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「バタフライ・エフェクト」月刊NSNO Vol.10/ -ドミニク・カルヴァート=ルウィンの蒼き羽- エヴァートンFC ブログ


2022年4月 
月刊NSNO Vol.10
「バタフライ・エフェクト」



1.バタフライ・エフェクト

▽ローレンツ・アトラクター

ほんの僅かな差や些細な出来事の積み重ねが、のちに多大な影響を及ぼすかもしれない。

表題「バタフライ・エフェクト」は、米マサチューセッツ工科大学の気象学者エドワード・ローレンツが提唱した気象学における理論の誌的表現だ。
1972年にローレンツが行った講演のタイトル『予測可能性-ブラジルでの蝶の羽ばたきはテキサスでハリケーンを引き起こすか』という例えに由来する。

今や「カオス」という言葉はあらゆる場面で耳にするが、ローレンツは「決定論的カオス」と呼ばれる科学の新しい分野を開拓したことで世界的に有名で、バタフライ・エフェクトとカオス理論には関連性がある。1963年に発表された論文「決定論的非周期的流れ」で用いられた言葉は、カオスとそのメカニズムを発表したものとして最も早いと言われている。

バタフライ・エフェクトは、ひとつのアクションや状況がひと繋ぎの線であると考えると、些細なことであれ最後には重大な引き金を引くに値することを意味する。そして、初期微動、初期条件の鋭敏さに依存し、やがて想像もつかない大きな差が生まれることにカオスの特徴がある。

それは現在のエヴァートンにも当てはまる。21-22シーズンに陥った残留争いという危機。クラブ史上最も困難を極める状況は、ここ数年の小さな変化が巻き起こした、クラブを篩(ふるい)にかける大きな嵐とも捉えられる。ピッチの内外に関わらず全てにおいて、エヴァートンはトップリーグに相応しいか否かが試されている。

渦中、フランク・ランパードが徐々に変化を与え、選手が諦めない姿勢を保つことが一縷の望みを繋いでいる。クラブ、チームは苦戦を強いられるもマンチェスター・ユナイテッド戦での劇的な勝利、レスター・シティ戦での終了間際の同点弾を呼び込み、小さくもポジティブな変化を汲み取っている。

一方で、未だその気流に乗り切れない選手がいる。昨季、正統派ストライカーとして名乗りを挙げた大黒柱のひとり、ドミニク・カルヴァート=ルウィン(以下、DCL)をクローズアップしたい。躍進したカルロ・アンチェロッティ就任後の19-20、20-21シーズン、快調な滑り出しを見せた21-22シーズンとは異なり、度重なる負傷に喘ぐエース。今後、彼の存在はエヴァートンにどのような影響をもたらすだろうか。


2.蝶のように舞う

▽シンボル

今回、私が「バタフライ・エフェクト」を引き合いに出したことは、エヴァートンが抱える問題や状況に重ねたことに加え、DCL自身のシンボルにも由来している。

彼自身のSNS、InstagramやTwitterでは試合前後の意気込みや想いを投稿する一方で、広告を務める製品やメディア・インタビューを通してファッションやプライベートな一面を覗かせることが多い。彼をフォローしていて気づくのはシンボルマークとして頻繁に使用する絵文字と、日頃愛用しているネックレス。象徴的な蝶はDCLのアイコンとしてファンの間ではお馴染みのものだろう。


▽ダンカン・ファーガソンの存在

古巣シェフィールド・ユナイテッドで頭角を表した地元の若者は、ロナルド・クーマン率いるエヴァートンが目をつけた。たった150万ポンドで手に入れた才能あるフィニッシャーは、その後サム・アラダイス、マルコ・シウヴァ、カルロ・アンチェロッティ、ラファエル・ベニテスの配下で約6年間、多くの経験を積み重ねた。

上記には含めなかったが、現在コーチを務め、暫定監督も担ったダンカン・ファーガソンは、DCLに好影響を及ぼしているひとりだ。思い起こされるのは、2019年12月のチェルシー戦(〇3-1)だ。マルコ・シウヴァが解任され、ケアテイカーとして白羽の矢がたったファーガソン。それまでのシウヴァの采配とは異なり、DCLとリシャーリソンを2トップに据え、グディソン・パークで強豪を撃破した。試合後のインタビューで、“ファーガソンに恩返しをしたかった。”と、DCLが語ったその言葉は、共にエヴァートンで9番を背負った選手だからこそ、特別な関係性を感じることができた。

試合終了後、互いに祝福して抱き合うDCLとファーガソン。(19-20 vsチェルシー)

