第十二話 地方在住神主が転生してメタバース空間の女子高生になった件(Daisy編②)
「見つけた!!二人とも、ちょっと聞いてくれ……!!」
ーー
たまらなく家族に会いたくなり気づいたら先ほどまでいたラーメン屋から飛び出し走っていた。
子どもが3人もいると大抵寝る際は誰かに蹴られるし、腹や胸や頭の上にまで容赦なくのしかかられる。寝苦しくて嫌になることもたびたびあるけれど今はその感覚が恋しい。
むちむちした手足を触りながら乳臭い寝息を嗅ぎながら眠りにつくあの感覚をまた味わいたい……そう思うと自然と涙が出てきた。
無心で走り続け、方向音痴な自分が奇跡的に渋谷駅に着いた。終電に間に合うかな。
「あの……福島駅まで行きたいんですけどまだ間に合いますか?」
近くにいた駅員らしきパンダに話しかける。
「フクシマ?あのエリアはもう誰も住んでいないですよ」
「そんな……」
もしかしたら、家族も一緒にこの世界に来てるんじゃないか。だとしたらみんな家にいて欲しい。そんな希望がガラガラと音をたてて崩れた。
「どこに行けば元の世界に帰れるんだ……」
妻がいて子どもがいて、そんな生活が当たり前だった自分だ。大切に大切に守っていた宝物を突然取り上げられたような気分に襲われる。妻は、子どもは、僕がいなくなってしまい困っていないだろうか。帰りたい、帰りたい。
駅の外に出るとつぶらな瞳の犬の銅像が目についた。まるで哀れむような眼差しで僕を見つめている。
「はあ……」
仕方なく元来た道をとぼとぼと歩き始める。今のところ頼れる先はあのラーメン屋の人たちだけだ。あそこで働かせてもらいながらこれからのことを考えるしかない。飲食店でのアルバイト経験はないけどうまくやっていけるだろうか。
ーー
「……組織や社会に不満を持った出来事を思い出してみるとヒントがあるかも知れない」
ーー
ふと、ラーメン屋店主パジの言葉を思い出す。
正直、DAOの話は聞いていてとてもワクワクした。
神社に生まれた人間の宿命ではあるのだが、ずっと古い体質の組織やコミュニティに属していた。
あまり知られてはいないが神社の神主は公務員みたいなもので給料制だ。なので仲間の神主たちは誰も突飛なことをやりたがらない。日々の通常業務や地域の人間たちとの調和に重きを置いて古い風習の守りに徹する者が大半だ。それは決して悪いことではない。けれど、自分は性格的に新しいことが試してみたい人間だった。
もちろん生まれ育った集落の人も自然も大好きで、その上で変化させるべきものは変化させるのが自分の務めだと考えていた。
「仮想通貨をお賽銭に使いたい」と提案した際、あらゆる方面から批判を受けたことを思い出す。
「時代にあわせて変わっていくことも、大切なのにな……」
何百年も昔、神社への奉納物が農作物から通貨に移り変わった時、人々は何を想い何を感じ何を言葉にしたのだろう。
確かに仮想通貨をお賽銭に使うのは奇抜なアイデアなのかもしれないが、それ以上のロマンを感じる。
1000年後2000年後の祖先たちが自分たちのアタリマエと過去の常識を照らし合わせて……今の僕みたいに時代の転換点に想いを馳せるだろうから。
「神社をDAOで運営できたら、どうなるかな〜……」
ゴツッ
「はうっ!?」
ゴッ
前を見ずに下を向きながら歩いていたせいで石段のような場所に突き当たり足が引っかかった。そのまま転倒し顔面を石段に思いきり打ちつける。
「あいたたた…」
頭を上げると赤い鳥居と神社の名前が目に入ってくる。
"池羽矢神社"
「こんなところにも神社が……」
いけ、は、や…?初めて名前を聞く神社だ。
「やあやあ、ようこそ!」
「こんな夜遅くに来てくれるなんてね」
穏やかな声と共に人間ぐらいの背丈をした黄金のヘビと青鬼のような生き物がぬっと現れた。一瞬身構えるが、幸いこちらに敵意はなさそうだ。
