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【小説】カンケイの複雑怪奇

1.スキャナー
 一緒に暮らしている男が、自分の過去の写真をすべてスキャンしてくれないかと、頻りに言ってくる。断れば、納得して暫くは黙る。でも、少しすると思い出すのか、また同じことを言ってくる。
 そんなことはしたくもないし、写真なんぞ見たくもない。あまりにしつこいので高値を吹っかけてやったら、今度は頻りに値引きをしてくれと言う。「ファミリー割引はどうかなぁ」「大量割引はどうかなぁ」
まったく呆れる。値引きなんぞするわけがない。
 段ボールに詰め込まれた写真には、男の別れた妻やら、そいつとの結婚式やら、生まれてきた子供らを囲んでの家族写真やらが入っているという。
けっ!見たいはずなどないし、そのこと自体がいちいち忌々しい。こんな状況で、喜んで引き受けるという者がいるのかどうか、大々的に世界に問いたい。

 ある日、男はどこかからスキャナーを探してきた。
「クリスマスプレゼントだ」とこちらに押し付け、またどこかへと急いで出掛けて行ってしまった。窓から見える後姿を眺めていたら、無性に腹が立ってきた。高値の吹っかけを「了解」と受け取ったのだ。ゴミの日に段ボールごと一気に始末してやろうか、それとも念入りに一枚一枚破り捨ててやろうか。怒りの衝動が溢れ出す。いっそ、家ごと燃やしてしまうか?限りなく破壊的。
 わなわなとしていると間の抜けた着信音が短く鳴った。抱えていたスキャナーの箱を下に置いてスマホを取り出した。虫の知らせを受けたのか、こちらの不穏な空気が伝わったのか、
「一連の写真の中から一枚無くなっても僕には分かるからね」
男からのメッセージだった。スマホをポケットに戻すと、急にばかばかしくなってきた。声に出して暫く笑った。
 その後で、冷蔵庫から男が大切に飲んでいる白ワインを取り出し、じゃぶじゃぶとグラスに注いだ。2回目のお代わりをグラスに満たした後で、スキャナーの箱を開けてみることにした。

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