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 緯度の高い地方はまだ暗い早朝、ロッソが馬を駆る、グラーネと言う名の漆黒の駿馬、ルナが輿入れのときに連れてきた名馬だ、額に白い星がある。

 鉱山の施設と砦の視察、Geld(ゲルト)山という金山。
シヴァの地方は北の山脈までうねうねと丘陵と平原が続き、湿気を含んだ風は山脈で止まるから、降雪は多くない。

 刈入れが終わり、地盤が硬くなる前の冬は金を掘り出す時期だ、晩秋から冬にかけて一定時期掘ることにしている。

 最近、金山周辺で硝石が採れる、ラテンの商人がエイジアから持ってきた手法が使えるかロッソは興味を持っていた。 コンスタンティノーブルがターキーの大砲で落ちたと聞いている。

 金山の前には中規模の砦が有る、守備隊は常駐1,000名、山国ゲルマン系シュバイツ人の傭兵で賄っている。 彼等は契約を生命の様に大切にして裏切らない。

最大10,000名のキャパシティがある砦だ。

 Geld山の麓には樹海が有る、ヒースからみたのでは、うっそうとした森で
奥にある砦は全く見えない。

 シヴァの国の人間と馬だけが知っている樹間の道が有る、馬が2頭並んでやっと走れる狭いもの、右に左に何度か曲がるのでカムフラージュが効いている。

 グラーネは覚えた道をとことこと辿った。

 門の上から、シュバイツガード見張りが誰何してきた、ロッソが顔を上げて声を掛ける。
 王の来訪に恐縮して非常呼集をかけようとするので、小門を開けるように言った。

 見張り所で茶を飲んでいると、荒野に蹄の音、聞きなれたリズム。鹿毛の駿馬、スルスミだ。

 樹海を抜けてきたルナ長い金髪が朝日にきらきらしている。

「お転婆め」
 ロッソが笑う、ルナが単騎で駆けて来たのだ。
「すまないが、女房にも茶をふるまってくれよ」
 見張りは喜んで茶を淹れに行く、ルナが到着した。
「どうした?」
「着いてきちゃった」
 見張りの兵が笑いながら茶を差し出した、ルナは礼を言って陶器のカップを受け取る、暖かい甘い茶が腹に沁みる。

 茶を飲んでから、2人は鍛冶場へ行く、鍛冶場ではリズミカルに金床を叩く金属音が響いている。
「おはよう」
 大きな鍛冶場では数人が鉄を鍛えていた。 顔の大きな髪がぼさぼさのずんぐりむっくりした熊の様な中年男がのっそりと出てくる。
「ロッソ、いらっしゃい」
低い声でぼそぼそと・・・ここの親方、ヘイバイトスだ。
「奥方も一緒かい、うれしいね」
恐ろしい顔が相好を崩した。

「おはようございます、親方」
 ルナは優雅に挨拶をした。
「奥方が一緒なら試して頂けるな、女の人に試してもらわないと、どうかなと思っていたんだ」
 ルナが訝しげにロッソを見る
「朝飯を食ってから試そうよ」
 兵舎から良い匂いがしてくる。 兵舎の食堂で兵と一緒に食事をした
ルナ1人居るだけで場が華やいで、兵たちは、そわそわしていたが楽しそうに食事を共にした。

 ゆるっと砦の外に出た、樹海の隠し道を抜けてヒースの丘へ、目の前に潅木の荒野が広がる。

「守備隊は取扱いに習熟しつつあります」
 背は高いが童顔のシュバイツ人、隊長のハリー・ポルテルが言った。
それは、巨大なレールの上に籠が置かれスプリングで石を発射する。

 レールが移動式の台車に乗せられた、カタパルト(投石器)だった。
籠に石を乗せ板バネをしならせて、その反動で石を飛ばす。

 通常はスプーンに石をのせて、反対側に錘をのせて振り子の原理で石を飛ばす。 振り子とスプーンの大きさ、錘で距離を調整するのだが、これは、今まで見たものと形が違っていた、左右に弓状の鉄の板バネ、籠はレールに載せられ車輪がレール上を走る構造になっていた。

「ルナさま、お手を拝借しても宜しいですか?」
 アカデミーの学生みたいなハリーが言う。 髪を後ろで縛り、ルナがカタパルトのところへ行った。 従来のカタパルトは数人で紐を引き、柄をしならせる。

