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フィルム撮影のプッシュとプルについて

はじめに

 インスタ上でフィルム名を使ってタグ検索をかけると、たまにフィルム名のあとに「pushed 1 stop」とか「x1」などと書かれているのを目にします。この意味がわからなかったので、調べた結果が以下です。

フィルムカメラのISO感度設定と露出補正の場面

 まず、簡単なおさらいから。フィルムで写真を撮る場合、ISO感度はフィルムに依存します。例えば、富士フイルムのPROVIA 100Fを使いたい場合、ISO 100以外の選択肢はありません(昔は400もあったそうですが)。デジタルであれば、ISO感度はF値やシャッタースピードを変更するように自由に変えることができます。この辺がデジタルで撮ることとフィルムで撮ることの大きな違いのひとつです。
 使用するフィルムカメラが自動露出(AE)モードを備えている場合、標準露出で撮影するためには、使用するフィルムの感度をカメラに教えてやる必要があります。DXコードに対応しているカメラであれば、この設定は自動でなされます。
 ISO感度を設定した後は、基本的に、被写体に向けてカメラを構えてシャッターを切るだけとなります。しかし、そのまま撮るには問題のある場合があります。例えばポートレートなどの被写体がいて、逆光で撮るときには、フラッシュを使わないとしたら、そのまま撮るとモデルは暗くなります(測光方式にも多少左右されますが)。これは背景まで含めて適切な露出にしようとカメラが判断してしまうからで、このときには「露出補正ダイヤル」をプラスに補正して背景を飛ばすことで、メインとなる被写体が適正露出になるようにするという対処をします。反対に、背景が暗いような場合ではマイナス補正で対応します。
 以上が、だいたい基本的なところです。他にもAEロックを使った対処法などがありますが、ここでは触れないでおきます。

フィルムを「プッシュ/プル」するとは

 以上の話はおおむね、デジタルとフィルムのどちらにも通用する話でしたが、ここからはフィルムのみに当てはまる内容となります。どういう話かと言うと、フィルムを入れた後の感度の設定を、意図的にフィルムのISOと違った数値で設定することがあります。いわば、カメラに嘘のフィルム感度を教えるのです。
 例としては、ISO感度400のフィルム(富士フイルムの「SUPERIA PREMIUM 400」等)をカメラに装填して、カメラ側のISOの設定を200とすることがあります(DXコード対応カメラの場合は、手動ISO設定に変更することで設定します)。カメラの身になってみれば、感度200のフィルムが入っていると思っているわけですから、フィルムのISO値そのままの設定のときよりも1段分シャッターを遅く切ることになります(露出結果としては1段分プラスとなります)。つまり、やっていることとしては、「+1」の露出補正 をしているのと同じと言えます。
 もうひとつ例を挙げますと、同じISO400のフィルムで黒白フィルムの Ilford HP5 PLUSというものがあります。こちらは、1600で使用した場合に、コントラストの高い印象的な写真が撮れると言う人がいます。それに倣って、カメラ側の設定を1600にすると、2段分早いシャッタースピードで切ることになります。露出結果としては、2段アンダー、つまり、「-2」の露出補正をしているのと同じことになります。 このように、フィルム所定のISO感度より高いISO感度にカメラ側で設定したり、低い数値に設定したりすることがよくあります。
 ここで、用語の整理をしたいと思います。ISO400のフィルムをカメラ側の設定200で使うようなケースを、「プル」(pull)と言います。ISO400のフィルムを200として使うことは、1段分のプル(事実上の+1段補正)となります。反対に、カメラ側のISO感度設定の数値がフィルム所定の感度数を上回るような場合には、「プッシュ」(push)と呼ばれます。感度400のフィルムをカメラ側の設定で1600として使うケースでは、「2段分のプッシュ」(事実上の+2段補正)となります。

※ この辺の内容は日本語で検索しても見つからないため、英語圏のウェブ上の記事を頼りにして書いています。「プル」と「プッシュ」について、適当な日本語訳があるのかもしれません。その場合はコメントでご教示いただけますと幸いです。
※ ※ 注意していただきたいのは、「プッシュ/プル」というのはフィルムの現像場面でも使われる表現だということです。ここまでで私はカメラの設定の文脈でのみ使用していますが、後で現像についても多少触れます。
※ ※ ※ ちなみにですが、日本語でいう「段」にあたる英語は、「stop」です。

Ilford DELTA 3200 をカメラの設定感度1600で撮影し、ISO1600のフィルムとして現像。

露出補正で十分じゃないの?

