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ナッジを取り入れた防災政策立案(総務省自治大学校)

今回は、総務省自治大学校の政策立案演習にて、防災ナッジを取り入れて最優秀賞を受賞された自治大学校第2部課程第198期第10班の皆さんについて、ご紹介します。

自治大学校第2部課程第198期第10班の皆さんと指導教官の西藤公司先生(中央)

左から:
前花 智也さん (兵庫県三田市)、三橋 俊由貴さん (三重県伊勢市)
杉田 貴洋さん (埼玉県幸手市)、西藤 公司 先生(指導教官)
清水 亨さん(神奈川県厚木市)、丹羽 信貴さん (愛知県小牧市)
金田 真明さん (奈良県桜井市)

自治大学校とは、総務省が所管する地方公務員向けの中央研修機関です。全国の自治体から集められた幹部候補職員が、東京都立川市の自治大学校に集い、寮に住んで3週間から3か月の間みっちり政策などについて学び、総合的な政策形成能力や行政管理能力を育成することを目的としています。

自治大学校校舎(公式ウェブサイトより)

自治大学校第2部課程の中で、研修期間の集大成として取り組むのが政策立案演習。全71名の研修生が5-6人ずつのグループに分かれ、具体的な政策テーマを対象に、政策提案を行います。

本記事では、2023年1月に行われた政策立案演習発表会にて、ナッジを取り入れた防災政策を提言して最優秀賞を受賞された第198期第10班の皆さんにお話を伺います。

表彰時の様子


ー総務省自治大学校の政策演習にて、ナッジを含む防災政策の提案をされ、最優秀賞を受賞されたそうですね。今回、受賞した内容の概要を教えてください。

杉田:私たちのグループでは、埼玉県幸手市をモデルに政策提言を行いました。

幸手市は、埼玉県北東部に位置し、北東に利根川が流れる人口5万人弱の市です。地形としては、市のほぼ全域が海抜10m前後の沖積低地であり、水害に弱い地形であると言えます。

幸手市洪水ハザードマップによれば、利根川決壊時には市のほぼ全域が洪水浸水想定区域内となり、約7割の地域で2階以上の浸水が想定されています。
過去の災害では、昭和22年9月カスリーン台風で、利根川が決壊し、死者、行方不明者7人、負傷者141人、全壊家屋94棟、半壊家屋421棟等、甚大な被害を及ぼしています。

出典:杉田、清水、丹羽、三橋、前花、金田「効果的でスムーズな災害対応について」


今回の演習では、洪水によって住民の命が奪われないことを目的に、スムーズな災害対応ができることを目標とし、職員の観点と住民の観点から、先進事例や職員・住民に対するヒアリングを元に調査・研究しました。その結果、職員の参集体制や適切な避難所数の確保、市民の避難行動促進に課題があることがわかりました。

そのような課題を受け、今回の提言では、(1)行政にかかる提言と(2)市民の防災意識にかかる提言を行いました。(1)では、職員に対する訓練(災害をより身近に感じられるようにシミュレーション動画を取り入れるなど、実際の災害をリアルに再現した訓練)の実施や長期災害対応を可能とする職員体制の構築(参考:兵庫県三田市)、近隣自治体との応援体制の構築(参考:神奈川県厚木市)、民間の中高層建物の指定などを提言しました。

そして、(2)市民の防災意識にかかる提言では、これまでの方法とは異なるアプローチとして、行動経済学理論(ナッジ理論)の導入(協力:ポリシーナッジデザイン)を軸に提言を行いました。具体的には、複合的な防災イベントの企画・開催、世代間での交流を活用した避難経路マップの作成・配布、インパクトのある防災アナウンスの実施の3点です。

出典:同上


ー具体的な提言内容を教えてください。

三橋:まずは、複合的な防災イベントの開催です。防災を、運動会や消防音楽隊のコンサート、キャンプと組み合わせることで、防災に興味がない市民の方や、より多くの市民の方にも、楽しく(Attractive)に防災知識や防災体験をしてもらうことを提案しました。

出典:同上

次に、子どもや保護者、高齢者との交流をセットにした避難経路マップの作成・配布を提言しました。子どもが親などのサポートの下でマップを作成し、それを高齢者にプレゼントすることで、マップに対して愛着が湧き、記憶に残りやすくなるのではと考えました(メッセンジャー効果)。

出典:同上


そして、インパクトのある防災アナウンスの実施です。ナッジのEasy, Social, Timelyの要素を活用し、発信のタイミングや内容を工夫することで、避難率の向上を目指したメッセージを提案しました。

出典:同上

ー今回、防災をテーマに選ばれた中で、ナッジに関心を持ったきっかけは何でしたか?

