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大学院インタビュー本番

『どうぞー』

前の受験者がリラックスした表情で
出てきてから数分後
私の順番が来たのだ。

正しいかどうか知らないけどノックは3回。
トントントン、と叩いて
部屋に入った。

『荷物をそこに置いてください。
受験番号とお名前を教えてください。』


カミカミの甘噛みで回答した。 
『50…、のバミュでし」

『どうぞお座りください』

3人の面接官がいる。
真ん中はパンフレットで見た先生だ。
左は若い。たぶん私よりずっと。私を部屋に呼び入れてくださったのがこの若い面接官だ。
右は終始優しそうな微笑みを湛えていた。

私は椅子に座った。

ついこの間のことなんだけれど
もう記憶はトビトビだ。なるべく3人の面接官と満遍なく視線を合わせようと意識していたことだけ注意していた。

『うちのプログラムのことはどの程度ご存知ですか?』

正直、ほとんどわかりませんです。はい。
そうは言わなかったけれども
苦し紛れになんとか知ってることを伝えた。

希望する専門が学べることと
その専門のために前提知識は心配しなくていい
それは入学してから学べば良いと
ウェブで見たこと。
それらのことを断片的に辿々しく話した。

更に緊張しまくらちよこ。

想定問題の答えばっかり忘れないように頭の中で繰り返していた。早く聞いてくれないかなって思いながら。

①現職業までの紆余曲折が長かったのでその言い訳、
②大学時代の成績が壊滅状態だったので学生生活をエンジョイした結果としての自分に都合の良い話をいかに納得していただくか、
③Ph.D.の論文内容を文系の教授にわかりやすく伝えるためのまとめ
などなど電。

しかし残念ながらというか
かえって幸運だったというべきか
そういった話題には触れられないまま面接は進んでいった。

「入学してから勉強すれば良いというのはその通りですが
そうはいっても今の仕事ですでに学んでいることはありますか?」

若い面接官からの質問だ。

「自分なりに本を読んでみたりしましたが現状どうすれば良いかとかそういうのはやはり体系的に学びたいと思っています。」

ちょっと質問の趣旨からズレた。緊張して喋っているうちに質問を忘れてしまった。
学会みたいに「もう一つの質問はなんでしたっけ?」と尋ね返す余裕はなかった。

その若い面接官は
「今何をするかというより20年後にどうするか
そういうことを学ぶのが良いのではないですか?」と言った。

もっともだった。

私はハイとしかいえなかった。

微笑んでいた試験官が私の提出した書類に目を通しながら
質問した。

「過去の職務歴でこの部分が刺さったのですが、
“一年目の時に毎日仕事を辞めたいと思っていた”とありますね」

「正直ですね」真ん中の教授が書類から目を離さず言った。

「正直です。その後これまで何が一番たいへんでしたか?」微笑みの教授が尋ねた。

「方針に合わない人に辞めてもらったことです」

「それは抵抗されませんでしたか?」

「非常に強い抵抗にあいました。特に自分より上の世代に引導を渡した際には衝突が激しかったです。
働かないで下の世代に負担を強いることは持続可能性からいって終わりにしなければなりませんでした。
必要なことなので後戻りはできませんでした。」

「いつでしたっけ?今の立場になったのは?」
と真ん中の教授。

「2019年です」
この年号、忘れてたけど直前に確認しておいてよかった。

「そんな中心人物が
ウチに来てしまって大丈夫ですか?2年間ですよ?」
教授が確認するように目を細めた。

次世代に残すために
私は前任者からこの仕事を受け継いだ。

そして数年かけて職員の入れ替えをし
私が数日いなくてもなんとか稼働するような体制を構築した。

「これから、10年なのか20年なのか受け継いだものを次世代に残すために、ここで学ぶ2年間が大変重要になると考えています。」
私はすこし興奮したかもしれない。手の動きが出てしまった。こういうボディランゲージはない方がいいんだっけ?

「そういうことを志望動機に書けば良かったのに。」
微笑みの試験官は言った。微笑みながら。

私はハイとこたえた。


「ここまでドアツードアでどのくらいの時間ですか?」

「2時間です」

「そんなに…。前日泊してる学生はいますけどね。
同じ職種の方も増えているし、うちには付属施設もあるし
OBも控えているし
勉強にはなると思いますけどね。……でも、」
正面の面接官が私をみた。そしてそれまでで1番ちからをこめて、

「通えますか?」

キタ!
この質問。

「通います」
半拍おいて答えた。

被せるようでもなく一拍でもなく
適切な間だったと考えている。

ここで私の記憶は
更に微弱になっているから
おそらく自分の中で何かが終わったと思ったのだろう。


そう、面接は終わった。

失礼しますと頭を下げながらドアの外に出た。
そこには先ほどの私と同じように
手持ち無沙汰で少し緊張した受験者が座っていた。
居心地悪そうに。

私は足が痛かった。
靴擦れが完成していたからだ。

駅の周りで
小学生たちが四谷大塚の問題集を
読み込んでいた。

私の文章要約参考書よりもずっと多くの線が引かれていた。

彼らにはまだたくさんの試験が待っている。
だが
私の受験はこれで終わりだ。
受かっても落ちても
これで終了。

そう考えるとなぜか涙が…

んなわけはなく、
足が痛くて泣きそうになった。

そういえば
専門分野の資格更新の試験はまだまだあったわ。

もう嫌になるな。

縁があれば
ここに通うことになる。

受かるかどうか
さっぱりわからないというほどには
厚かましいオッサンである。
(合格可能性はゼロではないということだ)
少なくとも自分なりには半年以上準備はして、論文に臨み
面接では正直にこたえたんだ。
もうなにも私を邪魔するものはない!

結果はオンラインで確認となる。

さようなら、大学よ。
アディオス、大学。
また会おう!ははははは、ハハハハハ。

颯爽と改札を通過しかけたとき、
自動扉が閉まって警告音が鳴った。

『お客さん、朝ちゃんとタッチしなかったでしょ?』

最後までなんだかすいませんて感じ。

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