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第一話 弱小もやしマシマシ系ラーメン店の店長が転生してメタバース空間の女子高生になった件(Sekka編①)

「散々だなぁ…」

ワンルーム4畳半のボロいアパートに自分の声がこだまする。
流行中の感染症についにかかってしまった。
身体のあちこちがしんどいし頭がぼうっとする。こんなに熱を出したのは小学生以来かもしれない。

飲み物が欲しくて枕の上に手を伸ばすが、彼女に渡すはずだった指輪の入れ物に手がぶつかる。

「はぁ……」

俺はしがないラーメン屋の雇われ新米店長。この指輪はあくせく働き貯金したお金で買った。
流行り病の影響でラーメン屋の収入は落ちていたが、「今しかない!」と意気込み玉砕覚悟で彼女に結婚を申し込んだ。……で、玉砕した。

「松屋で好きや!!って大声で言ったのがマズかったのかなぁ」

半笑いの独り言がぼろぼろの天井にぶつかって腹の上に落ちた。
悲しむ暇もなく感染症にかかり数日寝込んでいたのだけど。思い出したら今更だけど悲しくなってきた。すき家で好きやってプロポーズしてたら成功してたかな。

「容体が悪化したら連絡ください」との連絡を最後に行政機関からは電話が来ていない。鬼忙しいんだろうな。
実家の親は祖父祖母の介護で手一杯らしい。彼女は……来てくれる訳がないよな、俺、振られたんだもん。

「はぁ……熱上がってきたかも」

視界がグラグラする。手を伸ばしたけど飲み物は近くにないみたいだ。立ち上がる気力はない。

ずしっ

腹に重みを感じる。昔飼っていた猫の重さの数倍重いんだけど。

グラグラする視界の中で狐の面を被った……女子高生がみえる。えっ、新手の死神?俺死ぬの?

ーー

「あれ?」

目が覚めたら熱は引いていた。多分。体は軽いし頭もスッキリしてる。そしてついでにすね毛はないし色白で細身で……女子高生の制服を着ている!?

「待って待って」

鏡を探そう。というかここはどこだ!?
見覚えのあるファッションビルが一番初めに目に入った。さらに辺りを見回すと犬の銅像も傍らに鎮座している。自分が以前に見た犬の銅像よりもだいぶトリッキーだけど。変な眼鏡かけてるし。ハロウィンか何かの影響?

「ファッションビルと犬の銅像があるということは……ここは渋谷、だよな……?」

ただ、渋谷のようでいてどこか自分の知っている渋谷ではない。違和感が拭えない。

違和感その1は犬の銅像でしょ。違和感その2!通行人に人じゃない者が混じっている。
2〜3頭身のヘビやパンダ、ウサギなどが人間に混じって歩いていたり、身体は人間だが頭がツタンカーメンの被り物だったり、とにかく様々なのだ。多様性の暴力。カルチャーショック。

違和感その3!といいつつ特にこれといって思いつくことがない。えーと、そうだ!空が本当の空じゃない感じがするかも。
よくみると空の上の上の方で無数のドローンが飛んでいるみたいだ。小さい頃見た無数のトンボで溢れかえる夕焼け空をふと思い出した。

めっちゃドローン飛びまくってるし、ここは数十年後の渋谷なんだろうか。もしかしてこれがタイムスリップ?ちゃんと帰れるのかな。

「ぐーーー」

腹が盛大になった。

「お腹減った……ご飯食べなきゃな」

場所が変わっていなかったらここにラーメン屋があるはず。昔の記憶を頼りにファッションビルの横を通り坂道を歩いた。

歩いている途中でビルのガラスに映る自分を横目に眺める。俺、やっぱり女子高生になってる。しかもめっちゃ可愛いじゃんか。
紺色のセーラー服に淡い青い色をした髪が夜風にヒラヒラとなびいた。

「よし、着いた!」

タイムスリップしたからなのかお店の外装は変わった様子。

"pajiro"

黄色い看板に黒い文字でこう書かれていた。

お店は開店前だが数人行列を作っている。ひとまずもやしマシマシ系ラーメンで腹ごしらえといこう。
雰囲気的に食券を先に買うスタイルだったので券売機で食券を買い、握りしめながら列の最後尾に並んだ。

「食券見せてください」
「大でお願いします」
「うち結構多いけど大丈夫?」
「いつも普通の大、余裕で食べてるんでいけますね」
「あら可愛いのにすごいねーかしこまりました」

浅黒い肌に銀色の髪が綺麗な女性店員が飄々と応対してくれた。可愛いけど中身おじさんですからね。

ラーメンを食べるという喜びは店に並ぶワクワクも込みだ。このスタイルのラーメン屋は特にそう。最初から最後までアトラクションなのである。

回転率は良さそうだな。いつのまにか自分の番が回ってきた。コップの置かれた席に通される。席は15卓ぐらいかな。背もたれのないガタガタした椅子に座る。

「ニンニク入れますか?」

少しダミ声の店員の声が上から降ってきた。病み上がりだし、このコールに決めた!

「ニンニクヤサイマシ」

顔を上げるとダミ声とは裏腹に可愛らしい顔が目に入った。どうやらダミ声店員はこの娘らしい。ハイライトが入ったボブヘアーに華奢な出立ちだが動きは完璧なオペレーションだ。えっと、人生何回目?

「どうぞ」

あっという間にラーメンが運ばれてきた。早い。しかもめちゃめちゃうまそう!病み上がりの気だるさを思いっきり吹き飛ばしてくれそうなニンニクと野菜の盛りだ。
まずは麺をもやしの隙間から引き上げて一口食べてみる。

「……うっっまぁ……!」

モチモチの太麺が口に入った途端、旨味に脳が溶けそうになる。この最初の一口だよ。いつもこの一口のために生きてきたとすら思える。

そのまま3、4口を一気に食べ進める。
チャーシューも肉厚で良質なものを使っているな。肉と脂身のバランスがちょうど良い。合間にしんなりしてきたもやしも挟みつつ麺をすするがいつの間にか完食。最高のひとときだった。

この味は、盗みたい。

「ここで働かせて下さい!!」

気づけばどこか映画で聞いたことがあるような台詞が口から出てきた。思い立ったが吉日が俺の座右の銘だ。

ーー

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