ヘビの方は日中同じようなサイズの者たちを何匹か見かけた。青鬼の方は初めて対面するが、太い眉毛とケツアゴ……というものだろうか、2つに割れた大きな顎がなんともチャーミングな青鬼だ。
「キミたちは?」
「ボクはオロチ!」
「はじめまして、キヨシです」
生き物たちは深々とお辞儀をする。とても礼儀正しいな。
「えっと、この神社は何の神様がいるの?」
「商いと変化と時の神様だよ!」
「ボクを育ててくれた神様の一人さ」
「育ててくれた?神様が育ての親って……キミはいつ生まれたんだい?」
「えーっといつだったっけ。2022年、の……5月15日だね。朝9時って書いてあるなぁ」
突然タブレットのようなものを取り出しオロチは自己開示をする。ここにきてはじめて具体的な日付の概念が登場したことに驚く。
「この世界にも、ちゃんと日付の概念があるんだね?」
「当たり前じゃん!」
「ふきのとうの天ぷら食べる?」
どこからともなくふきのとうの天ぷらが出てきた。
「ありがとう……おおー!?これ、すごく美味しいね」
なかなか上等な天ぷらだった。料亭で出てきてもおかしくない味だ。
「定期的に参拝者から貰えるんだー。神様が好きだったからね」
オロチとキヨシのマイペースな雰囲気に思わず流されそうになるがハッと我にかえる。
「ところで今は西暦何年の何月なんだい?」
「ここはハードフォークした西暦2050年の2月だよ」
「ハードフォーク?」
「枝分かれみたいなもんさ!」
オロチはタブレットを操作しながら話す。
「キミが……Daisyがさっきまでいた"Shibuya"がどんな時間軸なのかは分からないけどね」
「え?」
どういうことなのか訳が分からず鳥居の向こう側を振り返りよく見てみる。鳥居の外と内を隔てて膜のようなものがあるようなないような。
「ここはここでまた別の世界なんだ……」
「そういうこと!」
「この神社がある世界から僕が元いた世界に戻れたりはしないのかな。2020年代から来たのだけど」
「過去?あーそれは無理だねー」
「消されちゃうよ」
「"Shibuya"でコツコツ元に戻る方法を探すのがいいかもね」
「コツコツ……そうかぁ……」
希望が見えたかと思ったらすぐに消えてしまい悲しくなる。
「キミのブロックチェーンを眺めていたらこんな画像のNFTがあったよ。家族写真というやつかな」
オロチは端末をこちらに見せてくれる。
「これは……」
自分の目頭が熱くなるのが分かった。
「Daisyの大切な人たちなんだね」
傍にいたキヨシも優しい表情でうんうん、と頷く。
抑えていた感情が溢れ出てきてその場でひとしきり泣いた。オロチとキヨシは僕の気持ちが落ち着くのを静かに見守ってくれた。
「NFTはキミのスマホのウォレットに入っていていつでも見れるから寂しくなったらみるといいよ」
「ありがとう」
鼻をすすりながらお礼を言う。
「じゃあ、いくね。2人ともありがとう」
「またねー」
「気をつけてねー!良かったらおみくじひとつ引いていってよ」
木箱の中からおみくじをヒョイとつまみ上げる。「あっちの世界で開いてみてよ」と2人に言われたので鳥居の向こう側に出た後でおみくじを開く。
「えっ?」
おみくじというよりも自分のことを上からみている、そんな存在からの手紙に思えた。これが本当だとしたら、神様からのメッセージというのなら、他の皆にも知らせなければ。
ーー
「見つけた!!二人とも、ちょっと聞いてくれ……!!」
息を整えるのも忘れて話し始めたので思わず咳き込んでしまう。
「えっ、なになに?」
「とりあえず水飲むか?」
「あのさ……この世界は、僕たちは……まだ不完全だ」
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?