島岡先生の論文を読んでみた

 島岡まな先生の「強制性交等罪における暴行・脅迫要件について」(『日高義博先生古希祝賀論文集下』所収)を読んでみました。
 
 島岡先生は、2003年のイギリス性犯罪法について、「責められるべき人間は被害者ではなく加害者である」「密室の目撃者もない場所で、行為者と被害者の人間関係の中で起こった犯罪について訴訟となった場合にリスクを負うのは、被害者ではなく行為者である」という、いわば当然の(にも拘わらず今まで男女の力関係により不当に無視されていた)こと」を「明示的に立法した画期的な法律」であるとして高く評価します(136頁)。

 ただ、これは、男女間の性行為に関して女性が被害者であるということを前提としている点で、男女が平等な社会では受け入れられにくいものであるように思います。密室の目撃者もない場所でなされた性行為(公然わいせつ罪がある以上、通常そうです。)については原則性加害なのだという前提がないと、「訴訟となった場合にリスクを負うのは、被害者ではなく行為者である」という命題は導きにくいように思われるのです。

 その上で、上記のような「2003年のイギリス性犯罪法のような立法を正当化する原理は何であろうか」との問いを投げかけ、「ここで参照すべきは、刑法230条の2『名誉毀損罪における真実性の証明』規定であろう」と述べます。この規定があることから、「刑事裁判において挙証責任を検察官が負うという大原則は、例外を絶対に許さないものではなく、挙証証責任転換の弊害を上回る利益が認められる場合には例外も許されるということは、既に実定法上認められているのである」とするのです(136〜137頁)。

 そして、性犯罪についてそのような利益が認められるのかについて、性犯罪「の保護法益は、名誉や財産よりも重大である」こと、「それはしばしば密室で、目撃者もいない場所で発生する」ことを掲げます(137頁)。ここで重要なのは、「挙証証責任転換」の利益については言及されているものの、弊害については言及されていないと言うことです。

 その上で、島岡先生は、「そのような重大な法益侵害を放置する危険と『疑わしきは被告人の利益に』原則の背景にある冤罪の危険とを共に回避する方法は、重大な法益侵害となる可能性のある行為を行おうとする行為者が、行為前にその可能性を回避する措置を十分に行い、裁判となった場合にその措置を証拠として提出する以外にない」と結論づけます(137頁)。

 そのような証拠を刑事裁判のときに提出できなかった被告人が冤罪で処罰されることは、弊害としては認識されていないようです。

 島岡先生によれば、「これから性的関係を結ぼうとする相手方が真に同意しているか否かを慎重に確かめ、それを証拠として残すことは、名誉毀損罪における真実性の証明よりもはるかに容易であることがわかる。しかも、それをせずに結果的に同意のない被害者に一生残る深いダメージを与える危険と慎重に同意を確かめる行為の容易さとを比較すれば、被告人に同意を確かめさせ、それが裁判となった場合に行為の正当性を証明することとなる結果、挙証責任の転換につながることは、名誉毀損罪における真実性の証明と同じ構造なのである」とのことです(138条)。

 しかし、名誉毀損行為は原則違法な行為であるのに対し、性行為は原則適法な行為です。
 そして、刑法230条の2が主として想定しているのは、マスメディア等による報道であり(だから、「公共の利害に関する事実」についてなされることを要件としている。)、取材の結果得た資料を残しておいてあることが前提となっています。「公共の利害に関する事実」であればこそ、起訴されてから被告人や弁護人が改めて証拠を収集することも可能です。更に言えば、名誉毀損罪は、法定刑が低いので、被疑者が逮捕・勾留されない状態で捜査が進められるのが通常であり、被疑者・被告人が弁護人と協力して証拠を収集・整理することが容易です。また、立証の対象も、「摘示事実が真実であること」なので明確です。

 これに対して、性行為を行うにあたって女性の同意を慎重に確かめたとしても、それを証拠化し、長期間にわたり保存しておくということは、基本的に期待できません。不倫関係にある男女の場合はもちろんですが、夫婦間だってそのようなことを証拠化し、長期間にわたり保存することは通常していないし、今後もしないのが通常となるように思われます。そもそもどのような証拠を作成し、残しておけば、「女性の同意を慎重に確かめた」ことになるのかも不明です。
 そして、性行為は通常密室で行われる私事であるが故に、起訴されてから被告人や弁護人が改めて、女性の同意を慎重に確かめていたことを裏付ける証拠を収集することは不可能です。更に言えば、強制性交等罪は、法定刑が重いので、被疑者が逮捕・勾留された状態で捜査が進められることが多く、その場合、被疑者・被告人が弁護人と協力して証拠を収集・整理することは困難となります。

 このように見ていくと、「これから性的関係を結ぼうとする相手方が真に同意しているか否かを慎重に確かめ、それを証拠として残すことは、名誉毀損罪における真実性の証明よりもはるかに容易である」とはとても言えないことがわかります。

 島岡先生は更に、「行為の時点で裁判になったら証明できると考えられる程度の確実な根拠に基づいて被害者が同意していると誤信した場合にのみ、故意が阻却されることとな」るとします(138頁)。

 しかし、様々な知能レベルの人が行うことを前提としている性行為に関して、被害者が同意しているとの自己の判断が「裁判になったら証明できると考えられる程度の確実な根拠に基づいて」いることの認識を求めることは、現実的ではないように思います。この点もまた、報道機関という「プロ」を主に想定していた刑法230条の2とはベースが大いに異なると言えそうです。
 
 

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