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特許図面における人物描写

1.はじめに

 特許図面を作るうえで、複雑な機械図面と並んで悩むのは人物の描写です。弁理士は特許明細書を作成する上で、図面における人物描写をどこまで省略するか、また、どこまで書き込むかについてはその都度、適切に判断しなければなりません。ここでは、様々なパターンの図面について例示したうえでそれぞれの図面の狙いなどを推定いたしました。調査対象の公報は、国際特許分類G06T13/40「アニメーション・・キャラクタ,例.人間,動物または仮想生物,についてのもの」です。

2.記号化した人物

記号化した人物は簡単に描くことができますが、その反面として想定されるシーンを的確に表現することが困難です。

特開2023-052473「アニメーション制作システム」

ユーザが装着するヘッドマウントディスプレイ(HMD)に表示される仮想空間です。概念的な発明なので発明者から提示される図面も抽象的だったのだと思われます。

特開2022-145677「データ処理装置、プログラム、及びデータ処理方法」

データ処理装置の概略のシステム構成図です。アバターが衣服を着装している画像を生成する発明なので、システム構成図にも人物を記号で表現したのだと思います。

特開2022-145677

特開2023-036650「動画を配信するためのシステム、方法、及びプログラム」

配信者用画面の図です。配信コンテンツ自体は特許の対象でないから記号的な表現でも許されるのだとおもいます。

特開2023-036650

3.三次元モデル・図面代用写真

三次元モデルや図面代用写真は、発明者から提供されたものをそのまま使ったものと思われます。三次元モデルや図面代用写真は、肖像権や著作権に注意して使わなければいけませんが、これらの点がクリアできれば省力化できるよい方法です。なお、PCT出願では、二値化による画質劣化が発生する場合があります。

特公表2023-501832「レンズ分割の実現方法、装置および関連製品」

2つの異なるレンズ視野角で三次元仮想モデルをレンダリングする発明です。CGレンダリング画面と写真の合成です。本願はPCT出願であり、日本・中国・韓国・台湾に国内移行されています。なお、下側は、PCTの国際公開時の図面です、パターンディザで二値化され、画質が劣化しています。
 なお、このようなレンダリング画面は、開発初期には発明者から提供を受けることができないことに留意すべきです。開発初期において、代理人は、後述するイラスト等で図面を作成することが必要です。

特公表2023-501832
WO.2021109376.A1

特開2023-030986「情報処理装置、情報処理システムおよびプログラム」

情報処理装置の表示画面における仮想エージェントを示した図です。

特開2023-030986

4.やや写実的なイラスト

やや写実的なイラストは、写真をトレスしたり、写真をイラスト加工したり、イラストポーズ集から模写することで作成可能です。二値化イラストならば、PCT出願でも画質劣化が発生しませんし、的確にシーンを表現することも可能です。

特許7104210「インタラクティブ仮想現実コンテンツの提供方法および装置」

アイドル映像と分岐映像をスムーズに連結することによってユーザの没入度を高めるインタラクティブ仮想現実コンテンツの発明で、以下の図はアイドル映像です。

特許7104210

特開2021-193599「仮想オブジェクトのフィギュア合成方法、装置、電子機器、記憶媒体」

仮想オブジェクトのフィギュア画像に、撮影した口付顔画像を合成するものです。

特開2021-193599

特開2021-182175「情報処理装置および情報処理方法、並びにプログラム」

生成されたモーションに応じた動作をユーザに実行させるナビゲーションを行う発明です。アバターによるモーション提示と、そのときのユーザ動作を撮影するカメラとがどのように機能するかが一目瞭然となる良い図面です。

特開2021-182175

特開2022-147658「3次元モデル生成装置、3次元モデル生成方法およびプログラム」

VR空間に参加させるための全身の3次元モデルを容易に生成するための発明です。被写体の上半身の撮影画像情報に基づいて上半身3次元のモデルを生成し、被写体の上半身に対する下半身の3次元モデルを選択します。3次元のモデル生成が目的であるためか、図面でも3次元のモデルがしっかりと書き込まれています。

特開2022-147658

特開2021-196708「翻訳装置およびプログラム」

手話モーションのアニメーション映像を示す図です。手話の動作がどのようにユーザから視認されるかが一目瞭然です。

特開2021-196708

5.その他

その他、ゲーム画面を模写したと思われる図面や、まったく独自に書き下ろしたと思われる図面があります。

特開2023-016813「プログラム、方法、およびコンピュータ」

ゲームのイベントに登場するキャラクタを示す図です。

特開2023-016813

特許7144931「プログラム及びゲームシステム」

ゲームプレイヤが移動体(アバター)を操作するときの画面です。これは、発明者からの提供図面でしょうか。移動体が走り、机の下にもぐり、更に膝を立ててしゃがんでいる様子がうまく表現されています。

