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王様の朝ごはん、庶民のパワーフード。ニハリから見えるインドの歴史。

王様のために夜通し作る料理がある。お肉はとろけるほど柔らかく、スープは辛味が絶妙な味わいである。長時間煮込むので骨からも肉からも旨味が飛び出している。

16世紀から19世紀ごろのインドはムガールの時代であった。この時代にインド料理というものはとても進化したのだと常々思う。ムガール人は元々はペルシャの方からやってきた人たちである。支配と法と秩序と共に料理も持ってきたのである。その中の一つが長時間煮込んで作る料理「ニハリ」である。ニハリは王様の朝のお祈りの後に食べるために作られたため前日の夕方から作り始め朝方に出来上がり王様が食べるためアラビア語のNahar、「朝」という意味が変化し「NIhari」になったと言われている。濃厚なグレービーとリッチな味わいはその後ムガール帝国のために働いている労働者のために毎朝無償で提供されていたとも言われている。あのリッチで濃厚なニハリを朝から食べていたのでデリーのレッドフォート、アグラのタージマハルなどムガール時代に建てられた建物はどれも美しく、力強いのかもしれない。ニハリはオールドデリーで生まれたと言われているがラクナウで生まれデリーで育ったとも言われている。どちらが正しいかわからないがラクナウのニハリは黄色くデリーのニハリは赤いのである。1947年にインドが独立しインドとパキスタンが別々になってしまったときオールドデリーの多くのムスリムのシェフはパキスタンのカラチに移住していった、そしてニハリをカラチでも提供するようになり今ではインド料理というよりパキスタンの名物料理の一つとなっている。

歴史も旨味も詰まったニハリを食しに旅に出たのが今年の初め頃である。インドを代表するムスリム都市「ハイデラバード」から入り、「ラクナウ」そして「オールドデリー」を約10日間かけて旅をした。ハイデラバードでは毎朝4時か5時ごろに起き朝一でやっているニハリ屋を目指した。ほとんどが辛味の聞いた赤いスープにヤギの骨や足が入っているものであった。とろみはあまりなくあっさりとしたスープに肉の旨味が溶け込んだような味わいである。店内でヤギの骨にしゃぶりつく若者たちにムガール帝国時代の建設現場の早朝を見たような気がする。ハイデラバードから北へいったラクナウのニハリは全くの別物であった。グレービーはとろみがありソースは黄色い。ほのかにローズの香りが漂い王侯貴族が食べていたであろう上品な食卓風景が目に浮かぶようであった。オールドデリーのニハリは色はハイデラバード、味はラクナウに近いものがあった。

庶民のパワーフードでもあり王様の朝ご飯でもあったニハリ。長い時間蓋を閉められて煮詰められていくニハリにインドの歴史を重ねて見えるような気がしておもしろかった。

あの蓋をあける瞬間がまたたまらないのである。

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鎌倉・極楽寺にあるスパイス屋・アナン㈱3代目。 オリジナル商品の開発や、スパイスの面白さを伝えるため料理教室などで全国を飛び回ったりしている。 好きな映画は『男はつらいよ』シリーズ。 アナン公式サイト:http://www.e-anan.net/
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