Luna 2002 17頁 会戦
「私、グンターのところへ行くわ、ここにいてといろいろ誤解が起きてもいけないから」
「了解、義姉上頼みます、クニカーが攻めてくるかもしれないし」
「任せて、うちの兵もなかなかの練度なのよ」
「楽しみにしています」
「ただ、ウォータードアへ行くなら着いていくわよ」
イシュタルはイノシシの甲冑を着けたまま去った。
ロッソは甲冑を着け、シグムントに指示をするとグラーネに乗って単騎キャンプの外へ出た。
そこにはマサカドが待っている、供は5人。 マサカドが轡を並べてきた。
マサカドをはじめとしてタイラーは、みな良い馬に乗っているなとロッソは思う、ここいらは広い平原で遊ばせ湿地を柵に利用して良馬を名産にしている。
「館に帰ったら戦支度しろよ」
ロッソが言う
「おまえ、まさか」
「おまえの所の姫と茶でもしたら、直ぐにウォータードアへ行く」
「俺はトーネ、クニカー・サダの抑えだな」
「わかってるじゃないか、クニカーに備えないとな渡河させるなよ」
「承知。ウォータードアまで攻めるのか?」
「あぁ、すぐにいくよ、2日以内にに落として帰ってくる」
「おまえ、そんな」
「出来るよ、偉そうにしたってセイワーは大陸の半島から来た奴らの子孫、嫌われ者じゃないか、そして、俺たちには神の旗がある、兵の士気は高い、便利だな、神様って」
「おまえのほうが余程異端だと思うのだが」
「ほっとけ(笑)問題は、おまえのところの伯父貴クニカーだな、セイワーとつるんでいるから助命嘆願に皇帝へ手を廻すぜ、その前にセイワーを潰しちゃわないと」
物騒な話の割りに、のんびりと平原と湿地を越えていく。 やがて丘陵の上に広々としているが白い質素な館が見えてきた。
風除けに針葉樹が植えて有る。
「税金は正しく使っているのだな」
「当たり前だ、おまえのように贅沢はしておらん」
「俺一人で贅沢していないぞ、うちの国民はみんな贅沢なんだ、金は働いた分、やまわけだ、俺もこき使われているぞ、殿なんていいながら、人を芋掘りや麦運びに使いやがるし」
「おまえのところは変わっているよな」
「そうだろうな、俺が何か言う前に、みんな自分で考えて動き出す、誰かが傷つくのでなければ、干渉が無いし何をしても自由だ、猫の国を目指している」
「うらやましい」
「だろう、ルナのおかげだ」
「また、のろけか」
「嫁を褒められない男は最低だ褒める才能が無いのか褒められない嫁を貰ったのか、という事は男も漢じゃないって事さ」
「俺がさきに嫁を貰ったのにお前には当てられっぱなしだ」
「おう、戦が終わったらあてつけてやるから奥方と姫を連れて遊びに来い、交易で美味いものがたんと有るぜ」
館に着いた、馬を繋いでいると小さな黒髪の女の子が飛び出してくる、マサカドに飛びつく、抱き上げられ、今度はロッソに手を伸ばす。
「姫、お久しぶり」
ロッソが抱き取る、本当に優しい顔になった。
「おじちゃま、おひさしぶり」
小さな手でロッソの頬に触れる
「おひげが伸びていますよ」
「陣中では剃らないからな」
奥方が出てきた、恐縮してロッソから姫を抱き取ろうとする
「嫌です、おじちゃまが良い」
マサカドがなにやら言うと奥方がいちど引っ込み侍女が剃刀と桶を持ってきた。
「おう、忝い」
ロッソが髭をそっているうちに、証拠の品が運ばれる。 桔梗と二両引きの紋。 顔を拭って、それを見る、
「都の細工師の作品だな他ではまねが出来ない」
ロッソは馬上に戻った。
「またね、姫」
手を振ると引き返す。
「おまえ、護衛をつける」
「いらない、単騎で平気さ」
あっと言う間に小さくなる。陣に戻ると、イノシシ軍団は整列を終えてい
る。
