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拘束、とは。
ベッドに起き上がり、
点滴を引き抜き、
立ち上がり、
意味のわからない事を喚き散らし。
意識が無い状態で、わたしはグニャリとベッドに沈んでいたのではなく、盛大に暴れていたらしい。
微かに覚えているのは「ウサコさん!治療受けよう!」と何度も言われたこと。叫んでる感じで。たぶん看護師さんだったのだろう。見えなかったけど。
それから「点滴を何度も引き抜いちゃうんです。」と誰かが誰かに話しかけている。おそらく担当ナースがドクターに報告していたのだろう。
そして、拘束された。
拘束には家族の同意が要るのだそうだ。様子を見ていた夫は躊躇なく署名したらしい。
それで視界が暗いまま、意識がふわふわしたまま、手首と(おそらく足も)拘束された。
不思議なことに拘束された手首には意識が行って、何とか抜け出そう抜け出そうと思っていた。それだけはハッキリ覚えている。
柔らかな、しかし強固なもので縛られていて、どんなに力を入れてもほんの少ししか動かない。なにが起きているのかわからないまま、視界が暗くて周りが見えないまま、恐怖に駆られて死に物狂いで縛られた手を引き抜こうとしていた。
暗くて、静かだった。周りに人がいる気配がしない。
ただ両手を引き抜こうと力任せに体を動かしていた。
疲れて意識が暗い方へ沈んでいき、また戻ってきたら手首の拘束を振りほどこうとした。何度も何度も何度も。
永遠に続くように思えた。
「大丈夫ですよ」
「大丈夫ですからね」
時間を空けて二度、柔らかな雰囲気の男性の声。そちらへ顔を向けたけれどその人の顔が見えなかった。白っぽい影が見えた。でも不思議と気が休まって、拘束を振り解こうとする回数が減った。(意識が戻り、主治医とちゃんと話した時にやっと声の主がわかった)
意識が少しずつ明るい方へ向かって、周りがぼんやりと見えてくると、自分が病院らしきベッドに寝ていることが理解できたけれど、なぜなのかはサッパリ思い当たらなかった。
病院なのは理解した。手を縛られているのを観念した。相変わらず視界はとても暗くて、周りに誰がいるのかも見えなかったけれど、口を拭かれたり、下の世話を受けていることは体の感覚で分かった。
「恥ずかしいです」
「トイレに行きたいです」
何度か声に出して懇願したのも記憶している。
その度に「トイレに行かなくて良いようになってるのよ」と女性の声で返事があった。微かな体の違和感から導尿されていることも理解した。
意識の中の明るい部分が多くなってきて、視界が少しずつ戻ってきてわたしが大人しくなり、状況を飲み込んだ頃に、拘束は外されたらしい。
暴れ続けたのに、手首には少し赤みが残っているだけだった。でも体をくねらせ続けたせいか、背中全体が筋肉痛になっていた。
鏡で顔を見せてもらうと倒れた時にできたらしい、鼻の下から上唇にかけて深い擦り傷ができていたし、アゴの先が打ち身で真っ黒に腫れていた。
出入りする看護師さんに頼んで、背中に保冷剤を入れてもらった。アゴの腫れには自分で保冷剤を当てていた。
その様子がICUの看護師さんたちに、なんとなくウケていたのは、暴れ狂った患者がちんまりと縮こまってひたすら体を冷やすことに腐心していたからだろう。
わたしはまだ、その後に来る喉の渇きが、死を思わせるほど辛いものだとは想像もしていなかった。
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