 ここで湧いてくる疑問は、どうしてわざわざプッシュやプルなんてことをするんだろうか? 露出補正(exposure compensation)で済む話ではないか? ということです。こうした疑問はありふれたもので、「exposure compensation」でGoogle検索しようとすると、サジェストで「vs iso」が追加されて出てくるほどです。PHOTRIOというサイトの掲示板でも「露出補正とフィルムのISOを変更することの違いとは???  / The difference between Exposure comp and changing the ISO of the film???)というスレッドが立てられています(10年以上前のものです。なお、ここでの議論は噛み合っていませんので、わざわざリンク先で読む価値はありません)。他にも、さまざまなサイトでこのことに対する言及がなされていますが、多くはフィルムについての考慮が欠けている(デジタルを前提にした記述が多い)ために、この文章の参考になりません。というわけで、私が知り得た限りで、なんとか説明を試みたいと思います(参考サイトは記事の最下部に一覧にしています)。

フィルムの特性考慮という観点と実用的な観点

 フィルムで撮る場合には、フィルムの特性の考慮が必要となります。具体例から見ていくのがよいでしょう。PORTRA400での撮影で、晴れの日は素晴らしく写るんだけど、曇りの日には結果が芳しくない、という悩みが相談されているオンライン掲示板上のスレッドを見てみます。相談者は撮影後のプロセス(スキャン等)に問題があるのではないかと考え、その点について助言を求めるのですが、回答者のひとりは撮影の仕方に問題があると推測して次のように答えています(ここで言われていることがpushとpullのどちらなのかを考えながら読んでみてください)。

私はいつもPORTRA 400NCのISO感度設定をフィルム所定の感度400ではなく200か250で撮っています。その際、測光はシャドウ部で行います。ハイライトを飛ばすことになりますが、400NCは明部のラチチュードが広いので、心配ご無用です。露出オーバーにすることで曇りの日の写真が明るくなり、色被りも取り除かれます。

RANGEFINDERFORUM.com - Portra 400NC on sunny vs. cloudy day

 フィルムの所定感度よりカメラの設定数値を低くしているので、ここではpull していることになります。カメラ側で200に設定したとすると、1段分のプル、1段分の露出オーバーとなり、シャッタースピードも1段分遅く切ることになります。
 私はここにフィルムの特性の考慮を見ます。ここでなされていることは、結果としては露出補正で「+1」することと変わりません。しかし、1段分プルすることは、露出補正以前の問題に対処しているのです。曇りの日ではISO400のフィルムではうまく写らないから、カメラが自動で算出する適正露出よりも1段オーバーで撮っておこうとすることは、露出補正をしていると言えるでしょうか。露出補正とは冒頭でも確認した通り、主に被写体と背景との関係で考慮することでした。露出補正機能はこのために残しておかなければなりません。ですから、感度に対する調整を次のように2段階に分けて考える必要があります。

フィルム特性と表現したい印象に対する考慮 → プッシュ/プル で調整
被写体と背景に対する考慮 → 露出補正の+/− で調整

 あんまり上手く言えていませんが、要は、前者がファインダーを覗く前のことで、後者がファインダーを覗いている最中に調整することと分けられるでしょう。

※ ※ ※ ※ 正直なところ、上記の例を純粋にフィルムの特性に対しての考慮と言えるかは微妙なところです。というのも、上の例は天気に対する考慮でもあるからです。

 他の例も見てみましょう。プッシュ/プルはコントラストにも関係してきます。この記事では、ISO400の白黒ネガフィルムについて比較した表が掲載されています。この中で、Ilford HP5+とKentmere 400については、ISO800で使用する(1段プッシュする)ことが執筆者の好みの設定として記載されています。アンダーにすることで、その方がより良いコントラストを得られるためです。