300の踊るイノシシ。旗手を先頭にシグムント、そして、ロッソ。イシュタルも澄まして加わっていた。
「義姉上」
「グンターは承知しているわ、今更ロッソに寝取られても同じだって」
「寝取ってないですけど」
諸将が武装して見送りに並んでいた。
「スファラディの移動は終わりました、生活用品も搬入終了。 カーリヤの出入り門は閉め守備兵を置いてあります」
カヌートが報告した
「クニカーが都へ送った早馬は捕縛した」
ハーゲンが言う。
「シヴァとクロノスには使いを出した」
グンターが言った。
「義兄上、クロノスへお戻りください、シヴァとクロノスをお頼み申します」
「イシュタルを頼む」
「私が面倒を看られるかもしれません」
ロッソは笑った。
「テンプル、鉄十字ゲルマニア、ラテン」
3人の隊長がこっちを見た。
「この陣をキープ、出陣準備をしておいてくれ、トーネのこちら側に交代で斥候を、マサカドと連携してくれ」
「承知」
グラーネからスルスミに乗り換え出立した。ウォータードア街道を北へ全軍が陣からでるまで並足、全軍が出たことを知らせる角笛が吹かれるとロッソは馬に鞭をくれた。
地響きを立てて300騎が走る、交代で先駆けが障害になりそうなものを、どかしている。
小一時間走っては水と飼い葉を使わせ、2回休んで街道を迂回、再び街道に戻ると、セイワ―の先頭に向かい合った、白地に桔梗の旗。
ロッソが自ら角笛を吹き鳴らす、とぼとぼと街道を進んでいた、100騎は飛び上がるように驚きイノシシ軍団が敢えて開けた真ん中を駆けに駆けて逃げていく。
イノシシ軍団は余裕で後ろから着いていった。もう逃げ切れないとあきらめたかセイワーの隊は広い空き地になだれ込み横一列に並ぶ、秋、半分枯れかけた草がざわざわと騒ぐ。
ロッソは幅をセイワーに合わせ100騎ずつ3列に並べて向かい合った。
「セイワー王、神皇教並びに皇帝誣告罪で捕縛いたす、抗いめされるな」
大声で呼ばわる
「おのれ若造、カンム―より格下な分際で」
セイワ―の細い身体のどこから出るかと疑う大音声
「抗えば、我が軍で押し包み討ち取るまで」
腹の底から出るロッソのバリトン。
「汝には騎士の情けと言うものが無いのか」
「貴殿がそれを言われるか?都合が悪いと情けかぃ、なんと恥知らずな」
「なんだと?」
「うちの国に居る農民のほうが恥も情けも知ってら」
「愚弄するか」
「自分がやったことは棚上げで、しっぺ返し喰うと被害者面」
セイワーは馬の上で小刻みに震えている
「情けない思いをさせられた人たちの気持ちが、ちったぁわかったかい」
「ロッソ王、一騎打ちを所望いたす」
セイワーの後ろに居た堂々とした体躯の若武者が名乗りを上げた、ハチマンタロウ。
「我、セイワーの嫡男 ヨシイエ・マーズ・セイワー」
「あいわかった、受けて立とう」
ロッソがスルスミから降りた、マーズも馬から降り長剣を抜いた。
「もし、我が勝てば、この場は見逃して頂きたい」
「承った」
ロッソはシグムントに振り返る、シグムントが頷く、正面の100騎が長槍を水平に構えた 、するすると100騎、セイワーの後ろに回りこむ 、率いているのはイシュタル。
黒鞘から幅広直剣バルムンクを引き抜く、刀身が陽の光を反射して白くきらり、風が草むらの草をざわざわとロッソの赤毛が靡く。
互いに走りよる、間合い、向かい合って横に走る。 ロッソが跳躍した。 マーズは3歩右にずれる 、ロッソの跳躍斬りへの対応。
シグムントは目を覆った、アルバレスに打ち込まれる絵面が見える、あの時は木剣だったが・・・
剣を打ち合わせる音、鍛えられた金属同士の音叉のような余韻、マーズの剣が中程から折れて飛んだ