特許7144931

特開2021-119484「ゲームシステム及びプログラム」

ゲームキャラクタとの意思疎通体験を利用した対戦ゲームの発明です。シンプルな人物表現ながらも、発明の目的が伝わるよい図面です。

特開2021-119484

特許6809830「プログラム及び電子機器」

アイドルキャラクタの仮想ライブステージに関する特許です。アイドルキャラクタの視線と観客アバターの視線が対向するときにファンサービスするという効果を有します。この図面におけるアイドルキャラクタの視線の表現は、シンプルながらも、視線の対向が判りやすいものとなっています。

特許6809830

特開2020-177488「プログラム、端末装置及びコンテンツ再生システム」

コンテンツ再生の開始を同期させる発明です。以下は、異なるキャラクタが同じ振りをしている画面が異なる端末に表示されていることを示しており、異なる端末におけるコンテンツ再生の同期を示しています。出願人がバンダイナムコエンターテインメントであり、おそらくアイドルマスターに関わる特許出願なのだと思いますし、この図はアイドルマスターのキャラクタに仄かに似せているように思います。

特開2020-177488

特開2021-43611「処理システム、情報処理装置、プログラム及び処理方法」

反映元モデルのモーションを反映先モデルのモーションに適用した場合に、反映先モデルの動きや表示に違和感が生じるのを抑制する発明です。仮想三次元キャラクタのモーションを6枚もの図面で表現しています。

特開2023-027113「プログラム、電子機器および制御方法」

なかなかの力作の図面です。仮想三次元空間にて、仮想カメラで動画を撮影するという発明です。眉毛の太いウサギのキャラクタは代理人のオリジナルなのでしょうか。

特開2023-027113

特許7003204「情報処理システム、情報処理方法およびコンピュータプログラム」

この図もなかなかの力作です。配信ユーザの動きに基づいて生成されるキャラクタオブジェクトのアニメーションを含む動画を配信する発明です。本件の代理人が担当している一連の出願を見ると、代理人が自ら書き起こした図面と推定します。

特許7003204

特許7098026「動画配信システム、動画配信方法および動画配信プログラム」

上記と同じ代理人による出願です。

特許7098026

特開2023-063358「情報処理システム、情報処理方法およびプログラム ~デジタルツイン環境を支援する技術~」

ユーザの健康状態に対応するように、ユーザに関連付けられたアバターの状態を決定する発明です。このアバターは、仮想空間のイベントにおいて活動します。具体的には以下の図4です。本願は、図4の説明も以下に引用します。
「第1ユーザは、アバターABであるからこそ性別、国籍、年齢等も関係なくなりたい姿になることができ、現実にはあまり着ることのないファッション等を仮想空間VS内において楽しむことも可能である。」
本件図面は、チザカラ部長さん@chizakara からの情報提供に基づくものです。力作図面の情報をご提供いただき、ありがとうございました。

特開2023-063358

特開2020-150493「イヤーパッド及びヘッドホン」

眼鏡を掛けた状態で装着しても、音の密閉性及び装着感が良好なイヤーパッドの発明です。眼鏡を掛けた状態を示すために、こんな力作図面を作成したのでしょう。この図面以前には、スキンヘッドのマネキンのような図面が使われていましたが、これだけ実際の人物に近づけて書き込むと、装着感をうまく表現できます。

特開2020-150493

特許7167788「イヤーマフ」

メガネなしバージョンの力作図面です。同様な図面を使っている出願が他に5件あります。
この図面は、(@cbhyg) さんに情報提供いただきました。

特許7167788
特開2022-146278
特開2021-052265
特開2021-078071
特開2021-118376
特開2022-096885

6.終わりに

特許図面にて人物や仮想キャラクタは、記号的な人物表現で充分足りる場合もあります。例えば、配信システムが主題となる場合です。しかし、特にゲームや仮想空間の特許において、人物や仮想キャラクタ、およびこれらが表示されている映像の作成装置が発明の主題となる場合があります。このような場合、人物や仮想キャラクタを的確に図示することで、発明内容をより仔細に伝えることが可能となります。
 また、ヘッドフォンやイヤフォンなどのように人間がどう装着するかを訴求したい場合もあります。この場合、ヘッドフォンを装着している人物を細かく書きこむことで、図面を見る者に装着感を伝えることが可能です。
 この記事が、特許図面における人物描写の参考になれば幸いです。また、「力作図面」についての情報提供もお待ちしております。

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