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【小説】カンケイの複雑怪奇 #2

2.笑顔
 男の笑顔はどこかおかしい。ぺたっ、と顔に張り付けられたお面のようなのだ。張り付いているときには、「可愛い」と思えるような親しさが込められているようにも見えるのに、外される時期がとにかくおかしい。男の笑顔を知れば知るほど、どうやって覚えたのかが疑問にもなってくるのだけれど、それは実に調度いいところで張り付けられる。そのくせに、その笑顔はあまりにも早く外されてしまうのだ。とりあえず礼儀正しくありたいだけなのか、相手に提示される否や電光石火で外される。
 外された後には、「険しさ」をこちらに提示してくるアピール顔が男に張り付く。その顔でいそいそと何か自分ことをやっているのだ。まるで「笑顔の対価」を回収しているみたいだ。そんなところを眺めながら、私はいつもサモシイ奴だなぁと思う。考えて欲しい。面白い!と一緒に笑い出したときにそこにあった笑顔が、あるいは「うれしいよ、ありがとう」と言ったときにそこにあった笑顔が、そのほんの1秒後には完全に消え去ってしまうのだ。初めてそれに気が付いたときにはぎょっとした。見る度にがっかりして、次第に興ざめして、今や「そんなもんだろう」と思っていまっている。最近の発見は、ハグをしようと手を伸ばしたときにそこあった笑顔が、いざハグの姿勢になった瞬間に消えていたということだ。何故か見えてしまったのだ。ショックだった。何よりも提示された笑顔の長さが、実際の男の気持ちを表しているように思えた。そして、そんな笑顔の短さを見かける回数に比例して、男に対する信頼感が薄れていく。
 そんな男の笑顔について、女友達に話をしたことがある。彼女は、
「笑いたくもないのに微笑んでくれて、しかも『うれしいよ』とか『ありがとう』とか、ハグをしてくれるんでしょ?詮索なんてしない方がいいわよ」と言った。
「自然に湧き出る自分の感情とは関係なく、わざわざあなたのために愛情表現をしてくれているんだから、それこそが『愛情』ってもんよ。それを喜んだ方がいいんじゃない?」とも。そんなもんだろうか。そんな見方ができる彼女は実によくできた人で、話を聞くたびにほれぼれしてしまう程なのだが、ある時、何かの折に「じゃあ、あなたが付き合ってみる?」と聞いてみたら、彼女は大笑いした。そして「そんな男なんて私は嫌よぉ」と切り捨てた。即答。そりゃあ、そうだろう。今ならよく分かる。私も同じ気持ちだからよく分かる。そうだ、私は嫌になっているのだ。これは新たな気付きだ。
 しかし実のところ、男を長らく見ていると、張り付いた笑顔の後ろ側にある「人物」は、笑顔の裏側で本当は何を感じているのだろう、あるいは何を感じていないのだろうかと、人間の後ろ側にある深い闇について考えてしまう。自分たちの関係を感情的になって詮索するよりは、人間という動物の得体のしれない本性を垣間見ているような心持になって、観察したくなってくるのだ。男が必死に守ろうとしているのは何なのか。それは、男が大事にしたいものなのか、それとも男が大事にしようと考えたいものなのか、それとも単に男自身なのか。そんな面白い研究対象は他には得難いとも思ってしまう。もしかして、それが男の作戦か?まあ、そんな面倒なことはしないだろう。
 おかしな笑顔の取り扱いは、きっと男の過去を映し出しているに違いない。「心を開くことができないかわいそうな男」なのかもしれない。なんというフラジャイル!そんなレッテルを貼ってしまいそうにもなるけれど、絶対にそんな生ぬるい相手ではない。笑顔に『「可愛い」と思えるような親しさ』を感じる時もあれば、うさん臭さや、何かを誤魔化すような媚を感じることもある。そしてそれは、受け取る側の気持ちの問題とも違う。よく分からない確信が私の中には存在している。きっと自分でも知らないところで男の中に何かを感じているのだ。きっと無意識に何かを発見しているに違いない。残念なことに、今はまだそれが何なのかが分からないけれど、きっといずれはっきりするのだろう。

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