 これには紐がついていない。柄の後ろに鉄の歯車が組み合わされて、
レバーがそれについている。
 歯車には歯車を停めるラチェットがセットされていた。 歯車の外に目盛りの着いたボード、目盛りは5色に塗り分けられている。

「レバーを出来るだけ早く動かして目盛り赤のところまで巻いてください」
ルナが言われたとおりにラチェットを動かすとハリーはテンポ良く手を叩き、その時間を計る。
 目盛りが赤に行った、兵が2人係で籠に石を載せる

「レバーの頭にあるボタンを押してレバーを手前に引いてください」
 言われたとおりにすると、ラチェットがフリーになる。 ぶんっと音がして石が飛び出した。

「きゃっ」
 ルナが驚いて声をあげる。遥か向こうで砂煙が上がる。

「どうだい、ロッソ」
へイバイトスが得意そうに言う。

「凄いね、あれで何歩?」
「赤は1000だね、それを最大に200歩ずつ、色分けして有る、鉄の板バネで飛ばすから、どの歩数でも、カタパルトは一番下までさがって、石の補給がしやすい」
「更に今までの500歩級の小さなカタパルトと同じ大きさだと」
「その通り」
「やるね、マイスター」
「車輪にもラチェットを着けるから撃つ度に車輪止めを気にしなくて良いし車輪止めをしたら2重にストッパーになるから安心だ」
「意外に、反動で車輪止めが外れて怪我するからな」
「距離を測るのはこれだ」
 ヘイバイトスが5色の板を取り出した、丸の下にスリットが入っており、それがそれぞれ大きさが違う

「腕を伸ばして、丸に顔を入れ、調度になった所で距離がわかる、赤なら赤の印の所から撃てば良い、測る人間は3人でやって2人が合致すればほぼ当たる」
「測距ボードだな」
「それから、図面を貰った奴が、あれだ」

へイバイトスが指したところに直径20cm、長さ1.5mの筒がついた弩があった。
ロッソがレバーをカリカリと動かすと筒からピストンが後ろに下がる、その横の小さなレバーを操作すると筒の角度が上下するようになっている。

兵が矢を20本持ってきて鏃を下に筒の中に入れる。ロッソが角度を調整してレバーの頭のボタンを押して手前に引くと、しゅっと音がして
20本の矢が勢い良く飛び出した。

 潅木の向こうの地面に適度に散らばって突き刺さる。

「どちらも量産体制だ、さっき、鉄を鍛えているのを見たろう
板バネはちゃん冶金をして鍛えないと折れるからな」
「ごくろうさん」
「あと、この間のあれは、もうちょっと時間が欲しいとヒルダさまに伝えてくれ、筒の強度をちゃんと出さないと味方に損害が出るから」
「うん、任せるから慌てないでやってくれ」
「必ず間に合わせるさ」
「たのみます」

砦の兵に見送られて2人は馬上の人になる。 並んで並足、語りながらゆっくり戻る。

「ヒルダ?」
「うん、ヒルダとマリアで書庫からアイディアの書物を抜き出して、あれこれ工夫している」
「どういう事?」
「男より力の小さな女でも対等に戦える様に二人で知恵を出し合って道具を提案してもらっている」
「剣や槍、戦斧で戦えば敵わないから、アウトレンジから片づける?」
「それで良いと想うのよ、名誉だの正々堂々の前に生きていないと意味が無い」
「スロンの遠征に持っていくの?女兵士を採用?」
「遠征は予定通り男だけ、あれは、街の守備用さ、スロンとは戦をしないで済むと思うんだ、戦なんてしたくない、戦をしたくなければ相手が手を出したくなくなるような力を持つしかない」
「手は打って有るのね」
「うん、スロンの首領ジューダ・イスカリオテは話が判る人物だから、今は詳細を詰めにシグムントに残ってもらってる」
「それで、おとといから居ないのね、ロッソも日帰り?昨日の夕食を欠席した?」
「まぁね、馬で片道1日の距離だから」
「呆れた、遠征先に総大将が乗り込むなんて」
「話してわかるなら、その方が良いだろう」
「エデンの都にばれなければ・・・」
「だから、俺とシグムントでこっそり行ったのさ」
「そして、自分は妻との逢瀬に帰ってきたと」
「ご名答」
「その妻が私じゃなかったのは、ちょっとだけ悔しいけれど」
「適材適所さ、書庫からの情報の引き出しと分析はヒルデガルドが長けている」
「それは認めるわ」
「ルナは俺が不在のときに総大将が務まる」
「褒めてくれてるの?」
「ルナは俺より賢い」
「あら、ありがとう」
「今日の装置は、俺がスロンに行っているときに運び込まれるから、ジョナに聞いて配備して置いて、それから、街の女達も装置を使えるように稽古しておいて」
「え?」
「これから忙しくなるかもしれないから」
 ロッソがにっこり笑う
「わかりました」
 ルナも何かを感じて、承諾した。