ロッソは左手一本で直剣バルムンクを持っている、宙で身体をひねりマーズの右で腰を下げ蹲踞している、宙で、とっさに持ち替えて左手で振った剣が、金属の甲冑、帷子ごと身体を斬っていた。
マーズの左鎖骨から右腰まで甲冑ごとずるっとずれる、爆発したように血が噴出し身体の内容物がうねうねと飛ぶ、ロッソは跳ねて逃げた。
「ヨシイエ、ヨシイエぇええええ」
ガードナーが狂ったように叫ぶ、後は泣き声になる。
「わが子を盾にするとこういう目に合うんだ、おっさんでも悲しいか」
「おのれ、悪魔め」
「またかよ、慣れてらぃ」
ロッソが角笛を吹いた、スルスミが走ってくる、飛び乗った。
300騎が100騎に襲い掛かる。 あたりの強さがまるで違う、剣戟、身体同士をぶつける音、いななき、悲鳴、うめき声。 強い風が吹く、斬られた身体からしぶく血に風が赤く染まる、クリムゾンウィンド
相対する馬、ガードナーの白馬、鹿毛のスルスミ。 ガードナーが長槍を構えて突き出している、ロッソの胸にそれが吸い込まれる刹那スルスミがステップを踏んだ、ロッソの腰が廻る。 右手で長剣バルムンクを薙ぐとガードナーの首が飛んだ。
それを見たセイワーの軍がバラバラと逃げ出した。
「捨て置け、セイワーの館へ行き、下賜されている王権を奪いに行くぞ」
300騎が1騎も欠けず、ふたたび街道へ戻る、それから2時間ほどでウォータードアのセイワー館に到着、イノシシ軍団は何も抵抗を受けずにセイワ―王宮に乗り込んだ。
イシュタルがガードナーの妻を説き伏せ、王権下賜状を出させた。 おかげで無血で取り上げることが出来た。
夕食の時刻、陣に戻った。 ロッソは下賜状をテントに持ち帰り小者を呼んで、シヴァの城に届けるように言った。
言いつけどおりクロノスの陣は払っていた。イシュタルと夕食を摂っているとピノがやって来た。
「セイワーの首をとったって?」
「倅も斬った、王権下賜状ももってきた」
「下手すると断絶だな、北スロンは分捕るのか?」
「まだ、考えてない、マサカドに任せても良いし」
「そうか」
「それより、今度はカンムーだな」
カンム―は皇帝降家を言っているが、実は古来よりの警察組織で個々の武力はセイワ―を凌ぐ。 平民出身を上手におだてて使うために降家と言う事にし、嫌味でタイラー平と皇帝家が名付けている。
「クニカーか」
「動いているんだろう」
「マサカドから知らせは来ている、川向こうで戦支度をしているそうだ」「やっぱりな」
「マサカドは夕食後を見計らって来るとおっしゃっているらしい」
「身内同士だから骨肉の戦いになるな」
「そうだな」
ロッソは救護テントへ行った天幕の周りに杭を打ち横板も巡らして中から逃げられないようになっている。
ベッドが4つ床面が布の通常の野営用のものと床面を板にして脚も倍着けた重量級用のもの、そこに、脂肪の塊が乗っていた。
ロッソを見ると、ヘロダイの取り巻きが口々に何かを言う。 ロッソはにこにこしながら、手でそれを制した。
ヘロダイは大きな顔が腫れて更に大きくなっている、前歯は上下2本ずつしか残っておらず口を開けると歯茎には折れて残った歯が血で赤い縁取りの中に黄色く見える。
「提督閣下、ご気分は如何です?」
腫れ上がった肉の塊の中に窪んだ目がきょどきょどしている。
テ ントの外で大勢の足音がする。かたかたとロングボォが当たる音。
「このたびは、本当にかっとなって申し訳ありませんでした、痛かったですよね」
ロッソの声は優しい、ヘロダイは子供のようにうんうんと頷いた。
「閣下のご威光でほとんど片付きましたので馬車で都のご自宅までお送りします」
ヘロダイと取り巻きの顔がぱぁっと明るくなる
「ただ、そのまえに一つだけ」
ロッソが右のひとさし指をたてる。
「せっかく総大将に成っていただいたのですから仕事をしていただきたいのですが」