 さらに他の例を見てみます。夜の撮影では、少しでも早いシャッタースピードを稼ぎたいときがあるでしょう。三脚とフラッシュが無い状況で、街中の光のみだけが光源の頼りとなる場合、ISO400のフィルムをカメラの自動露出が算出するままのシャッタースピードで写真を撮るのは困難です。その場合には、フィルムをプッシュすればいいのです。

 この記事ではIlford HP5+を夜間撮影に使用し、最終的にカメラ側のISO設定を3200して撮ったと書かれています(そうして撮られた写真が上の記事リンク横の、左側に葉巻に火をつけている男性が写っている写真です)。感度400のフィルムをカメラ側の設定3200で撮ることは3段分のプッシュとなります。夜間に3段分アンダーで撮ることで画面の中の人工灯とそれを反射するわずかなもの以外はほとんどシャドウの中に消えていますが、それでも良い写真になっているのがわかります(街灯や電光看板などそれ自体光を発しているものは、たとえ5段マイナスにしたとしてもカメラは捉えることができます)。
 また、手前味噌で恐縮ですが、先日私がSUPERIA PREMIUM 400で撮影した桜の写真は、1段のプル、露出補正で+1しています。つまり、カメラ内の露出計が標準露出と判断する露出より2段分プラスで撮影しています。

 なぜフィルムをプルしたかというと、「フジのISO400フィルムは1段プルして撮った方がいい」というアドバイスをネットで見かけたからです。また、露出補正+1の理由は、空に向けてカメラを向けたからです。

※ ※ ※ ※ ※ カメラの内蔵露出計がない場合についてはどう考えたらいいでしょうか。感度に対する調整を次のように2段階に分けるという基本的な考えはかわりません。内蔵露出計が無いカメラを使っている場合、単体露出計をお持ちだと思います。なので、そのISO設定をフィルムの表記通りにしないことで、push / pull し、あとは普段通りに、単体露出計で測光 → 絞りとシャッタースピードを設定 → 被写体考慮で露出補正(露出補正ダイヤルがない場合は絞りかシャッタースピードを変更することで直接調整する)となります。

現像における push/pull との兼ね合いの問題

 最後に現像に関して。先ほど少し触れましたが、push / pull というのは、現像の場面でも使われる用語です。現像用語としては和訳が定着しており、増感現像、減感現像と言われます。ISO400のフィルムを800として撮影して、ISO800のフィルムに対して行う現像方法で現像すれば「1段分の増感現像」となります。シャッタースピードを稼ぐためにプッシュしたけれど、標準露出は失いたくない、というような場合に便利な方法です。
 ここでちょっと厄介な問題が起きます。冒頭で紹介したように、インスタでは、「Kodak Ektar 100 (pushed 2x)」などの表記がなされている投稿が多くあります。この場合は、「コダックのエクターを2段プッシュして撮影したよ」ということを言っているのですが、果たしてそれが現像のときにも2段増感されているのかはこの文言からは読み取れないということです。これ、かなり重要な点だと思いますので、投稿者のコメントを参考にするときには気をつけていただきたいところです。
 フィルムの特性と実現したいイメージの考慮に対するpush / pull についてのみの言及として「pushed 1 stop」などと書いているなのか、それとも、撮影段階のpush / pull のみならず、増感処理/減感処理をしたということまで含めてそう記してあるのか。この判断は写真をよく観察することでしかわかりません。例えば、先にも引用した次の記事(Ilford HP5+をISO3200で撮影したサンプルの記事)であれば、現像段階での増感処理はなされていないと思われます(標準露出ではこんな暗い写真にはならないはずなので)。こうしたことをいちいち読み取らなくてはならない。面倒ですけど、これもまた露出の決定の訓練になるかな、とは思います。

まとめ

 ずいぶん粗いまとめになってしまいました。自分自身フィルム歴が浅いのもあり、不正確な部分もあるかと思います。その際にはコメントにてご指摘くだされば幸いです。なお、増感現像、減感現像は黒白フィルムで一般的ですが、カラーネガフィルムでも行ってくれるところはそう多くはありません(あの、ECN-2現像を開始した横浜のチャンプカメラさえ非対応)。例外的に行っている現像所には、東京の場合、私の知る限りでは、中野新橋駅を最寄りとするタック(プロラボサービスnet)というところがあります。

参考サイト


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