SLAPPについて

SLAPPの定義


 SLAPPとは、「strategic lawsuit against public participation」という言葉を構成する単語の頭文字をとってそのまま並べたものです。
 SLAPPは、まず、「strategic lawsuit」すなわち戦略的な訴訟なのです。実体法上の権利行使の手段としてではなく、それ以外の効果を狙って行うのがSLAPPなのです。極端な話、請求が全部棄却されても構わないのがSLAPPなのです。
 そして、SLAPPは、「public participation」に対抗してなされるものなのです。「public participation」とは、直訳すれば「公共参加」となります(「市民参加」「住民参加」などと訳されることが多いようですが。)。市民が何に参加するのかといえば、国や地方自治体等の政策形成過程等に参加するのです。国や地方自治体等の政策形成過程等への市民の参加に対抗するためになされる戦略的な訴訟──それこそがSLAPPなのです 。
 政策形成過程等への市民の参加は、通常、表現行為によってなされます。したがって、SLAPPは、国や地方自治体等に関する公的な問題についての市民の表現活動に対抗するものとしてなされることとなります。ただし、「国や地方自治体等に関する公的な問題」と言っても、国や地方自治体自体によって引き起こされた問題に限定されるわけではありません。問題の発生源は民間企業にあるとしても、それをどうするかが地域住民の正当な関心事となる問題は依然として「国や地方自治体等に関する公的な問題」にあたるということができます(例えば、地元の企業によって引き起こされた公害に関する問題や、原子力発電所などのリスクの高い民間の産業施設の設置や運営に関する問題などがこれにあたります。)。
 そして、そのような公的な問題に関する表現行為だからこそ、それを保護すべき憲法上の要請が高く、それ故に、それを押しつぶそうとする戦略的な訴訟について特別な制裁を科すことが容認され得る──これがSLAPP法理の根本原理です。
 では、そのような表現行為をする主体に対して訴訟を提起することがなぜ「戦略的」となり得るのでしょうか。SLAPPという概念が生まれた米国においては、この種の訴訟の被告側の弁護士は、時間給制で報酬を請求するのが通常であり、かつ、原告からのディスカバリ等に対応するために相当の時間弁護士に業務を執行してもらう必要が生ずるため、弁護士費用の捻出で疲弊してしまうためです。
 SLAPPにおける訴訟物は、名誉毀損ないし信用毀損に基づく損害賠償請求権に限られません。被告側が巨額の弁護士費用を支払って対処しなければならないようにすれば、被告側を疲弊させるという目的を達成するので、巨額の損害賠償金をちらつかせる必要などないのです。

米国における反スラップ法


 米国においては、SLAPP訴訟に対する対抗手段は、州法で定められています。したがって、その内容は、州によって異なります。多くの州法で用意されている対抗手段は、① 裁判所による初期段階での訴え却下、② 迅速な進行の義務づけ、③ ディスカバリの制限、④ 立証手段の制限、⑤ 被告側の弁護士費用等に関する賠償、⑥ SLAPP訴訟を提起した当事者に対する制裁金、⑦ 州司法長官の介入などです(米国州法上の救済手段については、吉野夏己「反SLAPP法と表現の自由」岡山大学法学会雑誌65巻3・4号739頁以下及び藤田尚則「アメリカ合衆国におけるSLAPPに関する一考察⑵」創価法学43巻1号41頁以下を参照。)。このように、反SLAPP法の中核は、市民運動の担い手が莫大な弁護士費用に押しつぶされ消耗しないように、被告側の事務処理量を削減していくという点にあるのです。

 日本におけるSLAPP概念の誤用

 どうも日本では、原告の社会的評価を低下させ得る発言をした被告に対し原告が名誉毀損に基づく損害賠償請求訴訟を提起したと言うだけで安易に「SLAPP」とラベリングすることが横行しているようです。しかし、自分の社会的評価を低下させる表現を、差止請求訴訟や損害賠償請求訴訟などを通じて抑制しようとすること自体は、実体法上の請求権に基づく訴訟制度の正当な行使ですので、「SLAPP」にあたりません。そのような裁判制度の利用を抑制する合理的な理由がないのです。

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