清水:以前、私は危機管理課に所属しており、台風の際に市から避難発令をしても実際に住民の避難行動に繋がらず苦慮していました。そのような中、令和元年10月に台風第19号が市に直撃し、相模川の上流にある城山ダムが緊急放流するという連絡が神奈川県からありました。実際の緊急放流は二転三転し、最終的には放流の数分前に市に連絡があり、緊急放流されました。

その際、消防団等が危険を省みず河川から近い住民宅を一軒一軒廻るなどして避難を促した経過がありました。幸いにも越水することなく、大きな災害にはならなかったものの、住民の避難行動について課題が残りました。

その後、たまたま職場の通知でナッジ理論を知り、この理論が避難行動に結びつけることはできないかと思ったことがきっかけでした。

発表の様子

ー防災にナッジを取り入れるにあたって、特に注目したり、あるいは工夫をした点がありましたら教えてください。

金田:私たちがナッジに着目したのは、やはり「強制することなく人を動かす」という特性です。
豪雨災害では、避難情報が発令されても住民が避難しないということが度々問題に挙げられます。しかしながら、行政が避難を強制することはできず、最終的に避難するかどうかの判断は住民自身に委ねられるため、行政は自発的な避難行動を促すしかありません。ただ、それも今までどおりの画一的な方法で啓発や呼びかけを行っても、住民の防災意識や避難率の向上は見込めません。このような課題に対して、ナッジの特性はまさにうってつけなのではないかと考えました。
また、ナッジの活用に際しては、世代を超えて多くの住民を防災に巻き込み、心に響かせるということを意識し、提言内容を考案しました。

ー発表会では、どのような反応が見られましたか?また、どういった点が評価されたと思いますか?

前花:発表会では、講評担当の教官から「単なる政策立案に留まらず、市民の意識改革に着目し、コンサートやウォーキング、キャンプと避難所、世代を超えた子どものマップ作成など、ナッジ理論の特性をうまく使った具体的な提言が素晴らしい」との評価をいただきました。
また、最優秀賞をいただいた成績発表の際には、校長から「発表者の説明もさることながら、報告書を見返さなくても、発表を見ているだけで内容が全て理解できるスライドの構成が良かった」、「課題について、行政に関するものと市民に関するものに分けて整理してあることも分かりやすかった」とご講評いただきました。

質疑応答の様子

ー今後の取り組みについて教えてください。

丹羽:これから私たちはそれぞれの所属の自治体に戻ることになります。今回取り上げたナッジは、防災だけでなく他の分野でも応用可能だと思いますので、これから自治体の業務を行っていく上でもさまざまな分野で活用できると考えています。

ー本日は貴重なお話をお聞かせいただき、どうもありがとうございました!

(後記)

この記事では、私もヒアリング協力させていただいた、自治大学校でのナッジを含む防災政策の立案演習についてご紹介しました。

行動科学の視点を取り入れた避難を呼びかけるメッセージは、広島県の取り組み<リンク>がよく知られています。また、横浜市<リンク>でも、防災ハザードマップに添付する書類を行動科学の観点から工夫して、関心を高めるという取り組みもされています。

防災行動には、現時点で危機に直面しておらず、また災害に遭うかどうかの不確実性があるため、取り組んだ方がよいと思っていたとしてもなかなか行動を起こさなかったり(先延ばし)、情報が多すぎて取捨選択ができなかったりする(情報過負荷)など、さまざまな心理的ボトルネックが存在します。

実際に防災行動を促進するには、物理的なボトルネックへの対策と同時にこのような心理的なボトルネックに対応した施策が求められます。今回の演習のような、心理的なボトルネックに注目した取り組みが実際に増えることでより政策効果を高めることができるのではないでしょうか。

(文責:ポリシーナッジデザイン合同会社 植竹香織)
(写真・資料提供:自治大学校)
(資料出典:杉田、清水、丹羽、三橋、前花、金田「効果的でスムーズな災害対応について」)

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