「イシュタルが来ているわ」
 並足の馬上からルナが言う。 イシュタルはルナの兄グンター・クロノス公爵の正室。

「どうした?」
「グンターがカノンの所へ通っているみたい」
「へぇ」
 ヒースを渡る風が赤毛と金髪をそよがせる。
「貴方に文句を言いたそうよ」
「あはは、お門違いだよね、自分より強くなければとグンターを縛り上げて梁にぶら下げておいたんだろう」
「それだけじゃなくて、グンターの目の前でハーゲンと・・・」
「それって究極のSMじゃない NTRの極み」

 川に差し掛かった、直ぐに渡河しないで淀みの有るところに馬を向ける
ロッソはヘイバイトスから受け取ったクロスボォ弩を構えた、矢が飛ぶ 羽音とぐわっぐわっと言う声がして、鴨が数羽飛び上がる、ガシャリとレバーを操作すると二の矢が装填される。 ひょうと音がすると飛びたった鴨が射抜かれて茂みに落ちた。 ルナが目を見開いている。
「矢が連続で出たよね」
「うん、試作品さ、でも熟練した兵なら普通の弓のほうが早いな、狙いをつける練習は弓より簡単だ」
 ロッソが矢の刺さった鴨を岸に投げた、それから流れそうな鴨を追って
太腿まで水に浸かりすんでのところで拾い上げる。

 ルナは弩のラッチを見つけ、ボックス型のマガジンを機関部の下から
はずして見る。
40cm程の矢がその中に納められバネで下からせりあがる様になっている。
「レバーの操作で弦が引かれるし矢も上がるのか・・」
ルナは興味深げに器械を見ている。

 ロッソは水から上がって茂みのを拾う、首を射抜かれているのに
まだ羽をばたつかせていた。
 こちらから先に腹を抜いて、止める。毛を毟って、即死した川の鴨も毛を毟る。2羽の首を紐で結わえるとグラーネの上に戻った。

「イシュタルが来ているから、俺を追っかけてきたのね」
「客間に陣取って、むぅっとしてるんですもの」
「あはは、そりゃ怖い、仕方ないから帰ろうか」
「はい」
 2頭の駿馬が走り出した。城に戻ると厩舎に馬を戻し
馬丁とルナに世話を託した、客間に急ぐ。

