初めての日記帳のカバーには、デニム地に魚の刺繍が泳いでた

3歳は私にとって、いろんなことができるようになった歳でもある。スキーもこれまでは母や父の足の間に入って滑っていたけど、3歳はから自分で滑るようになった。
絵を描くことも大好きで、お姫様や花の絵をクレヨンでよく描いていた。好きすぎて自宅のこたつの中に潜り込み、机の裏側にびっしりとペンで落書きもした。

ピアノを習い始めたのも3歳だ。中学に上がる13歳まで約10年間、個人宅で教えている優しいピアノの先生のもとへ通った。

通っていた保育園が、音楽や数字、読み書きにも力を入れていたおかげで、ひらがなやカタカナ、掛け算の九九を覚え、小1漢字にまで取り組んでいた。鼓笛隊や音楽会を催したりもするカリキュラムだったおかげでドラミングや木琴にも触れた。

いろんな貴重な体験をさせてもらった保育園時代だが、スキーは毎年冬の恒例行事だったし、ピアノはろくに練習などしなくても、飴やラムネがもらえるから通っていたようなものだ。おかげで今も音符すら読めない。
掛け算の九九はみんなが歌のように唱えていたから一緒になって覚えただけだし、カタカナやひらがなはフラッシュカードのようなものでクイズを当てるような感覚で形を覚えていたようなものだ。

どれもこれも良かれと思って大人が子供に可能性を模索できるように与えてくれたものだったし、そのどれもが今の私の糧になっている。やらなければよかった、と思ったことはなくて、ピアノは弾けなくても耳は鍛えられた。絶対音感も、きっと飴を舐めに行っていた10年間で身についたものだろう。

そんな保育園時代に、唯一私が自ら母にお願いしたことがある。
それは、

「絵日記をかきたい」

ってことだった。

どこで絵日記の存在を知ったかは覚えていないけれど、とにかく、書きたい気持ちが高まって母に頼んだ。たぶん、保育園で習ったひらがなやカタカナを書いてみたい、って思ったのかもしれない。ひょっとすると母が勧めてくれたのかもしれない。どちらにしても、心からワクワクした感覚だったことは鮮明に覚えている。

母は私にノートを与え、そのノートに合うブックカバーを作ってくれた。今でもとてもよく覚えている。デニム地に、カラフルな魚と私の名前が刺繍されたカバーだった。

嬉しくて、嬉しくて、すぐに絵日記を書き始めた。書くと言っても整った文章が書けるわけでもなく、構成が考えられるわけもなく。日付を書き、知ってる文字を書き連ね、それに絵をつけた。絵がメインだったかもしれない。

自分のためにかいていたのに、誰かに見せたくなった。

おかあさん、みて〜、と毎日かいている日記を見せた。

「きょうはおなかいたかった。ないた。うんこがでたよ。」

もっと汚い表現だったことを覚えているけど、本当にこんなような日記だった。
ある時には
「おこのみやきたべた。」
保育園児の日々の振り返りなんてこんなもんだった。

どう思ってたのか、めんどくさかったのかは知らないけど、「じょうずやな〜」と母はそれでも褒めてくれた。
そのうち私はもっと欲張って母に
「保育園のせんせいにも見せたい」と頼んだ。

こともあろうか、あんなコメントのしようのない内容と、落書きのような絵の日記を(頼まれてもいないのに)毎日提出するので、どうか先生、読んでやってください、と母が頼んだようだ。まだ若い新人の先生にとっては勝手にやることが増えて迷惑だったに違いない。

でも今の私よりも10歳くらい若い母と先生との間であれこれと会話があって「毎日の絵日記提出」の承諾を得た時間を勝手に想像すると、きっとその話の時は、二人ともフフフと笑顔だったに違いない、と思える。

先生はちゃんと、毎日魚の刺繍のついた絵日記ノートに一言コメントを書いて返してくれた。卒園するまで続いた。それが私の「読む力」にもつながっただろうし、ますます「書く」ことにも没頭したし、「描く」ことを続けることにもつながった。何より「楽しい」気持ちを噛み締めていた。

今、私はそんなことを思い出しながらこれを書いている。文字を覚えたてのあの頃、まずは「書いてみた」こと。
そして「見せてみたくなった」こと。
そしてそして「反応が欲しくなった」こと。

鉛筆や色鉛筆を握る代わりにキーボードを叩いているだけで、なにも変わっていない私がいる。

いろんなことが受け身で、長続きしなかったり、没頭できなかったり、好きになれなかったことが多かったけど、考えてみたら唯一「かく」こと(書く/描く)だけがこの歳になっても続いている。私の原点はこの3歳の時に始めた先生との「交換絵日記」なのだ。

この場所での徒然記事だけでなく、雑誌の記事を書く時は、やっぱりワクワクするし、好きなんだなあと改めて思える。今も書く時には心の中でデニム地のノートカバーに刺繍されていたカラフルな魚が飛び跳ねるのだ。




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