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構造的暴力から抜け出すには

構造的暴力から抜け出すにはどうするのか。
それには「愛」が必要だと思います。

「愛」、それは他者を思いやる「愛」です。
しかし、構造的暴力の中ではその「愛」を貫くことは本当に難しいです。

キリスト教の神は「愛の神」です。
しかし「愛」と言っても日本人の多くがイメージする恋愛的な「愛」ではありません。
恋愛の「愛」は人間に向けての感情で、それは大概執着となり時に身を滅ぼすことさえあります。

キリスト教の「愛」を知ることで、強くなれると私は思っています。
他者の苦しみに寄り添う強さ、他者のために命を賭して闘う強さ、こういうものはキリスト教で得られるものかと思います。
しかし「闘う」と言っても、物理的強制力を伴う闘いではなく、あくまで平和のために苦難を耐え忍ぶ闘い方です。

私たちが神に愛されている、と信じていればこのような強さを手に入れることができる、そう信じます。

そのような「耐え忍ぶ強さ」を与えて下さる神の愛が行き渡っている社会であれば、構造的暴力からも抜け出せるのではないか、と思います。
結局、今の日本だって「偽りの平和」の状態ではないかと思います。
過労死する程働かせるのは、ある意味戦場に送り込まれて死闘を繰り広げていた戦時中と何らその暴力性は変わらない。

経済戦争は恐らく今後も続きます。
その上、日本はこの国際経済戦争の中で敗北しつつあるのではないかと思います。
しかし、資本主義の限界について若者達が気づき始めている昨今、次の世代が真に平和と一致の世界に生きられるように、私たちは神の愛を信じ共有して行かなければなりません。


悲しい世界から神の愛が行き届く世界へ。
世界中の隅々にまで神の愛が行き届く世界へ。

そのように願い、今日も祈ります。

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