見出し画像

サイゼリヤのメニュー写真の半熟卵はなぜ裂けているのか

 サイゼリヤというと、その無駄のない合理的経営で有名だけれども、私がこれは良いなと感心するのは、メニュー写真の半熟卵が裂けた状態で撮影されていることである。これは、従業員の負担の軽減にもつながるし、食品ロスの削減にもつながる。このことについて、あくまで有力な仮説として、ちょっと書いてみたい。なお、他のファミレスでも同じなのかもしれないが、確かめることはしていない。
 私はサイゼリヤではないものの、1年以上、厨房で半熟卵を毎日割っていたことがある。合計勤務日数を300として、1日あたり8個割ったとすれば、だいたい2500個近くの半熟卵を割ったことになる。
 半熟卵は、普通に割れば、黄身が溢れ出ていない状態で皿に乗る。言ってみれば、裂けた状態というのは、失敗なのである。どれだけこの作業に慣れていたとしても裂けてしまうときには裂けてしまうものであり、労働者の熟達や注意力に頼ったところで、すべてを成功させるのは難しい。
 私のいたところでは、半熟卵が裂けてしまった場合、お客さんに出すことはできず、まかないへと回されることになっていた。一方で、サイゼリヤは半熟卵のメニューの写真をあえて黄身が溢れ出たものにすることで、客が何をデフォルトとするかについての修正を促している。普通と考えるものを、転倒させたのだ。
 おそらくだが、サイゼリヤの半熟卵が裂けているといってクレームをつける人はいない。いたとしてもごく少数で、メニュー写真が改変されるほどの勢力を持っていないのは事実だ。客は、半熟卵の黄身が出ているかいないかなんてことを、心の底では気にしていないのである。
 しかしここで、サイゼリヤのメニュー写真の半熟卵が裂けていないものだったらと考えてみよう。その場合に、裂けた状態の半熟卵が提供されたとしたら、失敗したものを押し付けられたような気を抱いて、客はあまりいい感情を抱かないだろう。
 1日のあいだいにサイゼリヤ全店舗でいくつの半熟卵が割られているか。1万は軽く超えてくるだろう。黄身が露出した状態を失敗として商品から排除していたのでは、いくつ卵が無駄になるかわからない。これは食品ロスの観点からもよろしくない。ならば、最初から裂けた状態で提供することにしてしまおうというわけだ。そしてそれを客まで含めて「普通」と見なす準拠になるのが、裂けた状態で撮られているメニュー写真だ。
 と、ここまで書いたところで、これを書き始めたころに注文した半熟卵のミラノ風ドリアが到着した。それが以下の写真である。

半熟卵のミラノ風ドリア(スマホで筆者が撮影)

 黄身が裂けていない。どういうことだ。メニューと違うではないか!と一瞬思ってしまったのは、この記事のために裂けていないメニュー写真の通り運ばれてくることを期待した私だからであって、通常の客は黄身が裂けていない状態だからと言って、「メニューと違う」といってクレームをつけたりはしない。
 つまり、重要なのは次のことだ。(メニューにおいて)裂けていないものとしてあったにもかかわらず、(実際には)裂けたものとして提供された時と、あらかじめ裂けているものとしてあったにもかかわらず、裂けていないものとして提供された時とでは、認知のされ方が異なる。そして、前者の場合には、クレームがつく可能性があるが、後者の場合にはそれがない。それゆえ、サイゼリヤのメニュー写真の半熟卵はすべて裂けた状態で撮影されている。これはかなり合理的な経営判断であるように思う。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?