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【第51話】キッシュが冷たくなるまえに

「それじゃ、フライパンの中身をフードプロセッサーに入れて、固形から液状にしよう。バターも入れて、最後に塩が足りないなら足して味見しようか」
 作業台の上でフードプロセッサーのプラグをコンセントにつなぎフタを取ると、はるかさんはフライパンの中身をシリコンベラで丁寧にそぎ落とすようにプロセッサーに入れていく。セラミック製のカッターがみるみるうちに鶏レバーと玉ねぎで見えなくなり、はるかさんは真剣な目でシリコンベラを動かして、プライパンの中のぎらついた残っているオリーブオイルと塩コショウも出来るかぎり残さず入れようとしている。このフライパンについたコゲの部分がスープなどのダシになり、美味しさの源なのだ。
 「それじゃ、スイッチオンで」
 フタをかぶせてはるかさんはプロセッサーのスイッチを入れる。レバーがあっという間にミンチ状になり、玉ねぎの白とレバーのピンクが混じり、グレー色のほとんど液体といえる状態までなった。
 「うん、いい感じ。それじゃバターを入れよう」
 僕はまな板の上で適当にバターを切り取り、ふたを開いたプロサッサーの中に入れると、はるかさんが再度スイッチを入れる。バターの黄色がだんだん見えなくなっていった。
 「けっこういい感じで液状になってるから、濾さないでもいいかもね。じゃあ味見して塩分が足りないなら塩を足してみよう」
 はるかさんはティースプーンですくって口に含むと、ちょっと驚いた表情をして舌先に神経を集中させている。しかし、しばらくすると眉間に皺を寄せて首を傾げた。
 「はなからブランデーの香りが抜けていきます、凄いな。だけどちょっと塩味が足りないかなと・・・どう思います?」
 僕も一口味見をしてみた。舌先の神経を研ぎ澄ませて味を確認する。正直微妙に塩分が足りない気もするが・・・。
 「冷やすと塩味が増すからこれでもいいような気がするけど、ワインのアテだからちょっと塩分が濃くてもいいかも。じゃあ自分の感覚で塩を足してみて」
 「いいんですか?それじゃほんのひとつまみだけ」
 はるかさんは塩をひとつまみ掴んで、ひと回し塩を入れてフードプロセッサーをスイッチを入れ、数秒動かした。
 「一晩冷やして明日試食だね。どのくらいの塩分で、香りがどのくらいで、触感がどうか。あとどのワインに合うかテストしたいな。ということで今日の試作は終了です」
 僕はお腹の前で縛っていたエプロンのベルトの蝶結びを解いて、エプロンを外して大きく背伸びをした。
 「わかりました。それじゃこのレバーペーストはココットに入れて冷蔵庫にしまいますね。明日の試食が楽しみです」
 玉ねぎが入ったことで体積も大きくなった鶏レバーペーストを見て、はるかさんはいくつかあるココットの中から大き目のものを選んで入れている。思いのほか量が多くて、もう一つ小さなココットを取り出して入れるはめになってしまった。スーパーで¥200少々で買った鶏レバーで、これだけの量が作れるのかとビックリしてしまう。
 「他にもさ、豚バラでリエットを作ろうかと思ってるんだけど・・・」
 「リエットって、先日の凪人さんの店でシャルキュトリーの中にあった、肉を煮込んでほぐした物ですか?バゲットに乗っけて食べたら最高に美味しかったですよ。ワインにも最高にあって、この店で出すことができたら嬉しいな・・・」
 「保存食で、一度作ったら2週間ぐらいは平気で持つから、毎週作んなくても大丈夫なんだよね。明日レバーペーストの試食にもう一度来るから、その時に作ってもいいかな?できれば圧力鍋があれば時短で作れるんだけどね・・・」
 「もちろんありますよ、棚の奥にあったはず。明日までに準備しておきます。他に必要なものは?」
 「豚バラのブロックが250gくらいと玉ねぎ、ニンニクとハーブのミックスがあればいいな。エルプドプロバンスとか、キャトルエピスってパッケージに書かれているやつ」
 「これでもいいですか?」
 はるかさんが調味料棚から取り出したのは、ヤマヤで売っているミル付きのボトルで、食塩とタイムやローレル、セージなどがまるごと入っている便利なもので、僕の家でも使っているのと同じだった。
 「これこれ、これですよ。もちろん生のハーブを使うともっと香りがいいんだけど、これでも十分美味しいのを作れるよ。はるかさん明日また作ってもらうことになるけどいいかな?」
 「もちろんですよ、望むところです」
 
 
 
 


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