穏やかな調子で話が続く
「実は、カンムー公爵が閲兵を希望しています、えぇ、マサカドではなく、クニカーです、タウンゼント公爵ですよ、明日、トーネ川を挟んで閲兵をしようかと、如何です?」
一拍置いて一同を見回す。
「閲兵式をなされば、総大将としての形も整います」
ヘロダイは破顔して頷いた。
「ただ、閣下のお顔が色とりどりに成っていますから、閣下はスロン岸から杖をつかって指揮をする、先方はタウンゼント岸にという段取りになっています」
衛生兵が運んできた茶を、皆に勧める。ヘロダイの顔はロッソに蹴られて、赤、紫、黒の痣がそこかしこに出来ている。
「それが終わったら、皆様をお送りする段取りになっています、また、こたびの私の失礼は、これも失礼ながら、金でさせていただきます、どうぞご了承ください」
金山を持つ領主の言葉に4人は胸算用を始めた、ロッソが言うからには恥かしくない重量の金が届くだろう。
「では、私はこれで」
ロッソが頭を下げる
「衛生兵、みなさまがお痛みになるようなら速やかにお痛みを止めて差し上げて」
衛生兵が笑いながら礼をする。
「一発で止めるんだよ、居なくても何とかなるからさ」
ロッソがぼそっと言ったのは兵にしか聞こえなかった。
ロッソが外へ出ると、1,800mmの長い弓を抱えた射手が100名来ていた。 皆、黒の胴に紅いイノシシが描かれている。 ほぼ、半分は左腕が長い、弓の稽古のし過ぎで体型まで変化しているのだ。
「殿様、来たよ」
「あいよ、お疲れ」
「ヘイバイトスからおもちゃも届いていたから10基ばかり持ってきたよ」「あぁ、良いね、明日試すか、イノシシテントに酒も食い物も支度してあるから寛いでくれ」
「ありがてぇ、そうこなくっちゃ」
ロッソがテントに帰るとマサカドが来ていた。
「クニカーが川向こうの土手下に布陣を始めている、明日夜明けとともに、土手を降りて渡河してくるだろう」
「数は?」
「カンムー郎党と、ウィステリアフィールド伯爵も加勢して、7000、うち騎馬が1000だ」
「うちはクロノスを帰しちゃったから、2000ちょぼちょぼ、 カウクーの警備でグレートデーンの半分が出張っているから・・・うーん」
「うちは500」
「敵は3倍強か 、俺たちってそんなに恨まれている?」
言葉と裏腹に、にやりとする。
「ロッソ、うれしそうね」
イシュタルが言う。
「義姉上は何でもお見通しで」
「子供の頃、石打合戦をやったとき、そんな顔をしていたぞ」
とマサカド
「あの時は、おまえの隊にしてやられたんだよな」
「勝ったな、そういえば」
マサカドが笑う
「見事に負けた、あの手をそのまま明日やるから」
「え?」
「うん、それで、ヘロダイが総大将、金ぴかの軍服でタクトを振るさ」
察したイシュタルが意味深に笑う。
「さて、手順を説明するから幕僚テントへ行こうぜ」
翌日、夜明け前、月がぼんやりと出ていた、ロッソ達は兵装を整えて敵が集結している対岸の土手外のスロン側に集結した。
トーネは大河で通常は幅が100m内外、スロン、タウゼント国境では徒歩で渡れる浅瀬は数えるほどしかない。 川の北東がスロン、南西がタウゼントになる。
元々が暴れ川なので両岸に堤を築き堤防が連なっている。 高さが10mほどのものでスロン側はそこから一度なだらかに下がりまた上がって下がる。
タウゼント側は堤防からまっすぐに下がる道だ。 街道の脇はどっちも背の高い木に覆われている、橋は一本だけあるが馬が2頭並んで歩けば一杯の幅 とても戦闘には使えない。
ロッソは夜明け前に配備を全部終えた、空が白々と明るくなる頃、黒い甲冑をつけた300のイノシシ武者が土手にあがる。 全員、馬を降り、徒(かち)だ。