また、今季第3節のブライトン戦で負傷し、長期離脱していたDCLはクラブ公式のインタビューで以下のように語っている。

「ダンクとの個人的な関係については誰もが知っている。監督が誰であろうと、ダンクがタッチラインにいるときはいつも僕にとって特別なんだ。彼が僕にしてくれたこと全てに報いたいからね。」

「ダンクは時々、大きくて怖い人だと誤解されることがある。彼は190cm以上もあるしね。それに良いプレーができなかったら、ちゃんと叱られるよ。それはそれで健全なことだと思う。」

「でも、選手への話し方や指導の仕方はとても落ち着いていて、冷静沈着だ。その両面を持ち合わせているのは重要なことだ」

「彼はここで様々な監督のもとで働いてきた。多くの経験を積んでそれらの情報をすべて吸収し、自分のやりたいプレーや戦術に落とし込むことができる、そう確信している。」
evertonfc.comより

チェルシー戦の再現を求め2人が抱き合う姿をイメージしたものの、残念ながら第23節アストン・ヴィラ戦では敗戦を喫し、ファーガソンの指揮は1試合で終えることになった。しかし、後任としてやってきたランパードはファーガソンをそのままチームに残した。DCLへのバックアップにも大きく期待しているだろう。今、外野から見るファーガソンの影響力は控えめに思えるかもしれない。しかし、弱った蝶が再び羽を広げて飛び立てることを知っているはずだ。ランパードがファーガソンを手放さかった判断が、後にいい影響を与えることを願ってやまないのだ。


3.輝き、剥がれ落ちる鱗粉

▽エースの復調が残留への鍵

DCLが苦しんでいるのは、その怪我の多さだ。
16-17シーズンには足首の怪我、17-18シーズンには背中の怪我でそれぞれ約2か月に渡り負傷離脱。18-19、19-20シーズンは小さな怪我で済んだものの、20-21シーズンには筋肉系および、ハムストリングの怪我で2度離脱している。2つ合わせて1か月程度を不在にした。
そして今季、つま先の骨折と大腿四頭筋の負傷、開幕から3試合連続ゴールを奪ったエースは乗りかけたレールで足を滑らせる事態になった。夏の終わりに離脱し、戻ってきたのは年末のボクシング・デー、実に120日以上メンバーから外れる形となった。
そして、現在に至っても足の親指に違和感を覚えるなど十分なフィットネスを得られていない。10日から2週間の治療期間が必要とされ、前節のレスター・シティ戦に加え、次節のマージーサイド・ダービーでも欠場が決まっている。

ただし、彼がピッチに戻れば順風満帆、とならないのはチーム状況と同じ。
冬の復帰後、8試合に出場したDCLは未だノーゴールが続いている。

ピッチ上での動きを観察すると、彼のコンディションが良くないことは誰の目にも明らか。レスター・シティ戦で代役を務めたサロモン・ロンドンが序盤の調子から向上し、持ち味が出ているのはプラス要素である。

エヴァトニアンフォロワー様のアンゴメさんより、レスター・シティ戦の端的な選手評。ロンドンとDCLへの明瞭な指摘。
@mortyeverton for Twitter 

しかし、DCL本人のフィットネスによる問題だけで現在の不調理由を済ませてはいけない。彼が得点できていない理由には昨季と比較したチームの戦術及び選手間のパートナーシップによる要因も表れている。

カルロ・アンチェロッティの指揮下で開花したDCLは主にボックス内で魅力を発揮した。アンチェロッティは、ミラン時代のフィリポ・インザーギのビデオをDCLに与えた。点取り屋はゴール前でどのように振舞うべきか。ポジショニングや嗅覚といったイメージアップが功を奏しただろう。ペナルティエリアで脅威となった9番は空中戦でリーグ屈指の跳躍力と打点の高さを披露。これまでプレミアリーグで記録した43ゴールのうち、ヘディングで得点したのは19ゴールで約半数にあたる。用意された素材の個性を活かし調理できるアンチェロッティは彼の特徴を最大限に利用したと言える。

ボックス外からゴールしたのは2019年のカーディフ戦であげたもののみで、DCLの43ゴールのうちゴールからの平均距離は6ヤードである(約5.49m)。そのメインディッシュを引き立たせたのはアストン・ヴィラに移籍したレフトバック、リュカ・ディニュの存在だ。

