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ミニマリズムの反動か。いますぐ、エロール・ル・カインが見たい。

その本は、まさにこの世の素敵を全て集めたかのような絵本であった。ページをめくるたびに「ああ・・・」とついため息がでてしまう。
色彩感覚の良さといい、発想の豊かさといい、全体の完成度といい、見事としか言いようがない。地球には、とんでもない人がいるものだ。

さくらももこ『憧れのまほうつかい』より


「デザインとは削ぎ落とすことである。」この金言には私も同感だが、それは「情報を削ぎ落とし、対象の本質を見出す」という情報整理のことであって、「削ぎ落としたままを出すこと」という表現方法のことではない。削ぎ落とした素材をどう見せるか。極限まで削ぎ落としてシンプルにするのも表現方法のひとつだし、その素材を装飾するのもまたひとつの表現だ。

昨今のミニマリズムブームの影響か、グラフィックデザイン業界も、シンプルなイラストを採用したもので溢れかえっている。まるで、ひとつしか表現の正解がないみたいな勢いだ。その反動もあってか、きょう私が手を伸ばしたのはエロール・ル・カインの絵本だった。

エロール・ル・カインは、イギリスで活躍したシンガポール生まれの絵本作家である。彼の表現の特徴は、「紙面の中で、描けるところは全部描きます!」と言わんばかりの、びっしりと描き込まれた細やかな絵と美しい装飾だ。私が好きな、フル密度系イラストの代表選手のような作家である。ビアズリーや東洋美術の影響も受けており、様々な画風を描き分けることができる技量の高さと、豊かな色彩を用いているのに全体はシックにまとめ上げるセンスの良さは、「頼むからもっとお金を払わさせてくれ!」と懇願したくなるほど見事である。

私がはじめてル・カインのことを知ったのは、大好きなさくらももこ先生の著書、『憧れのまほうつかい』だった。さくら先生が心から憧れた絵本作家として、ル・カインを紹介するエッセイ本だ。学生時代にル・カインの絵本『おどる12人のおひめさま』に出会い衝撃を受け、夢中になったこと。亡くなってしまったル・カインの面影を求めてイギリスへ取材旅行に行ったこと。さくら先生の画風は、ル・カインのような素敵な絵を描きたいという想いからかたちづくられたことなどが綴られている。
思わず笑ってしまう軽快な文章の節々に、さくら先生が本当にル・カインのことを尊敬し、作品を愛していたことが表れていて、ちょいちょいホロリとさせられた。

『憧れのまほうつかい』さくらももこ著(新潮文庫)


さくら先生に影響を与えまくったとあらば、実際に絵本をこの目で見なくてはならない。そう思って書店に急いだ。『憧れのまほうつかい』の中にもル・カインの作品は複数掲載されていて「きれいだなぁ」とは思ったが、それ以上にさくら先生の素晴らしいイラストがたくさん掲載されていて、「めっちゃかわいい!」と正直そっちに夢中になってしまっていた。

三省堂書店の絵本コーナーに直行すると、ほるぷ出版から出版されていたル・カインの絵本が何冊か置いてあった。
「いばらひめ」を手に取った私は、早速膝から崩れ落ちた。美しすぎたのだ。

『いばらひめ』エロール・ル・カイン絵/矢川澄子訳(ほるぷ出版)

私のつたない説明よりも数百倍わかりやすいと思うので、『いばらひめ』に書いてある解説を引用させていただく。

この絵本の絵は、最高の美しさをもち、この才能あふれる画家の作品の中でも、忘れられない、想像力あふれるものです。豊かな色彩と魔法のお伽噺の世界は、子どもたちに、くりかえしこの絵本を開かせるにちがいありません。
この本は、こまかい神経のゆきとどいた絵本です。ひとつの絵が、ひとつのページをしめ、その対向ページにその文章があります。文章のまわりには、このお話にぴったりした小さな絵—かに、もえるつむぎ車、いばら、ねむったり起きたりしている人々の姿—などを配した枠がもうけられ、いっそう効果をあげています。

『いばらひめ』解説より

一枚一枚丁寧に描かれた大きな絵はもちろん美しいのだが、文章のまわりに描かれた枠の絵がこれまた素晴らしいのだ。そこまで描くんですかと平伏さざるを得ない。ほるぷ社の解説はまったく大袈裟ではない。

描き込みが細かいからといって、美しいとは限らない。正確な線、ひとつひとつのモチーフの完成度、全体のバランス、醸し出される雰囲気、色彩、などなど、「神は細部に宿る」と言われるが、まさにその「細部」の積み重ねが美しいかどうかを決めていく。ル・カインの絵は細部どころか細部の細部まで彼の魂が込められているために、ただ美しいだけじゃない、ちょっと中毒的な魅力がある。もはや魔力と言ってもいいかもしれない。

そんな彼の魔力に、「ミニマリズムってなんかみんなおんなじでつまんないなー」と思っている私は、ふたたび魅せられているのである。


▼ほるぷ出版 エロール・ル・カイン作品ページ

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