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キッシュが冷たくなるまえに【第59話】金曜の夜はモスでテリヤキバーガー

 金曜の19時過ぎの郊外に向かう国道は、まだラッシュアワーの余韻が残っていていた。右折の車線にいる僕はただいま二回待ちの途中で、右折の矢印のサインがでないと車が進まない。僕の車の前には5,6台の車が信号待ちをしていて、帰宅の人達とこれから郊外型のレストランでの外食や遊びに出かけたりする人達でごった返している感じがする。今からミカエルに行って、新しいメニュー作成と昨日作ったレバーペーストの試食をするためにハンドルを握っているのだが、正直どんな顔をしてはるかさんに会ったらいいのかわからない。多分はるかさんも同じ気持ちだと思う。笑顔を作って、昨日何もなかったかのように振る舞うなんて不器用な僕にできるだろうか?はるかさんはどんな表情で僕を見つめるのだろう。そんなことが頭に浮かんでは消えての繰り返しで、今日一日仕事もろくに手につかなかった。

 渋滞の車列が急に動き出したが、僕の車の3台手前で矢印信号が赤に変わって三回待ちが決定したとき、お腹が急に鳴りだした。ちょっと何か食べてからミカエルに行こうと思い、交差点を曲がった先にモスバーガーがあるのを思い出した。「ネガティブな事しか考えられないのなら、何か食べるか飲むかしてから考えろ」と父さんがよく言ったっけ。久しく行っていないモスバーガーは何が美味しいんだっけ?そんなことを考えていると、開け放った車の窓から、キュルキュルとタイヤの鳴る音が聞こえた。右折車線の先頭のマツダ・ロードスターが勢いよく交差点を曲がっていくのが見えたが、車列は一向に動かず、しばらくして目の前の軽自動2台がゆっくりと動き始めると、ようやく僕はようやくクラッチを切ってギアをニュートラルから一速に入れる。ゆっくりとクラッチを戻して左足にかすかに伝わった駆動を感じると左足から完全に力を抜いて右足のアクセルをゆっくりと踏み込むと、ゆっくりとプジョーは動きだしてコーナーを曲がっていく。直線に入りギアを2速に上げるとモスの看板が見えて僕はハンドルを左に切って駐車場に入って行った。

 久しぶりに来たモス、メニューを見るとこんなに種類があったっけ?とビックリしたが、迷っているのが恥ずかしいので、当たり障りのないテリヤキバーガーのセットをポテトとコーラで注文して、受付番号とレシートを持って適当に空いている座席に座った。周りを見渡すと半分ほどの座席がうまっている。家族連れ数組と、帰宅途中のおひとり様のサラリーマンが数人いて、おひとり様はみんなスマホを見ながら夕食をとっている。僕もスマホを取り出してSNSのアプリを立ち上げる。凪人の店の情報を探して惰性のように見始めるが、胸がいっぱいになって見るのをやめてしまった。どうしてSNSを見て他人がどうしてるかばっかり気にしていているだろうとふと思う。スマホのない時代の人たちはこんな時に何をしていたんだろうか?本でも持参して読んでるか、まわりを見渡して物思いに耽るとかしていたのだろうか。でもそちらのほうがよほどよほど生産的かもしれない。他人の事で神経をすり減らすより、たとえ答えの出ない事でも自問自答しているほうがマシなのかもしれない。昨夜ミカさんが言っていた谷崎の「人魚の嘆き」かオスカー・ワイルドの「サロメ」でも読んでみようか。そんなことをぼんやり考えながらふと窓の外を眺めると、道路に流れるヘッドライトの数は途切れることがなく、気がつくと駐車場に入ってくる車が二台入ってきて、狭い駐車場は満杯になってしまった。

 「404番でお待ちのお客様」
 若い女子高生のような店員が受付番号を呼んでいる。目が合い、小さく手をあげると、無表情でトレイをテーブルに置いて急いでレジに戻って注文を取り始めた。久しぶりのハンバーガーに胸が高鳴るのを抑えきれず、いそいで包みを開くと、潰れていないふっくらとしたバンズ、それからはみ出した大量の新鮮なレタスの緑色が鮮やかだ。多分モスのロゴマークの緑色は、レタスの緑を表現しているに違いない。肉厚のパテに艶々に照りが入ったソースがたっぷりかけられていて、甘ったるい香りが食欲をそそる。厚みがあるので具を落とさないように大口を開いてかぶりついた。

 シャキシャキとしたレタスの歯ごたえがいい。レタスを噛んだ音が口内から直接脳に響いていて、舌の上の味蕾が旨味を感じる前に脳がすでに美味しいと感じているに違いない。甘じょっぱくコクのあるテリヤキソースと甘いマヨネーズが絡み合うと旨味が増幅されて、舌の上にこの二つの味が残ってなかなか消えずに残っているのが嬉しい。このジャンキーで癖になりそうなソースを楽しむために、コーラでテリヤキソースを流し込んでスッキリするのも避けたいぐらいだ。正直肉の味なんてあまりしないけど、そんなことは気にしない。肉を味わいたいなら他にもメニューはある。袋の底に残ったテリヤキソースをディップのようにフライドポテトにつけて食べるのも下品でいいんじゃないかと思って試したら美味かった。店内じゃなかったら、袋についたテリヤキソースを一滴も残らず直接舐めまわしているに違いない。すべてを食べ終わると、人目を忍んでこっそりと指についたソースを舐めると、ポテトの塩が混じっていてさらに美味しくなっていた。人目を忍んだ背徳感が美味しさを増したのかもしれない。お腹が一杯になった僕は、コーラを飲み干してお腹をさすりながらモスバーガーを後にした。道路は来た時よりは車が少なく、歩道と道路の段差を越える際に、サスペンションからギゴギゴと異音が聞こえたが、僕は気がつかない振りで走りだした。

 



 


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