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日本の自治体でのナッジの広がり④:大前正嗣さん(神奈川県葉山町)

 日本の自治体におけるナッジの実践をお伝えするシリーズ、今回は2021年7月3日にオンライン開催された「日本評価学会 社会実験分科会」にて紹介された自治体の事例をご紹介します!

 今回は、神奈川県葉山町の大前正嗣さん「葉山町きれいな資源ステーション協働プロジェクト」についてお伺いします。

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大前正嗣さん                               民間企業勤務ののち、2004年に葉山町役場入庁。福祉部、教育部、環境部、都市経済部を経て、2015年より政策財政部政策課に配属。町内(自治)会支援事業、空き家対策事業、東京2020オリンピック事業、総合計画策定事業等に従事。

 神奈川県三浦半島に位置し、海と山を臨む風光明媚な地域として知られる葉山町。2015年〜2017年に実施された「葉山町きれいな資源ステーション協働プロジェクト」は、「資源ステーションをきれいに使ってもらうにはどのような対策が有効か?」という身近な問題を、住民協働によるランダム化比較試験(RCT)を通じて明らかにし、得られたエビデンスをもとに全町に施策を拡大するという「エビデンスに基づく政策決定(EBPM)」を実践した大変先駆的な事例です。

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森戸海岸(葉山町)


ー「葉山町きれいな資源ステーション協働プロジェクト」は、統計データを利活用した取組として総務大臣賞を受賞するなど、大変注目されていますが、どのようなきっかけでこの取組を行うことになったのでしょうか?

 葉山町では、ごみの減量化や資源化、きれいな街並みを目指して、2014年にごみ収集の方式を大きく変更しました。従来はごみステーションでの回収でしたが、戸別収集と資源ステーション(町内475箇所設置)を併用する方式に変更したのです。

 新方式になって1年後には、ごみは1,600トン減り、資源収集量は3倍の1,700トンになるなど、成果が現れ始めました。しかし、同時に、資源ステーションの不適切な利用という問題が顕在化してきたのです。

 収集後にもごみが出されていたり、分別がされていなかったりなど、資源ステーションを管理する自治会でも頭の痛い問題になっていました。対策として、「ポイ捨て禁止」という看板を設置したり、町内会でチラシを配布したりしたのですが、残念ながらなかなか改善されませんでした。

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資源ステーションの様子

ーどの地域でも直面しうる課題ですね。

 そうですね。一般的には、こういう状況への対応として、「周辺住民や町内会長に話を聞いたり、過去の状況を確認する」、「近隣自治体や同規模の自治体の事例を調査する」といった形でリサーチが行われ、それに沿って政策立案されることが多いかと思います。

 こういった伝統的な方法は、立案された方策が政策としてとりうる選択肢の中でもっとも効果的かつ効率的なものなのか、という検討が難しく、「経験や勘に頼った政策立案」だとして批判をされることもあります。

 今回は、ごみステーションの利用という住民のみなさんにとっても身近な問題であることから、資源ステーションの利用の実態や効果的な方法の検証を、行政だけではなく住民の皆さんと一緒に行い、本当に効果があった手法を実際に政策化しようと考えました。その過程を通じて、住民にごみ問題を自分ごととして捉えてもらう機会にもなればと考えたのです。

 効果検証については、転職した町の元職員とやり取りする中で、手法を教えてもらったことがきっかけでした。町内(自治)会長が日ごろからごみ問題に困っていたので、少しでも現状を改善できればと思い、本プロジェクトをスタートしました。

ー具体的には、どのようにプロジェクトが進んだのでしょうか。

 プロジェクトは、2015年にスタートし、足掛け3年かかりました。

 まず、初年度には、現況調査を行い、基礎データを収集した後、基礎データの分析やワークショップにより対策案を検討しました。

 次に、2年目には、効果検証のためにランダム化比較試験を実施し、その結果を住民の皆様に共有しました。

 そして、3年目には、2年目に検証した成果をふまえて改善したのち、全町に施策展開しました。実際に、ごみの減量や不法投棄の減少につながっています。


ー複数年度にわたる取組だったのですね。きっと色々なご苦労があったのではないかと思いますが、初めからスムーズに進んだのでしょうか?

