかった。

ジョージ・ソーンダーズ『短くて恐ろしいフィルの時代』(河出文庫)
登場人物がおそらく人間ではない。そもそも脳がラックから落ちる独裁者が出てくる時点であやしい。だから人間に対しては不可能な痛めつけ方もできる。ストップモーションアニメになったところを想像していましたが笑えるかなって言うとまあドン引きしてましたよね。この映像が出てくるのに笑えない話って時点ですでに興味を引かれないですか。

チャン・ガンミョン『我らが願いは戦争』(新泉社)
娯楽小説として完璧だったので特に言うことがないです。政治的で笑いがあって人間がいて歴史があって戦争があるし泣いてしまうしまだこの先の物語がある。無力な市民たちの協力が現代的な形でなされるのもいいし本人の意志ではなく巻き込まれる側の人物の向き合い方も現代的。とにかく「最悪の場所にこそユーモアが生まれる」さまが大変好みでした。


【翻訳小説大賞】
ブライアン・オールディス「リトルボーイ再び」(『海の鎖』(国書刊行会)所収)
毒々しくて趣味が悪くてたいへん結構でした。何より翻訳した伊藤さんの心意気なさげなところが結構でした。今こそ読みたいひどい話。

【本多繁邦賞】
ジェローム・K・ジェローム「人生の教え」(『骸骨』(国書刊行会)所収)
成功した転生の話だと思う。思いたい。なんということもない友情の話でもいい。

【ソフォクレス賞】
デュレンマット「巫女の死」(『失脚/巫女の死』(光文社古典新薬文庫)所収)
一読してミステリだったのでびっくりした。デュレンマットはもっとミステリっぽいものも書いているのでもうこれはミステリだと思う。

【補足】
Q.10冊じゃなくないですか?
A.この場合の10は「いっぱい」という意味なので問題はありません。
日本では8は多数を意味する数だとボルヘスも『幻獣辞典』の八岐大蛇の項目で書いています。これは今年も面白い本をいっぱい読んだぞという儀式なので実際に10冊であるかどうかは問題ではありません。

Q.本多でもソフォクレスでもない人がなんで賞を選んでるんですか?
A.芥川龍之介賞だって芥川龍之介が選んでないでしょうが。

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