見出し画像

「白鷗を治したら帰られるのか?由良殿」
才蔵の目が由良を捉える。

「白鷗様に治って頂く間、考えていただこうと」
 由良は楽しそうに言う。

「何を」
「この都で死臭がすることがあってはなりません。いえ、国中でひもじい想いをする民がいてはなりませぬ、あの世にだけ幸を求めるのでなく、浮世に幸が満ちるように」

「それが、由良の想いなのだな」
晴明は由良を見つめた。

「はい」
由良が童のように言い放ち、晴明が笑った。 

晴明は奇太郎に、才蔵は国元へ使者を出した。

小次郎の口利きで、4人は都病を治す為の薬膳の料理担当として翌々日から宮殿へ行く事に成った。 

御所に上がると、そこはそれで異様な世界だった。

金糸銀糸の錦の非常に美しい着物を着ている男女はお世辞にも美しいとは言えず、面のように大きな顔を真っ白に塗りたくるから余計に大きく見え、  のたくっている女中や、女の様に高い声で話し、何を考えているか分からないでっぷりとした陰険な視線の貴族達。

彼らのほとんどが由良達のように入浴の習慣がなく、よくて湯浴みで、それも月に二度三度なので、高温多湿の都では身体が異臭を放ち、男だけでなく女も禿げあがる。暑さの去った秋口でさえ、着物の中に異臭が籠って、誤魔化すため炊き込めた香があちらこちらで混ざり合い、吐き気がしそうだった。 

七面倒な儀式が有るかと思い、小次郎にみっちりと習った所作ことを前日にさらっておいたのだが、拍子抜けした。

いきなり、宮殿の中央に有る白鷗の館の庭へ通された。白洲の上に筵が敷かれ、相馬小次郎が前、その後ろに四人が並ぶ。 

「これなるは,ともに其れがしの地頭、伊賀の国のはたおりべ、服部才蔵と、その妻。隣におわしますは、坂東の馬屋、風間晴明とその妻にございます」

小次郎が申し述べている間、四人は平伏していた。

「面(おもて)をあげよ」
右大臣中臣実唯(なかとみのさねただ)が言った。顔を上げると左右に大臣、重役が並び、奥が一段高く御簾が架けられている。

「そちたちが、都病を治せると言うか?」
関白、橘道長(たちばなの みちなが)が言った。その眼は由良の毛色の違う髪に注がれている。

「直答を許す」
 長家の傍に控える役人が言った。

「治せると申した覚えはございませぬ」
 由良は女の童のような無邪気さで答えた。

「さもありなん、陰陽師と医者によれば、都病は他の病にあらず、邪気によるものだと」
長家の声は重々しかった。 

「基は邪気にありませぬ、故に護摩炊きは利きませぬ」
 由良の声はどこまでも無邪気だ。

場がきぃんっと張り詰めた

「ならば、なんと致す」
 長家の声に静かな怒気が宿った。

「薬膳をお造り致します」
由良は澄んだ声で答えた。

「薬膳? 稗、粟ではあるまいな」
「いえ、稗、粟もお出しします、その他、豆、餡、ミカン、都病に良いものは全て」

「主上に稗、粟を・・・」

関白、橘道長の重々しい声が震えている、白州の端に控える役人たちが声が掛かればすぐ動けるように長刀を握る指に力を込める。

晴明も才蔵もその声に威圧を感じて何時でも応じられるよう身構えているが、由良はにこにこと聞いている。

「御殿の薬師、お医者様も仰っていらっしゃるでしょうが、都病の元は滋養の偏りにございます」

「無礼な、主上は大倭で一番の食べ物を召されている」
「一番の物を召されているのは存じております、なれど、好き嫌いが激しいと承っておりまする、ゆえに滋養が偏り、気が病みます」

