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IVSのプレスリリースをめぐる議論:何が問題だったのか?

昨日から、こちらのプレスリリースを巡ってtwitter上でいろいろな意見が散見されていますが、論点が食い違っている気がしたので、私の意見含めて整理してみました。

〈このnoteの目次〉
1. Twitterではどんな議論があったか
2. 問題点はなにか
3. 私が運営ならどうするか&よくある反論への反論
4. 【番外編】ジェンダーについて勉強するのにおすすめの入門書紹介
5. なぜこれを書いたのか

1. Twitterではどんな議論があったか

Twitter上での意見は、主に次のようなものが主でした。

漠然とした違和感を表明。(「うーん」「これはちょっと・・・。」のようなもの)
②メインモデレータをセントフォースの女性アナウンサー陣が務めることを大々的にアピールしていることへの違和感を表明。

そしてこれらの反応を受けて出てきたのが、↓のような反論です。

③女性アナウンサーはモデレータや司会のプロフェッショナル。プロフェッショナルを起用することには問題はないはずだ。

①は、違和感を表明しているものの何に対しての違和感であるのか明示されていないため一旦置きます。主にTwitterで議論になっているのは②と③だと思いますが、争点が違うものについて議論しているような状態です。

2. 問題点はなにか

では本当の問題は何だったのか。これについては、イシケンTVのイシケンさんこと石田さんによる問題点指摘の一連のツイートがとても参考になります。

結論から言うと、今回最初に声を上げた多くの人が問題にしたのは、女性アナウンサー陣を起用したことを大々的にPRしたこと、だったのではないでしょうか。

1. についてはツイートで後述されていますが、IVSに限らず、スタートアップカンファレンスの男女比率については、これまでも度々問題になってきました。そしてカンファレンスという人が集まる場に限らず、スタートアップ業界のジェンダーバランスにも深刻な偏りがあります。※この点についてはまた別のnoteを書く!(予定)

また先程あげたTwitterでの反論を思い出してみると、②の反応は、石田さんの指摘する2. の問題点、すなわち女子アナ起用のPRを問題視する点と重なります。

一方、③についてはどうでしょうか。「女子アナ」という特殊なプロ(なぜ特殊なのかは後述)が起用されてしまっていることを一旦置いておけば、プロフェッショナルの起用に反対している人はいません。ここで入れ違っているのは、

(i) 女性アナウンサーはプロなのだから起用することには問題ない →③
(ii) そもそも女性アナウンサーについては、ジェンダーステレオタイプをめぐる議論がある。(↑で述べたとおり"特殊なプロ"である理由)→②

の2つの立場です。繰り返しですが、プロを起用することに反対する人はいません。③の意見は、争点になっていないところへの反論になっているんではないでしょうか。

そして②について更に深く見ていくと、

- モデレータに女性アナウンサーを起用したことを大々的にPRすることはどういう意味を持つか?
- 「女性アナウンサー、通称"女子アナ"」ってどういうイメージがある(すなわちそれがどういうメッセージを発する)か?

という2つの部分に分けられます。

そもそもプレスリリースの目的ってなんでしょうか。「多くの人に知ってもらう」要素は大きいでしょう。カンファレンスの場合、そこからイベントに興味を持ってもらい、来てもらうための、いわば「集客のエサ」です。「〜氏の登壇が決まりました!」等のプレスリリースも、多くの人に「この人も来るんだ、すごい!」と思ってもらったり、そこから「この人達がいるなら参加したい!」と思ってもらうために打たれることを考えると、この点は明らかですね。(イベントの音響はこの人がやります!というリリースは打たないですよね。理由は、それが「集客のエサ」にならないからです。)

そしてその「集客のエサ」に"女子アナ"を使うのは、「"女子アナ"」が不可避的に発するジェンダー・ステレオタイプのメッセージに加担することに繋がります。(ここで起用されたのが"女子アナ"ではなく、男性アナウンサーであれば、ここまで問題になっていないでしょう。)