在籍時、ディニュはDCLに8ゴールをもたらした。このこのアシスト数は過去現在、どの選手よりも多く、プレアシストでも貢献するハメス・ロドリゲスも含め、DCLへの高精度なボールの供給源を失ってしまったのである。

この影響はベニテスとランパードに代わったことで顕著になっている。21-22シーズンの通期において、DCLへ最もパスを供給したのはGKのジョーダン・ピックフォード。GKのみならず、ビルドアップを放棄・省略してロングボールを送る光景が目に浮かぶ。さらに、ランパードに代わって最もボールを送ったのはCBのメイソン・ホルゲイト。フィードには一定の評価があるホルゲイトだが、フルバックからの供給力は格段に落ちており、ボックス内でボールに触れる機会も減っている。

ディニュがいかに優れたチャンスメイカーだったかは、改めて説明する必要性はないが、今後DCLが復活を遂げるためには良質なクロスを提供できる存在が必要不可欠だろう。

いつも刺さる指摘をつぶやいてくださるBANQさんのツイートより。ベニテスがハメスよりも必要とした献身性あるクロッサーのA.タウンゼントがシーズンアウトの怪我を負ったことも供給源不在の大きなダメージとなっている。
@BANQUEBLEU for Twitter

彼の魅力が引き出され、輝きを増した時期から一転、怪我・監督交代・選手放出といったあらゆる変化によってDCLは身にまとった美しさを失いかけている。冬にDCLへの関心が噂されたアーセナル陣営やミケル・アルテタは一旦興味を薄め、熱視線を逸らしたとの報道もされている。

蝶が人に羽をつままれた時、私たちの手に剥がれた鱗粉がつくように、本来優雅に飛んでいるはずの動きを無下に妨げればどうなるか
数々の些細な出来事は、のちの影響力を鑑みれば決して小さなものではないと理解できるだろう。


4.広がる羽と波風

▽”トムとドム”

ピッチ上での歯痒い成果とは異なり、DCLには別の活躍できる場がある。

かつて、世界的なスターであるデイビット・ベッカムがランウェイを歩いたことで、本来フットボールの世界が内包していた要素とは別のカルチャーが流入した。ファッション性とは無縁だったフットボール業界も、自身のステータスやファッションスタイルをアピールすることは当たり前の時代となった。スター選手は独自のスタイルであらゆるファッションブランドと契約し、コラボレーションを図りながら広告塔として、あるいは個人として、チームのブランド力もアップしていく。
日本のサッカー雑誌でも、お洒落に服を着飾る選手を取り上げたり、一方でそのファッションセンスをベリーグッドだの、バッドだのと評価するページを見かけた方も多いだろう。普通で地味な恰好をしている方が笑われることすらあり、それは日常茶飯事だ。

DCLはエヴァートンで名を広めたころから、そのファッションセンスを醸し出していた。SNSの文化が定着したことでより多くの人がその姿を知ることができ、選手自身がフットボーラーとしてピッチ上で表現する以外の発信方法を得たのである。

先月、白とストライプのスーツでパーティーに向かうDCL。70年代~の雰囲気で自身を彩る。そして隣で俯き加減に映るデレ・アリ。プライベートで2人は息が合うみたい、ピッチ上でも期待したいコンビ。
@mintisculture for Twitter


これはチームメイトのトム・デイビスも同様である。

2人は2020年にニューヨーク・ファッション・ウィークに参加し、フットボールの世界を離れ、別の舞台に大きな1歩を踏み入れたのだ。

冬の休暇でニューヨークを訪れた2人に対し、寛大なアンチェロッティさん。もしベニテスさんだったら何と言ってたでしょうねえ…。
Sky Sportsより

だが、ここで生まれるのはピッチ外でのパフォーマンスに対する批判である。選手個人の日常的な振る舞いや性格面も多少影響があるだろう。上記に映るデレ・アリもエヴァートン加入後にグディソン・パークでお披露目した服装のラフさや、所有する高級車に対してバッシングを浴びた。

こうした自己表現は、ピッチ上でのパフォーマンスが芳しくなければさらに勢いが強まっていく

髭剃り、電動シェーバーなどで有名な「Braun」はマーケティングにおけるイギリス大使のひとりとしてDCLを採用している。

キャンペーンの一環で、DCLは自身のスタイルを語るモデルを務めた。ショッキングピンクに近い、ストロベリーやマゼンタ系の赤いスーツを着たことが話題になった。

この出立ちはフットボーラーとしては遠い存在にも感じられるだろう。SNSでは多くの批判が寄せられた。赤いスーツに起因して、アーセナル移籍の噂をネタにジョークを放つアカウントがあれば、今季3ゴールしか決めていないFWがピッチ外での活動集中しているなんて…とショックを受ける場合や、「企業のPRロボットだ」と辛辣な言葉も。