 プロジェクトの開始前の説明会では、すぐに理解を得ることは難しい状態でした。急な依頼で困るとか、町内会でも色々やっているのに、など、反発をされる方もいらっしゃいました。

 しかし、粘り強く説明を重ね、現況調査までこぎつけました。現況調査では、収集終了後の資源ステーションで「どんなごみが、どのように、どれだけ残されているか」を住民の方が観察し、シートに記入してもらいました。約3週間実施し、158箇所の資源ステーションで、述べ110人に1,200回モニタリングしてもらったデータが集まってきました。

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実際のモニタリングシート

 結果は、事前の予想とはかなり異なるものでした。大半を占めると思われていた「悪意のあるポイ捨てや不法投棄」はわずか16%で、「収集後の後出し(収集時間に間に合わなかったもの)」が15%、残りの約70%は「単純な分別間違い、排出場所の間違い」で、間違いかたにも一定のパターンがあることがわかったのです。

 こうして現状がデータとして明らかになったことで、我々も、そして住民の方も「経験や思い込み、カンに頼ると的外れな政策になる恐れがある」ということを改めて認識しました。


―なるほど、実際に自分たちで状況を把握してみると、色々なことに気づきますね。その後はどういった形で進んだのでしょうか。

 判明したデータをもとに、「どのような対策を行うか?」を検討するワークショップを計3回開催し、合計で120名に参加いただき、最終的には1人2票のシール投票で対策案を2つ決定しました。

 1つめは、「チラシのポスティング」です。間違いやすいごみに特化したチラシを2種類作成し、町内会自治会や役場の職員がポスティングすることにしました。

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 2つめは、「収集終了看板の設置」です。収集後の後出しを防ぐために、看板を掲出することにしました。

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ー1年目は、対策案を住民とともに決定したんですね。2年目にはランダム化比較試験(RCT)を行ったそうですね。

 はい。ランダム化比較試験(RCT)は、新薬の治験などで利用されている手法です。対策を行うグループと行わないグループを設定し、それぞれで適切でないごみの量などを指標として計測し、比較することでその対策の効果を検証しました。どの資源ステーションがどの対策を行うかは、くじ引きでランダムに決定しました。

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ーこの段階では、はじめは反発もあった住民の皆様はどのように関わられるようになったのでしょうか。

 数字で明確に結果が出ることが面白くなり、我々も住民もみんな効果を早く知りたいという気持ちでいっぱいでした(笑)。

 検証結果としては、対策1の「チラシポスティング」は、分別の間違ったごみを7〜8割削減する効果がありましたが、効果は長続きしなかったことがわかりました。

 対策2の「収集終了看板」は、不法投棄が全体で15%減少する効果がみられ、しかも効果が持続することがわかりました。


ーなるほど。取組の短期的効果、長期的効果がそれぞれ明確になったのですね。ここまでが2年目の取組ですが、3年目にはどのように展開されたのでしょうか。

 効果のあった対策をそのまま政策に反映しました。

 対策1のチラシは、バリエーションを増やした上で、タイムリーに利用できるよう町内会にデータを提供しました。

 対策2の収集終了看板は、2017年度に予算化し、全資源ステーションに設置しました。

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ーまさに、エビデンスに基づく政策立案(EBPM)の実践ですね。住民の方は、協働してこのような取組を行ってみて、どのような感想を持たれたのでしょうか。また、その後の政策効果はいかがでしょうか。

 住民の方々のアンケートによると、「自分たちでモニタリングすることで、理解関心が高まった」との回答が45%にも登りました。また、「対策を実施する箇所と実施しない箇所を分けたことが良かった(32%)」、「もっと多くの対策を試したかった(26%)」、「くじ引きで対策実施箇所を選んだことが良かった(13%)」など、ランダム化比較試験(RCT)の意義を認めてくださったり、さらに積極的な実施を求める方々もいらっしゃいました。一方で、「実施する箇所と実施しない箇所があることによる不公平感(16%)」、「モニタリングの負担(3%)」を感じる方もいらっしゃいました。

 しかし、全体としては「今後も取り組んでいきたい」という意向は87%もの方が持っていただけました。実際に、町の資源化率は増加し、ごみの減量率は30%に迫る勢いで、町民一人当たりの経費も年々減少しています


ー確実に成果が出ているんですね。今後はどのような取組をお考えですか。

 私は、役場は「困りごと解決装置」だと思っています。今後も町民の方と一緒にデータやRCTを駆使して様々な地域課題の解決に努めていきたいと考えています。


―なるほど、今後の展開もとても楽しみです。今回は大変貴重なお話をお聞かせいただき、どうもありがとうございました。


写真・資料:葉山町提供                          聞き手・構成:植竹香織(ポリシーナッジデザイン合同会社)




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