ただ、4頭の馬が引かれている、 4名は金ぴかの甲冑に身を包みヘロディース家の旗をたて土手からの急な坂をイノシシ武者に轡を取らせてゆっくりと降りる。
ヘロダイの轡を取っているのは兜を外した赤毛の騎士。 イノシシ武者たちは横一列に整列した。
対岸にミッドナイトブルーの甲冑に赤い揚羽蝶の紋をつけた軍団が整列する、旗は赤、金のアゲハその向かって右側に薄紫の甲冑をつけた軍団
家紋は藤、旗は藤色 対岸の川原を埋め尽くすほどの数。 馬がいななき甲冑や打ち物が当たる音ががちゃがちゃと聞こえる。
川を右から左に風が吹く赤毛がぱらぱらと嬲られる、旗もばたばたと煽られるロッソの旗手の手元で紅いイノシシが踊っている。
暫くにらみ合う。 対岸から白旗を掲げた騎士が2騎 渡河して来た。
「我はクニカー・カンムー公爵が嫡男 サダ・カンムー」
川からあがったところで大音声。
ロッソが答えて言う
「本日は、かくもにぎにぎしく皇帝陛下の名の下、かたがたにもお集まり頂き、ご苦労にござる、では始められよ」
ロッソはヘロダイに演習だと、今日の段取りを教えてある。 実戦さながらにやるので、布陣、誰が使者で来るか概ねの口上も伝えた。
まず、使者のところまで、ロッソとマサカドが読んだ通りになった。サダ・カンムーの母はガードナー・セイワーの妹だ。 サダは一瞬訝しげな顔をした。
「こたびの、クロイツェラーによるセイワーへの仕打ち、同じ騎士として看過できるものではござらぬ 故に、ウィステリアフィールド伯爵の加勢を仰ぎ正義を通す所存」
「これは異なことを、我ら皇帝陛下より拝命いたせし軍勢、ヘロダイ提督を大将に頂く神の軍にござる刃向かうからには、宣旨をお持ちでござろうな」
「セイワーがどうしたって?」
ヘロダイが小声で聞く
「設定ですよ、俺たちがいいもんですからね、ヘロダイさま」
ロッソは小声で子供のように言う、ヘロダイはうれしそうに笑った。
サダ・カンムーは言葉に詰まっている。
「さて、ご返答や如何に?」
ロッソがバリトンを張り上げる。クニカーから都へ宣旨を請求した使者はグンターが抑えてしまった。 有るわけがない。
「我らが目的は、我が母の実家セイワー家の王権下賜状にあり、それさえ戻れば、軍をひきまする、否と申されるのであれば捕縛の上取り返す所存」
声のトーンが落ちている。
「これか?」
ロッソが似せた羊皮紙を掲げる、本物はシヴァに送ってしまった。 サダの身体がピクリと動いた。
「合戦にて頂戴したもの、合戦にて、取り返されよ」
風にひらひらとゆられている。
サダは無念そうな顔をすると馬首を返した。 早足で対岸に戻る戻りきって上陸したのを見極めロッソは小声でヘロダイに声を掛けた
「提督、下知を」
顔を前に向けて
「開戦!!!かかれ」
両岸に響き渡る大声、ヘロダイが杖をさっと振る
そのとき、スロンの堤防上に伏せていた、長弓(ロングボォ)の射手100名が一斉に立ち上がった。
日の出時に北東から南西に向けてだからカンムーたちから見ると射手が太陽を背負って放たれ鏑矢が唸る音が恐ろしい、カンム―兵は打ち返そうにもまぶしく自在には狙えない。
太陽の中から唸りを上げて矢が飛んで来るイノシシの胴は、誰も彼も名人だから1分に15本は撃てる、 1分あたり1mある1500本の矢が ざぁっと音を立てて川幅などものともせずカンムーとウィステリアフィールドを襲う。
長くて重たい矢が蒼い空をバックに落下した、貫通力の強い鏃に甲冑を刺し貫かれて兵がばたばたと倒れる。
避けた盾を貫いて手首に刺さるものも大勢、悲鳴をあげて盾を逸らすと、そこに矢が飛んでくる。
「シヴァ王、これは演習ではないのか?」
ヘロダイがうろたえている。