チームが残留争いに巻き込まれているからこそ尚更のことである。ファンがストライカーとして躍動することを期待し、怪我の具合やフィットネスに気をかける中、当の本人はファッションセンスで自己表現することに注力しているのだ。

直近ではメンズ向けのファッション・カルチャー誌である「GQ」にも登場したDCL。彼のアイデンティティー、ファッションへの意志、またワールドカップ出場への夢も語っています。非常に面白いので興味のある方はリンクから是非。
@BritishGQ for Twitter

デイビッド・ベッカムも若い頃に奇抜な服装でスタジアムに訪れては、大きく非難されることがしばしばあった。それを黙らせたのは本人がアイデンティティーを貫いたこと、そして何よりワールドクラスの選手として飛躍したことにあるだろう。

私は自己表現を貫くDCLが好きだ。周囲が何と言おうと、彼が羽を広げ奇抜な衣装や服装でアピールすることも、ピッチでは伝わらない姿を見るのも楽しみである。トム・デイビスも対しても同様で、彼らがフットボーラーである前に、1人の芯のある若者だということを念頭に置きたいと考えている。

だが、それと同時にピッチで、試合の中で輝いてほしいという想いが勝っている。私はエヴァートンのファンだからだ。

今後も大小さまざまな波風が彼に重圧をかけるだろう。クラブやチーム、監督や周囲の選手たちが彼にどのような影響を与えるかも問題のひとつだが、DCL自身が選択するそのひとつひとつも、大きな結末を左右するリスクを伴っているのだ


5.さいごに

気象変動と天候で例えるなら、エヴァートンは大嵐に巻き込まれている。雨が強くあたり、逆風が吹けば、これまで残留争いで転落してきたクラブの血や臭いや傷跡を感じることだろう。道程には様々な破片が飛び散り、生身の足で進む過酷さである。

4月末、佳境を迎える17位エヴァートンは首位を争うリヴァプールとのマージーサイド・ダービーを控えている。アウェーのエヴァートンは、降格圏内の18位バーンリーとは勝ち点差1に縮まり、ホームのリヴァプールはマン・シティとの激闘を終え、ラストスパートに入った。
雌雄を決する対照的な立ち位置の両者である。

青と赤、両者が目指す山の大きさは異なるが、頂点の高さを競う時ではなく、今はその頂を目指す過程が重要とされる。今後もしばらくフレンドリー・ダービーの格差は大きいままだろう。

それでも、頂上を見上げ登り続けることをやめてはいけない。たとえ1つの山を登り終えても、また別の山が聳え立ち、転げ落ちればまた力を蓄えて登り始めるのみである。

小さな蝶が羽ばたく僅かな風がこの先の出来事に大きな影響を与えるかもしれない。対する逆風に逆らうためDCLは自分と向き合う時間、己自身と戦っている。

"蝶のように舞い蜂のように刺す''というモハメド・アリのフレーズを思い出す。しかし、舞えなければ、刺せないのが現在のDCL。
されど、ニューカッスル戦で見せたアレックス・イウォビへのアシストような役目にも期待している。
ゴールを奪えなくとも周囲を助け、「蜂になって刺してもらう」という選択肢もあるのだ。

5月初め、ホーム・チェルシー戦での復帰を予定している、と発言したのはランパード。今重要なのは個人でなく、チームだ。とメディアに語る中、ファンは彼の不在に落胆を覚える。

今シーズンも残すところ7試合。
この期間でDCLは復活するだろうか。
それともこのままフェードアウトしてしまうのだろうか。

来季の行方もわからないままだ。ローン先で充実した時間を過ごすエリス・シムズら若い選手たちも控え、一度は掴んだイングランド代表としての目標もある。現実的には、W杯が迫る状況下で代表選出の可能性は低いだろう。

彼が辿る線上にはどのような出来事が待ち受けているか、エヴァトニアンとして最後まで追いかけたい。そう想いを馳せる人々はたくさんいる。

この先、カオスがもたらすバタフライ・エフェクトと、蒼き蝶の羽ばたきを見守ろう。

🦋


2022年4月 
月刊NSNO Vol.10
「バタフライ・エフェクト」


参考資料

気に入ってくださり、サポートしてくださる方、ありがとうございます。 今後の執筆活動や、エヴァートンをより理解するための知識習得につなげていきたいと思います。