では、「"女子アナ"」が持つジェンダーステレオタイプとは何でしょうか。これは先に引用したイシケンさんがいう「ジェンダー表象」とも繋がります。

まず、これは女性アナウンサーという仕事を軽視したり、彼女らを見下したり、彼女らの仕事が簡単なものである、と言っているわけではないということを前置きします。

みなさんは、いわゆる「"女子アナ"」と聞いてどんな特徴をイメージしますか?"典型的な女子アナ像"を、頭の中で組み立ててみてください。なんとなく、「若くて、容姿端麗で、声が高くて、お行儀よくて、口うるさくない、優等生の女性」といったイメージになりませんか?これが"女子アナ"のジェンダー表象です。

女性アナウンサーは、メディア露出が多い仕事です。メディアの看板という要素もあるでしょう。そうすると、"女子アナ"のような人(若い、容姿端麗、静か等)が、女性の理想・規範になってしまうのはやはり不可避です。規範やステレオタイプを作り上げる/強化する要素は他にもありますが、メディアの影響が大きいことは周知の事実。つまり、彼女らを起用したことを大々的にPRすることは、ジェンダーステレオタイプを強化・再生産するすることにつながってしまいます。たとえ、「そのPRによって人が集まったわけではない」としても、その結果の部分ではなくジェンダー表象に議論のある人びとをPRに使っていること自体問題をはらんでしまうんではないでしょうか。

(そもそも「女子」アナ、という言葉自体も一考の余地があります。女医、女性起業家などにも通づる議論です。そもそも、「女性アナ」ではなく「女子」アナであることは、彼女らに暗黙に求められているかわいらしさ、清純さなどを表しているかもしれません。男性のアナウンサーを「男子アナ」とは呼ばないですよね!

また、上に挙げた「口うるさくない」と関連して、「聞く側」としてのジェンダー・ステレオタイプもあります。主体的に語る人たちの中に、聞く役割として"女性"が登場させられることは常々議論になってきました。イシケンさんのツイートでも、「男性経営者の補佐役」という言葉が登場します。言うまでもなくこれは、彼女らの仕事が簡単、補完的なものに過ぎないという意味ではなく、主体的に語る側ではなくあくまで聞く側であるというステレオタイプがあることも認識しておく必要があります。

〈女性アナウンサーとジェンダー表象をめぐってはこちらの参考記事もぜひ〉


3. 私が運営ならどうするか&よくあるの反論への反論

ここまで長々と述べてしまいましたが、こういう議論を起こさないためにはなにができるかなと考えてみました。

基本的には、ジェンダーの問題は人権問題なので、この議論がどういう歴史を辿ってきたのか理解し、常にアップデートしていく必要があると思います。あと、出す前に色んな人に見てもらうとか、当然ですが多様な立場に立って考える必要があると思います。文字に起こすとかなり月並みですが、

①歴史を知る
②本や記事を読む
③常にアップデートする

といったベーシックな部分がやっぱり重要だなと思います。加えて、ジェンダーギャップについてはIVSに限らず界隈全体として度々問題として指摘されていることを踏まえると、今後カンファレンスなどではダイバーシティについてのセッションがあるとみんなで理解が深められるかなーと思いました。

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イシケンさんのツイートや、他にも当該プレスに対して反論を表明した人のところには、賛同する意見も多く見受けられる一方、それらのツイートへの反論も無視できません。

それそれのツイートについて反論するのはここではやめますが、もっとスコープを広げた議論についてはここで私の考えを表明しておきます。

そもそもこれをジェンダーの問題にするのがおかしい。性差に関わらず、優秀な人が集まればいい。

→性差を気にせず、熱いを思いを持った優秀な人が集まれたら理想ですよね。私もそう思う!

でも、現状われわれがジェンダーバイアスから完全に自由になることが不可能に近いことは、世界中で実施されている数々の実験が証明しています。詳しくはWORK DESIGNなどを参照ください。同書にも登場するコロンビア大学で実施された「ハイディ・ハワード実験」などは強烈で、女性は「好感度と能力がトレードオフになりやすい」ことが明らかになっています。そんな状態で、男女関係なく判断する、というのはかなり無理があります。

「男女問わず優秀な人を」という文言はすごく耳障りが良いですよね。一見突っ込みようがない。でも、バイアスから逃れられない限り、これは〈自分はフェアな人間だ〉と安心して、思考停止するための言葉にもなってしまいます。