 黒髪で豊な雰囲気の美女がしどけなく長椅子に寝そべっていた。オリエント系のアーモンドアイ、引き締まった身体の線が美しい。

 ロッソが入室すると、さすがに立ち上がり礼を採る。

「これはこれは義姉上、お待たせいたしました」
「シヴァ王さま、お忙しいのに申し訳ありません」
「遠征前に砦の下見に参っておりました、どうぞ留守を許されよ」
「その遠征について、お願いの儀がありますの」
「なんなりと」
「わたくしも、お連れ下さい」
「わたくしもとおっしゃられますと? 我が妻は留守番ですが」
「あの、巫女が我が夫の隊に同道するのです」
「では、義姉上も義兄上の隊に同道なされば?」
「それが、既に隊も組みましたので、私の入る余地はないと」
「義兄上がですか?」
「いえ、ハーゲンが」
「ほぉ」
「巫女は同道できて、妻の私が同道できないのは、どういうわけでしょう?」
「巫女の話も初耳です」
「まぁ、総大将がご存じないと」
「はい、それに戦場は惨い所ゆえ、かの、巫女には一度断っております」
「なんてことでしょう、ロッソ殿、わたくしを、貴方の隊でお連れいただけませんか?」
「今、申し上げましたように、非常に惨きところですよ」
「エイジアの地から、こちらに来るとき、散々戦場は渡り歩いております、
幾多の武将首もあげました」
「なんと、戦をなされたのですか?」
 イシュタルが頷く、ロッソがにこりとした。
「人の身体は血袋、斬り突けば驚くほど血が噴き出し、戦場では肉片になり、部位で転がり悪臭がするのも慣れています」
 語るイシュタルは妖しく美しく見えた。
「愛と豊穣の女神であり、戦女神の名を持たれる義姉上をおつれしないのでは、勝利はおぼつきますまい、我が身の面倒は見られると言うことであれば
お連れ致します」
「忝いロッソ殿、甲冑に身を包み男の形で参りましょう」
「ヘロダイ提督に見つからないでくださいね、面倒な事になりますよ、姐さま」
ロッソが急に砕けた。
「大丈夫、なにかあれば、戦場で屍が転がっていても不思議はないし」
「姐さまって、おっかない人?」
「女はみんな怒らせると、おっかないのよ、覚えておきなさい、ロッソ」
「ルナたちを怒らせないように用心しよう」
「良い子ね」
「ときに、ハーゲンはどうなんです?」
「貴方に首を折られてから、あっちが役に立たなくて」
「お払い箱ですか?」
「本人は回復すると言ってるから様子を見ているわ」
「首を折られて悩みがEDだけだって、ハーゲンもどうかしてると思うけど」
「それより、巫女を連れて行くわけがわからないわ」
「どうして?女がやらせてくれなければ外注しますよ」
「やっぱり?」
「うん、床上手だし、当たりは優しいし」
「試したの?」
「いや、今生は触らないように心がけています」
「良い子ね」
「恭悦至極、でも、グンターは要らないのでしょう?ならば、どこで誰と何をしようが」
「随分ストレートに言うのね」
「格好付けても仕方ないですから」
「普通の浮気なら看過するけど、ちょっと危ない気がして」
「そのご心配は当たっているかも」
「ねぇ、こう見えても、勝手な様だけど一応グンターの妻なの。 彼が組み敷いてくれるのを待っているのだけど意気地がなくて」
「それで、ハーゲンに?」
「やられたら、良くなっちゃった・・・みたいな?」
「みたいなって・・・まぁ、夫婦の事ですから、何人であれ、口を挟むものじゃないと思って静観していますけど」
「ハーゲンも最近、私が相手にしないものだから」
「拗ねて、グンターとつるんだ?」
「そのつもりみたい、困った男達ね」
「貴女が言うなってのもあるかと」
「うふふふふ」
 ルナが入ってきた。
「おかえりなさい」
「お待たせしました、御姉さま」
「大丈夫だよルナ、イシュタルさまは、ぶすくれてない」
「そのようですわね」
「ロッソのご尊顔を拝したら機嫌も直ったわ、良い夫をお持ちね
ルナ、時々貸してくださらない?」
「残念ながら、お義姉様、我が家はカルテットなのです」
「クインテットにならないかしら?」
「定員オーバーですわ」
「仕方が無い、私がグンターを鍛えます、腕っ節と度胸がつけば、見栄えは悪くないし自分の夫は自分で育てましょう」
「よろしくお願いします、お姉さま、そうなれば実家(さと)も安心です」
「ロッソ」
「はい?」
「良い奥様に育てられたわね」
「おかげさまで」
「胸襟を開いて話してくださって有難う」
「いえ、嘘の無いのが一番ですから」


「なんだ、正直な人じゃない」
 イシュタルが帰ってからルナとお茶にした。
「あんなにざっくばらんに話しているのを見て、びっくりしたわ」
「ルナに性格似ているかもね」
 2人きりのときロッソは無意識にルナの髪に触れる、今は左側に居て左手でカップを持ち右手で触れている。

「そう?」
 ルナはされるがままにしている、機嫌のよい時だけだが。

「うん、だから胸襟を開けたかもしれない」
「それは良いのだけど・・・」
「心配?」
「戦場に同道して大丈夫?」
「平気だろう、下手すると俺より腕が立つよ」

ロッソが笑う
「本当に?」
「身体の捌き、筋肉のつき方、気の発し方、一流の武人さ
ハーゲンとそうなってるのもグンターがちゃんとしないから
半分,はっぱかけでしょう」
「それで駄目になったら、グンターは?」
「俺がそうだったら、ルナならどうする?」
「似ているわけなのね」
「うん」

自分を自分に出来ない男等愛せる訳もない。


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