見出し画像

「ホップステップだうん!」 Vol.192

今号の内容
・巻頭写真 「石村さん」 江連麻紀
・べてるの風景 / 来年度に向けて環境整備
・続「技法以前」164 向谷地生良 「対話はリズムである」
・「黄昏とエレカシズム―歩くのはいいぜ」北村徹太郎
・気まぐれのりちゃん通信 No.4 バラバラバンザイ
・福祉職のための<経営学> 054 向谷地宣明 「ソーシャルワーカーのように」
・ぱぴぷぺぽ通信(すずきゆうこ)「感染予防対策中」


画像1

石村さん

最近人手不足のカフェぶらぶらにスカウトされ、カフェデビューを果たした石村さん。

掃除もして、食器洗浄して、ウエイターまでこなします。

何の仕事が一番楽しいですか?と尋ねると「時間ごとに何をやるか決まっていて、それをこなしていくのが楽しい」と答えてくれました。頼もしいカフェ仲間が増えましたました。

(写真/江連麻紀)

-------------

画像2

画像3

-------------

続「技法以前」164 向谷地生良

「対話はリズムである」

「同期としての対話」を考える時に、どうしても押さえておかなければならないのが、哲学者、中村雄二郎の業績です。べてるのメンバーである荻野仁さんが明治大学の学生であった時に、中村雄二郎の講義を受けていたと聴いて羨ましく思いましたが、私が中村雄二郎に出会ったのは、慶應大学の金子郁容との共著『21世紀はキーワードは弱さ』(岩波書店 )でした。「弱さの情報公開」を組織の理念として活動し、それを『「非」援助論』(医学書院)としてまとめ上げた時を同じくして、「21世紀は弱さの時代」と展望したその眼力は、あらためて凄いと思います。

そして、『「非」援助論』の発表を機にはじまった「当事者研究」は、「知の生成」という営みを、研究者や社会的な権威をまとった領域から巧妙に奪取し、自らを研究者として名乗り上げるという反転したパフォーマンスとしてはじまりました。それは、一種の既存の精神医学や社会の規範に対する巧みな批判精神をユーモアのオブラートで包み、「それで順調」と言い放つことによる静かなプロテストであり、反抗でもあったような気がします。

そんな時に知の在り方、生成を哲学的に論じた『臨床の知とは何か』(岩波新書)は、当事者研究という営みに、一つのお墨付きをもらったような気持ちになったものです。「一人ひとりの経験が真にその名に値するものになるのは、われわれが何かの出来事に出合って能動的に、身体をそなえた主体として他者からの働きかけを受けとめながら振舞うこと」と書かれた「経験の可能性」は、当事者研究のプロセスそのものです。

その当時は、それを「対話」の側面から読み込むことはありませんでしたが、当事者研究が「対話」の視点から注目されるようになってきた時に、あらためて気づかされたのが、中村雄二郎が一環として「対話」に関心を持ち続けてきたことです。中村雄二郎は、「対話」の意義について、次のように整理しています。

〇〈対話〉の愉しみや面白さとはどのようなものか。それは、扱われたテーマをめぐって、意外なところに話題がいき、ときに脱線するように見えながら、そうなることでかえって、問題そのものが 自由に展開され、考察が深まっていくことであろう。相手の議論からいろいろな示唆や刺激を受けて、自分でもびっくりするような考え方が、おのずと出てくることであろう。話が弾むと、いつの間 にか問題の風景が一変して、新しい地点に立ってしまうのである。

〇〈対話〉というと、一般には、特別の人が特別の場合に行なうことのように思われがちである。しかし、けっしてそうではない。もともと、〈対話〉の基礎をなしているものは、私たちの日常生活 なのである。すなわち、私たちは世の中にあって他人とともに生きており、他者との関係のなかで生きている。だから、どうしても言葉によって相互に意思を疎通しないわけにはいかない。いや、対話 の持つ身近な性格は、それだけにとどまらない。ひとりで考えること自体が、自己の内部で行なう対話だからである。

〇 人類の歴史において、哲学的な思考の最初の成果が、〈対話〉の形式をとったことはけっして偶然ではない。よく知られているように、それは、プラトンが残した数多くの対話篇である。ギリシア 語では対話のことを〈デイアロゴス〉というが、〈ロゴス〉とは言葉や言説を意味すると同時に、問題になっている事柄の真理や真相を意味している。また、〈デイア〉とは、分ける、分かち持つとい う意味である。だから、ここにおいて、対話とは、二人の聞で、事柄の真理・真相を分け合うことになる。
(『対話的思考 好奇心・ドラマ・リズム』中村雄二郎 新曜社)

1960年代から、「対話」についての思考を重ねてきた中村雄二郎は、1990年代に入ると新たな視点から「対話」を考察するようになります。それが「哲学とは好奇心である」「哲学とはドラマである」「哲学とはリズムである」という三つの視点であり、それは〈対話的思考〉と密接に関係している、と言っています。この三つの視点は、当事者研究の持つポップ感を表わすにはとても大切なキーワードであり、「対話」 を同期との関連から考察する上でのキーポイントになります。

向谷地生良(むかいやち・いくよし)
1978年から北海道・浦河でソーシャルワーカーとして活動。1984年に佐々木実さんや早坂潔さん等と共にべてるの家の設立に関わった。浦河赤十字病院勤務を経て、現在は北海道医療大学で教鞭もとっている。著書に『技法以前』(医学書院)、ほか多数。新刊『べてるの家から吹く風 増補改訂版』(いのちのことば社)、『増補版 安心して絶望できる人生』(一麦社)が発売中。

ここから先は

6,981字 / 4画像

¥ 150

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?