なぜ外野がいちいち騒ぐのか。IVSに参加しない人、登壇しない人が騒ぐ必要はない。大げさだ。

→これはジェンダーの議論では割と頻出の質問で、「なぜすぐ騒ぐのか」「なぜすぐに噛み付くのか」というお決まりの反論です。

まず、自分が何かを問題だと感じた時、あるいは自分にも関係する問題だという意識を持ったときに、声を上げるのは私にとっては自然なことです。なぜ外野なのに、と言われても、私にとってはそれは当事者として話しているかもしれません。

また、「なぜいちいち騒ぐのか」と考える人は、自分がその問題で特に不快な思いをしたり、被害を被ったりしたことがないのではないでしょうか。

皆プロフェッショナルとして参加している。志高く参加している人ばかりなのに、周りからケチをつけるのはプロフェッショナルに失礼だ。

女性アナウンサーをめぐる議論は上記ですでにしっかり書いたのでここでは省略するとして、この議論を、プロフェッショナル 対 non-プロフェッショナルという二項対立に歪曲化するのは悪手です。反論している人をnon-プロフェッショナルと押し込めてもどうしようもない。

4. 【番外編】ジェンダーについて勉強するのにおすすめの入門書紹介

①『ジェンダーについて大学生が真剣に考えてみた――あなたがあなたらしくいられるための29問』

難易度★☆☆☆☆
身近なジェンダーに関する問いに対し、議論の難易度を3段階に分けて検討する最高の入門書です!誰もが一度は考えたことのあるような、「男女平等は大事だけど、身体差があるでしょ?」「専業主婦になりたい人もいるよね?」「フェミニストはCMとか些細なことになんで噛み付くの?」などの質問に丁寧に答える一冊。

②WORK DESIGN(ワークデザイン):行動経済学でジェンダー格差を克服する

難易度★★☆☆☆
世界中で行われたジェンダーに関するさまざまな実験のデータをもとに、ビジネスの現場でのジェンダーギャップについてさまざまなインサイトを与える一冊。不都合な真実だらけ。

③安心社会から信頼社会へ 日本型システムの行方

難易度★☆☆☆☆
これは直接ジェンダー特化の本ではないものの、1990年代ごろからの日本社会の変遷をざっくり理解できるのと、途中登場する日本社会とジェンダーの話は教養として持っておくべき。性別限らず差別の話とかも興味深い。

④私たちにはことばが必要だ フェミニストは黙らない

難易度★★★★☆
ジェンダーの知識があまりない人には刺激が強いかもしれないが、ある程度勉強している人からすると、あぁ、そうか、と心がストンと軽くなる。ジェンダーの議論で疲れてしまった中〜上級者向け?かも。

5. なぜこれを書いたのか

長くなりましたが、総括。私はスタートアップ界隈・VC界隈のジェンダーギャップについて、「本当にまじでありえんほどヤバい(ヤバい)」と思っています。

でも、どうしても女性(起業家も投資家も)がマイノリティである中で、われわれが当事者として直面する問題についてちゃんと声を上げていかないと、そもそも見えてこないし、なかったことになるんじゃないかと思うのです。

でも、VCという仕事もスタートアップも基本的には好きだし、自分の仕事は大好きで今後数十年はこの業界にいるだろうな、と思う中で、問題のある環境には臆さず声を上げて、より良くできる部分は変えて必要があると信じています。

(セクハラといったわかりやすい問題だけではなく、単に女性が少ないことで困る場面って結構あると思うんですよね。今度これもnoteで書こうと思うんですが、例えば「これって私が男性でも同じことを言われるのな...」と悩んだり、「近くに同じ悩み持っている人がいないけど、これって大げさにし過ぎだと思われるのかな...」とか。そもそも師弟関係みたいなのが結びづらいとか。)

社会を良くしたいと思っているのは皆同じ。色んな人がいろんなベクトルで世界を良くしようと取り組む中で、ジェンダーの話題はなぜか矮小化されがちですが、積極的に今後も声を上げていこうと思います。

さいごに

このnoteを書くにあたり、センシティブになりがちなトピックなので、いろいろ表現等迷いながら文章に起こす中で、先輩や友人たちにたくさんアドバイスをいただきました!みなさまありがとうございました🙇‍♀️



ワーイありがとうございます!