「主上を揶揄いたすか」
「いえ、お伺い致しております、好き嫌いがおありか否か」
由良は全く動ぜず、楽しげに問う。

「己は妖しであろう、その色の薄い髪が何よりの証拠じゃ」
関白は勺で由良の頭を指した。

「晴明の妻よ、茶色き髪の女よ」
不意に白鷗が声を出した、男にしては甲高い鶴の様な声だ。

「朕が好き嫌いを言わず、汝の作るものを食しても、都病が治らねばなんとする」
「なんとも致しませぬ」

「ここな女、御上、妖しの言に乗せられてはなりませぬ」
関白が大声を上げた。

「何ゆえ、なんともせぬと申すか」
白鷗が御簾の向こうで扇をさし、関白の口をつぐませた。

「晴明の妻、続けよ」
 白鷗の声に戯れるような響きが含まれている。

「まずは、主上のお腹を開けてみる事は出来ませぬゆえ、滋養の偏りがどれほどか、俄かには分かりませぬ」
「朕の腹を開けてみると申すか」

居並ぶ貴族たちは顔を見合わせている、白鷗は笑っていた。

「開けてみる事ができませぬと申し上げております」
「わかった」
白鷗は扇を広げ、口元を隠して笑っている。

「薬膳を召し上がって、どのくらいで偏り無きお体に成るかは御上次第にござりまする」
「朕次第とな」

「はい、それに病は、御上自身が選んでなられた事」
「だまれ、女」
 関白が叫んだ。

「道長、だまれ」
白鷗が関白を止めた。

「晴明の妻よ」
「由良と申しまする」

「由良よ、病は朕自身が選んでなったと申すか」
「はい」

由良は屈託なく笑っている。

「ゆえんを述べよ」
「されば、わが背の受け売りなれど、気を病むから病になるのでございます」

「たしかに病気と申すが」
「森羅万象、一つの気でございます」

「うつけを申すな」
 関白はなんとか由良を黙らせようとする。

「道長」
白鷗が煩そうに扇の先で、関白を制す。

「唯一絶対の気は、一人ではさみしいので、全てであるふりをしております、なんとなれば、森羅万象あの世もこの世も一つの気で繋がっております、ただ、一つでは無く、別々のふりをしている全てであるだけ」

白鷗はにこにこしながら聞いている。

「そして、今は過ぎ去りし日に己の選んだものの積み重ね」
「なるほどのぉ、朕は好き嫌いが過ぎて、好きなものばかりしか選んで食さなかったゆえ、今の様にだるく重い身体を得たと」

「そも、御上がそのようになられるような、気と事柄を選んでしまったせいかと」
「ほっほっほ、康成と反対の事を申す」
白鷗が笑った。

「環境と申すそうでございます」
「して、由良の作りし物を食せば、都病は治るのか」

「ですから、分かりませぬと」
「由良には分からぬか」

「はい、御上にはお分かりの筈ですが」
「朕がわかると」

「お決めになるのは、御上にござります、病のままで居たいか、偏りを無くし、健やかな身体と心に戻りたいか 祈祷師も薬師も病を治すものではなく、助けにしかならぬもの」

「おのれ、女、治らなかった時の言い訳を、先にしているのであろう」
 道長の声は唸るようだった。

「関白様、御上は、そうはお思いになられていないと、由良には見えまする」
 由良に言われて道長は鼻白んだ。

「決めた、朕は健やかになる事に決めたぞ、由良の言う通り、病は自分が治すもの、薬師も医者は手助けにすぎぬと知れた、ましてや医者でもない由良達に治してもらうとは、なんと甘えた物言いぞ、朕は恥ずかしい」

白鷗が御簾を開けて降りて来た。身体は横に広く、顎は3重になっている、色は白く、扇を持った手の甲は赤子のように凹んでいる、赤子のようにぽてぽてと歩き濡れ縁に出て扇で由良を指した。

「由良、朕が健やかになる手伝いをせよ」
「承知いたしました、その代わり」

「その代わり? どんな褒美を所望じゃ」
「いえ、ご褒美では無く、お手伝いするからには、必ず、必ず由良の言う事を、一から終いまで、お聞きとどけ下されませ、きっと約束いただけるのでしたら、お手伝い申し上げまする」

「わかった、朕は由良が良いと言うまで、由良の言う事を聞くと約束しよう、皆の者が証し人じゃ」
晴明は笑った、由良の力はこれなのだ、身体が小さく、女の童(めのわらわ)のようだが、誰よりも強い力を持っている。

それは魅力と呼ばれるもので、心の奥の想いを優しく無心に言の葉を紡ぐ由良から誰もが目が離せなくなる。

そしてその儚さに惹かれ守りたいと望む、何時の間にか由良の暖かい気に自分の気が同調し、やがて調和し楽しくなっている。

この記事が参加している募集

お邪魔でなければ、サポートをお願いします。 本日はおいでいただき、誠にありがとうございます。