《大学入学共通テスト倫理》のためのレオナルド・ダ・ヴィンチ
大学入学共通テストの倫理科目のために歴史的偉人・宗教家・哲学者を一人ずつ簡単にまとめています。レオナルド・ダ・ヴィンチ(1452~1519)。キーワード:「普遍人(万能人)」「ヒューマニズム(人文主義)」「ルネサンス」代表作「最後の晩餐」「モナリザ」主著『絵画論』『手記』
これがレオナルド・ダ・ヴィンチ
ご存知イタリアルネサンスを代表する画家・建築家・科学者・発明家です。その万能ぶりは後世に天才の一つの類型を与えているほどです(ちなみに、この自画像はダ・ヴィンチ筆は確定的に扱われますが、父を描いた可能性も唱えられています。確かに、ちょい老け気味です!)。
📝彼が倫理に登場するのは「普遍人」だからです!
Uomo universale è l'espressione usata per indicare una persona che eccelle in molteplici campi, nell'arte così come nella scienza.(フリー百科事典「WIKIPEDIA」、Uomo universaleのページから引用)
「普遍人(万能人)とはアートや科学などあらゆる分野に優れた人物を指すのに使う表現である。」がその大意。これがレオナルド・ダ・ヴィンチの「普遍人(万能人)」です。自分の可能性を自由意思でどんどんと押し広げていく、ルネサンス期の理想の人間像とされます。神から解き放たれたような自由な人間観です。画家、科学者、工学者、解剖学者、植物学者などあらゆる顔を持つダ・ヴィンチはザ・普遍人と言えるでしょう! また、古典を学びつつ人間性をトータルで回復しようというルネサンス人のあり方を「ユマニスム(ヒューマニスト=人文主義者)」と言ったりします。アルベルティやミランドラの人間の可能性を語った言説もチェックです!
📝そもそもルネサンスとは?
「再生・復活」という意味の言葉で、ギリシャ・ローマの古典を学びながら復活させるようないきおいで起きたヨーロッパの文化運動です(「文芸復興」と訳します)。ダ・ヴィンチだけでなく、神話的なスケールの恋愛叙事詩『神曲』を現代口語で書いたダンテ。現代口語で世俗的な物語『デカメロン』を書いたボッカチオ。「ヴィーナスの誕生」の画家のボッティチェリ。天才といえばこの人も忘れられない「ピエタ像」と「ダヴィデ像」の画家・彫刻家のミケランジェロ。「聖母子」のラファエロなどなど。画像はダ・ヴィンチが建築家の建築論をもとに人体の調和を描いた素描です。人のポテンシャル!
📝ダ・ヴィンチは自然を愛する自由人のイメージがあります!
彼は実に快く会話し、人の心を惹きつけた。また、何も所有しておらず、無一物というべきで、ほとんど働かなかったが、常に従者を雇い馬を飼っていた。馬をたいへん愛し(略)ていた。彼は鳥を売っている店の前を通るといつも自分の手で籠から出し、乞われた値段を払って鳥を空中に逃がし、失われた自由を取り戻してやるのだった。(ジョルジョ・ヴァザーリ『芸術家列伝3 レオナルド・ダ・ヴィンチ、ミケランジェロ』(田中英道・森雅彦訳)p11から引用)
これがダ・ヴィンチ伝説の元ネタのメインであるヴァザーリ『芸術家列伝』。真偽はともかく自然と自由を愛する自由人の姿を魅力的に描かれています。
📝伝説上「働かなかった」扱いを受けるくらい完成品は少ないです!
見方によっては、私が他人の、あるいは弟子ないしは工房の製作と判断したものを、真作であると主張する学者もあるだろう。それらを含めるとしても、レオナルドの作品のリストに上がる作品は、四〇点以下であり、少し厳しく見ると、二〇点程度になり、情状酌量を排すると、確実なものは、消滅した作品を考慮しても、せいぜい、一〇点程度に留まることになる。当時の画家としても、やはり、異常に寡作だったことは否定できない。(瀬木慎一『レオナルド・ダ・ヴィンチ 伝説と解読』(ニュートン・プレス)p106から引用)
瀬木氏によれば「三賢王」「聖ヒエロニムス」「岩窟の聖母(最初に作られた方)」「最後の晩餐」「樹上の装飾」「モナ・リザ」「聖アンナと聖母子」「洗礼者ヨハネ」が真作と断定できる作品だそうです。確かにそれはすごく少ない。
📝彼は寡作ながら絵画史上最も有名な作品を作っています!
一つは『最後の晩餐』
ミラノのサンタ・マリア・デッレ・グラツィエ聖堂の壁画。キリストのその弟子を描いた遠近法的リアリズムの到達点。速く描くフレスコ画法でなく、じっくりと描けるテンペラ画法を壁画に採用したため、ダ・ヴィンチの生前にすでに劣化が進行していたそう。1999年の補修によって作品の色鮮やかさが再現されています。
もう一つは「モナ・リザ」です!
ヴァザーリは「モナ・リザ」と記すものの、モデルも制作年代も未確定の小さな作品です。しかしそこに描かれた「彼女」の圧倒的な存在感に、専門研究者はいつの時代もなぞ解きにかられます!
📝最も有名な作品を生み出した彼の絵画観をチェックしましょう!
素描というものは、ただ自然の作品のみならず、自然のつくるものを超えて限りないものを追求するほどに立派である。(『レオナルド・ダ・ヴィンチの手記 上』(杉浦明平訳、岩波文庫)p192から引用)
単に自然がある以上に、それがどのようにして存在し、どうしてそう見えるのかという「原理」を追及していることの自負を述べています。「絵画論」から。
自然は、経験の中にいまだかつて存在したことのない無限の理法にみちみちている。(『レオナルド・ダ・ヴィンチの手記 下』(杉浦明平訳、岩波文庫)p13から引用)
描くひとダ・ヴィンチの目の中で、対象の未知の法則が豊かにひらかれていることを感じさせるフレーズです。「科学論」から。
人物を描くなら、その人物が心に抱いているところを十二分に表現するだけの動作をさせねばならぬ。さもなければ君の芸術は称賛に当たらぬであろう。(『レオナルド・ダ・ヴィンチの手記』(杉浦明平訳、岩波文庫)p235から引用、ただし漢字と訓を現代風に改変した)
再び「絵画論」から。このコメントは「モナ・リザ」を思い浮かべると含蓄深いです。腕をくんでほほえむことは特に「十二分に表現するだけの動作」とは感じない。しかし、モナ・リザをみる人は彼女が何かを心に浮かべ動作していることへのリアリティを感じます。「心に抱いている」⇒「動作」の微視的な流れの克明な写実を完成させたと言えるでしょう。芸術的感性と科学的理性のダブルを追求して最高の成果を生み出した、ルネサンス人の代表がレオナルド・ダ・ヴィンチです!
あとは小ネタを!
ルネサンス期の画家レオナルド・ダ・ヴィンチ。彼は水、髪、植物の蔓など「流れのあるもの」を繰り返し描いた。これもそのひとつといえる布。テンペラで描いた「衣襞習作」という500年以上前の作品。
これはレオナルド・ダ・ヴィンチの「『東方三博士の礼拝』のための遠近法習作」。絵画の世界がそこで生まれつつある、未完の魅力が全開の傑作です。
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