「提督、逃げてくださいね、ちょっとみんな本気になっちゃったみたいで、みんな、逃げるよ」
ロッソが声をかけると、イノシシ武者たちは、あいよ殿様と返事をして走って土手へ逃げて行く。
逃げようと馬首をかえすが巨体を乗せたヘロダイの馬はそうそうに倒れ他の3人の取り巻きも巻き込まれて落馬した。
4頭は立ち上がり、空のまま土手を上がってくる。
「お馬さん、かわいそうだもんね、巻き添えじゃ」
味方の斉射が止むと、対岸の連合軍も体勢を立て直した、1000人以上が犠牲になり、戦闘力を奪われたようだ。
対岸から、サダの軍勢が放った矢がざぁっと振ってくる
敵の射程は短い、100cmくらいの普通弓から50cmの矢を 低い川原から撃つからこちらの川原に落ちるばかりで土手まで届かない。
ぎゃっ痛い、あなや、痛や・・・助けて
当たったのは河原に残された例の4人だけ
気の利いた騎士なら、盾や剣で矢は防げる。 鍛錬をしていないものは哀れだ、ヘロダイと取り巻きは体中に矢を突きたて、はりねずみのようになって、のた打ち回っている、矢の速度は200㎞前後だけれど、重いので被害は甚大だ。
対岸から矢を喰わなかった、残りの騎馬が渡河してきた、水を蹴立て、互いに水を被り馬体から湯気が上がっている。
ロッソが合図すると徒のイノシシ軍団は全員土手をあがり反対側に降りた。ロングボォ部隊は土手を降りて街道を走っている。
土手の下には荷駄馬車が10台並び、荷台には、ヘイバイトスの作った矢をまとめて飛ばす機械(ショットボォ)が備えられていた。
各馬車2台ずつ。ロッソは土手から川原とスロン側を見ている、その横を4頭の馬が逃げていく。
イノシシ軍団も避難を完了した。ぎゃあと言う声がするほうを見るとヘロダイたち4人が馬上から槍で止めを刺されていた。
敵の渡河はぞくぞくと続き、騎馬はほとんど渡り終わり土手を駆け上がろうとしている。 徒が川を歩いてわたり、戦斧と槍をきらきら光らせている。
ロッソが手をふると金属音がして明灰色の塊が次々宙に飛ぶ、放物線の頂点を極めると20本の40cmほどの矢に別れて、ざぁっと落ちていく。
びゅんびゅんとバネの音がするたびに矢の雨が敵に降り注ぐ。
短い矢は剣でも払いにくいし鉄製にしてあるから重量があり、明灰色は空に溶け込んで見えにくい、速度も速く、盾を貫いてしまう。
一番先頭の馬車でイシュタルが指揮をとっていた。 ロッソの合図で遅滞無く、がらがらと荷駄馬車が逃げていく、土手の上で角笛を吹くとスルスミがやってくる、駆け下りたロッソは背に飛び乗った。
退却ラッパが鳴っている、ウィステリアフィールドの軍は引き上げていく
「さすがだね、ヒデ・ウィステリアフィールド伯爵」
ロッソが笑う
だが、サダ・カンムーはなんとか矢を逃れ手勢100騎で土手を駆け下りロッソを追った。
うっそうとした街道左右を林に囲まれ、木漏れ日が漏れている、梢の上を風が走り、ひょうと啼いている
駿馬スルスミに乗ったロッソには追いつけないが、せめて一太刀、サダは若さゆえ、それしか見えなくなっていた
100騎が下り坂でほぼ伸びきり先頭のサダが登りにさしかかったとき、ばらばらと落ちてきた拳大の石、いつ止むとも知れぬ石の雨
木上から石を落とす男たち、マサカドの配下。 子供の頃、ロッソのグループと石打ち合戦をした仲間だ。
サダの軍は、ほとんどが落馬を余儀なくされた。 身体を打ち、呻いているもの、500kg前後の馬体に挟まれて身動きできないもの。
そこへ、グレートデーンが戦斧を振って長槍を突き出し襲い掛かる。
盾を砕かれ頭を割られ腕が飛ぶ。 腹から入った槍が背へ抜ける。
阿鼻叫喚
数人の家来が捨て身で防ぎ、サダはほうほうのていで渡河し退避。
