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ジャパニーズ

前回までのあらすじ

父の死をきっかけに実家近くに戻って数年、往復数時間かけて稽古場や劇場に通うのもすっかり日常になっていた。ここ1年余りは例の感染症の影響もあって東京はおろか、電車に乗らないなんていう日も珍しくなかったが、この夏は久しぶりの舞台で都内を往復。万全の対策と数十回の検査のおかげで無事幕を下ろすことができた。終わってみればあっという間、また海を眺めながら来し方行く末に思いを馳せる日々が戻ってきた。

私の記憶が定かならば、最初に海外の戯曲に触れたのはtptでのことだったと思う。ボブさん(ロバート・アラン・アッカーマン)のワークショップでテネシー・ウィリアムズの「ガラスの動物園」をテキストに行うものだった。参加者は数十人、昼夜に分けての活気あるWSで、テレビで見るあんな人やこんな人も参加していたりしているのに驚いた。「へえ、こんなに有名な人でも来るもんなんだ」なんてちょっと浮かれた覚えがある。

なかなか「やってみたい」と手を挙げられず、そのうちにボブさんもWSとは思えないくらい熱が入っていき、時間を延長して参加者に細かい演出をつけるようになっていった。最終日にやっと短いシーンを演じてボブさんに「着替えるのが上手いね」(朝着替えながら喋るシーンだった)とコメントされたが、まあそのくらいしか褒めるところがなかったんだろう。

その頃はまだまだ芝居の経験が浅く、戯曲が「翻訳」ものだとかどうとか意識もしていなかったので見るもの聞くものが全て新鮮だった。しかもボブさんは「actorっていうのはactする人なんだよ。素晴らしい仕事を選んだね」などとおよそ親兄弟が言わないであろう言葉まで送ってくれた。改めて「芝居をしたい」という気持ちが強くなったのは言うまでもない。

そしてこのWSをきっかけに「BENT」の公演が実現し、その後もtptでは「ヴァージニア・ウルフなんか怖くない」「エンジェルス・イン・アメリカ」「三人姉妹」「血の婚礼」などの海外戯曲に触れる機会をもらい、一年のほとんどを森下に通い、ベニサンで過ごすような、今思えば演劇的にはこれ以上ない環境にどっぷりと浸かることになったのだった。

しかしtptで何本か経験した後でも今ほど「翻訳」を意識したことはなかったように思う。原文と照らし合わせたり、話し合うようになったのは(基本英文だけど)エリちゃんと創作するようになってからかもしれない。「検察側の証人」でも血の付いた袖を「sleeve」と言ったか「sleeves」と複数形で言ったかとか「left -handed man」のmanを「人物」の意味で言ったか「男」の意味で言ったか、など翻訳ならではの悩ましいポイントがあった。

俳優がどこまで翻訳のことに踏み込むのか、人それぞれだとは思うけれど、翻訳者と話す機会があってそれで理解が深まるならいいことだし、そこで足りないものをどこまで体現できるかが俳優の仕事でもある、ということでもあるんだろう。

海外戯曲や演出家を盲目的に崇拝するわけではないけれど、母国語でない分、この作家が何を言わんとしているのか、この演出家は何にこだわっているのかと考えることは結果的に演技や作品の質を上げることにつながるんじゃないだろうか。そもそも時代や国や文化や宗教が違うテーマやストーリーを表現することが醍醐味なんだから「これじゃ日本人にはわからない」と最初から切り捨てたり、言い換えてしまうのはもったいない。

そう考えると結局は日本語の問題になってくるようにも思う。日本で日本語で日本人に向けて芝居をする以上、「外国の作品を日本語に訳して覚えて喋りました」だけではなく、実感の持てる自分の日本語を責任を持って発しなければ。

ん、当たり前か?

いやいやこの歳になっても知らない日本語はたくさんあるし、周りの人と言葉の感覚がずれていることもある。日本語はもちろん、作品がどんな言葉で書かれていようが、母国語を疎かにしてはいかんのだ。

まあその前に芝居ができてなければ話になんないんだけれど。

それはまた、別の話。

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それではまた。

さいとう

追記:先日「トランスレーション・マターズ」なる翻訳家のトークライブに行ってきた。企画したのは昔参加していた劇団「青空美人」の木内さん。tptのWSに出るきっかけをくれた。登壇者もお世話になった方ばかり。翻訳の苦労を聞くにつけ、「このセリフ、言いにくいんだけど」などと軽々しく言ってはいけないと改めて思ったのだった。



斉藤直樹の記事はこちらから。
https://note.com/beyond_it_all/m/ma54ad0f50b2c


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