父とウィステリアフィールドの軍に合流してやれやれと思った対岸の川原、背後の土手にアゲハの家紋の騎馬、横一列にこちらを見おろしている。
全員が冑と左の二の腕に赤い布を巻いている、大将が面をあげる、マサカドだ。
500の騎馬が逆落としに攻めてきた、クニカー軍は総崩れで川まで退いて防ごうとする、対岸から黒い甲冑、踊るイノシシが襲い掛かる。 数を少なしと見て反転して組するが寡勢なのに押し込まれる。
一騎当千のイノシシ武者どもはダンスを踊るように右に左に足を運び、リズム良く斬りこんでくる。
そこへ左右から鉄十字とテンプルが突っ込んできた、鉄十字の先頭はイノシシ軍団の甲冑をつけた女騎士、目を見張るような美しさで鬼神のように剣を振る。
当たるを幸いクニカー軍は斬りたてられ、たちまち築く屍の山
川原の石が赤く染まる、流れ出した血で川が赤くなる、低い気温に、紅い煮凝りがそこかしこに出来る。
マサカドが打ち合わせどおり、道を開けると、そこからクニカー軍の残兵が逃げていく。
7000のうちほぼ4000を討ち取り一部を捕虜にした。
ロッソ側はそこかしこでハイタッチ、ロッソとイシュタル、ピノとマサカド兵たちも思い思いに勝利を喜び雄叫びを上げた。
カンムー軍と別れ領地へ帰ろうと、ウィステリアフィールドが南下を試みると街道では間諜の知らせでは、クロノスへ帰った筈のグンターの軍が布陣していた。
かくして都との連絡も取ることが出来ない。
死骸の山の中にクニカー・カンムー公爵が居た。 また、サダ・カンムーは負傷してマサカド軍の捕虜になった。
ロッソの陣ヘロダイとその取り巻きは、約束通り馬車で自宅へ送り返されたロッソのポケットマネーで戦死見舞金をつけて。
イシュタルがサダと身代金の金額を交渉していたロッソに任せるといい加減になるしマサカドは身代金など要らないというだろう。
シグムントが補佐をしている。
捕虜は客として扱われ身代金を交渉し、支払いが済んだら解き放つ
「全部で、金20㎏は越すわよ」
イシュタルが楽しそうに言う。
「貴族の捕虜、30人で?」
「もうちょっと生かしておけば儲かったのに」
「でも、負傷兵や戦死者に見舞いを出してジューダたちから採り過ぎた税金をもどしてやっても余りあるし、あとはマサカドが計らってくれるでしょう」
「お酒も召し上がらないのね、疲れたの?」
「えぇ、血の匂いはくたびれます」
「弱いのね」
「弱くて良いです、ネエサマのお国みたいに首でピラミッドなんて造りたくない」
「ご存知だったの?」
「そりの深い、斬り易い刀、それを使う民族が東に有ると聞いております。馬上での捌きが突きではなく、斬ることに重きを置いていますよね」
「そう、わたしのお国流よ貴方の馬上での剣の使い方も、それよね」
「直剣では難しいのですが、本で読んで、見よう見まねで」
「今日も見事だったわ」
ロッソは額に脂を浮かべて目を瞑った。
「スファラディをゲットーに戻したら俺は国へ帰ります」
「女房のおっぱいが恋しいの?」
「もちろん」
「だめだ、からかいがいもないわ」
Hugしようとした、ロッソがするっと避ける。
「Hugもダメ?」
「弱っているので姉上を押し倒すかも知れない」
「構わないのに」
「筋は通したい、筋を通すから此度戦になった。 血袋が破れ肉片が飛び、骨が撒き散らされ、脚が腕が転がっている。 シヴァとクロノスが、こうならないように手を打ったのに、気分が重い」
「大切なルナちゃんを護るためには仕方ないのよ、辛い思いをさせないために自分が辛い思いを買って出る、漢ね」
「そんな良いもんじゃないです」
お邪魔でなければ、サポートをお願いします。 本日はおいでいただき、誠にありがとうございます。