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二、照魔鏡

 

季節が過ぎ、春の終わり。
一人、都に残った玉藻は表情に憂いを纏う様になり、それが本来の美しさに磨きをかけた。

白鷗は懲りずに玉藻に伽を求めてくるが、そのたび、あの時風呂にいた二人の女官のどちらかが現れ、代わりに伽をし、事なきを得た。

ただ、本来の思いを遂げられない白鷗は徐々に荒れ、酒を過ごすようになり、二人の女官を取り換えひっかえ連夜のまぐわいをして、だんだんに精力を衰えさせるようになった。

都病の時は、顎も三重で体つきもぶよぶよしていたのだが、由良の食餌療法で病も治癒し、晴明や才蔵に付き武芸の嗜みも持つようになり、体つきも変わったのだが、また、ここへきて荒淫で身体つきが変わり、げっそりとやつれた。

肋骨が浮き、目の下に隈を作り、何かあるとぜいぜいと肩で息をするようになった。 

白鷗が病だと言うことになり、薬師と御殿医が呼ばれたが、あっさり、これは医者の領分ではありませんと手をつき、帰って行った。

では、邪気かと言うことになり、大倭の気を見る役所、秋津の術師が住まう陰陽寮より安部康成(あべのやすなり)という陰陽師が呼ばれた。

「これは強い邪気によるもの、何故、私がお勧めした白米以外を召されたのです、ゆえに邪気に襲われましたぞ、直ちに祈祷を始めないと、あぶのうございます」

康成は白鷗を一目見るなりそう言った。

関白たちは秋津である康成より瑞穂の高僧がよかろうと都の名刹に使いを出した。

玉藻は白鷗の荒淫を知っていたから、精の付くものをせっせと作ったが、玉藻に思いを遂げられない白鷗は、やがてそれすら食べなくなり、本当に病になっていた。 

宮殿では再び護摩が焚かれ、都中の僧侶が悪霊調伏の祈祷を行った。 玉藻はそれを馬鹿馬鹿しい思いで見ていた、晴明なら何というだろう。

原因を悪霊や邪気のせいにするなら楽なものだ、飢饉や疫病もそういうもののせいにしたら、誰も責任を取らなくてよくなる。 
白鷗の王朝は元々半島からの帰化人、合議制だった国の制度を革命と偽り、中臣が乗っ取った、帰化人通りの争いが有ったので、王朝に8代の空白が在る、責任転嫁は彼らの常だ。 

体調が悪いのに、白鷗は毎夜のように伽を求め、お気に入りの女官のどちらかが伽を務める。

それは関白が諌めようと、玉藻が言おうと聞き入れられず当てつけの様に毎晩続けられた。

ならばと、関白は女官をどこかへ連れ去り、閉じ込めたはずが、夜には白鷗の褥にどちらかが居る。

男ならぬ玉藻にはとんとわからぬが、女官たちの伽は大層魅力的なものらしく、白鷗は褥に命を懸け、伽の度に命を削っているかのような様相さえ呈してきた。

玉藻の身は伊賀や晴明の手の者が陰になり守ってくれているので直接危害を加えられることは無かったが、天女を見ていたかのようなそれまでと異なり貴族たちが玉藻を見る目が冷たく変わった。

女中頭を始めとする女中たちも、宮中の噂が褥絡みになったころから、由良を避けるようになり、由良は孤立した。

話すものとてなく、白鷗に都の民の事を言上するのが由良の日課になっていたが、白鷗の身体は日に日に衰え、部屋も男女のまぐわいのすえたような臭いに満ちていた。

当然、祈祷、護摩焚きの効果が顕れようはずもなく、荒淫が過ぎた白鷗は息も絶え絶えになり伏せていた。 

その日、玉藻は新たな養生所について言上するため、白鷗の元を訪れた。「玉藻」

人払いをした後、白鷗がすっかり肉の落ちた腕を掛物から差し出した、玉藻がその手を握ると、すっかり脂が抜け、カサカサになった肌に驚く。
「朕が情け無きがゆえ、このようなことに、そちと思いを遂げられぬのが心残りじゃ」

「御上、情けなきことを、おっしゃられますな、玉藻は御上が良き国をお作りになるまで、どこまでもお供いたします」
玉藻は左手で白鷗の手を握り右で甲を優しくなでた。

「玉藻、そちを残して死ねぬ」
白鷗はしんみりと言う。さすがに白鷗が哀れで、玉藻は涙した。荒淫は自分に受け入れられぬ思いの捌け口なのを知っていた。

「一度で良い、想いを遂げさせてくれぬか」
白鷗は眼をうるませ、涙さえこぼして見せた。

握り合った手を不意に強い力で引かれ、子供のように小さい玉藻は褥の上に組み敷かれた。
「主上、いけません、御体に障ります」

 見上げると蒼白い顔の白鷗が目だけ光らせている、冷たく強い光で、それは人ならず見えた。
「構わぬ、想いを遂げられるなら、死んでも構わぬ」

 押さえつけられ、首筋に唇を当てられた。
「いやっ」

 唇の感触がおぞましい、舐めてくる舌先が不気味だった。 
「玉藻」

着物の裾を割られた、弱り切っているとは思えないような強い力で抱きしめられ、身動きも声を上げることさえ出来なかった。
白鷗を瘴気が包んでいる。

開かされた脚の間に、白鷗の腰が有った、硬いものが目標をとらえていた、ずいっと進んできた。
濡れていない襞を押し分けて、剛直したものが押し入ってきた。
「痛いっ」

顔を歪めて押し返そうとしたが、女の細腕では果たせなかった。 白鷗を小さな手で叩く、白鷗が無理に動き出した。

玉藻は犯されながら、愛しい男の顔を思い浮かべた。

一方脚の間に居る無様に腰を振っている男は命と代えても自分を欲しがっている、いとあわれに思った。

動かれて痛みだけだったのが、身体を守る反応で徐々に潤ってきた、体の芯から快感の焔が上がってくる。声をあげたくなくて、玉藻は歯を食いしばった。

白鷗は何かに憑りつかれたかのように何度も何度も玉藻を犯した、足首を掴まれ身体を畳まれ貫かれる。
もののけのような表情の白鴎は、ぐったりした女体を抱え上げ、裏返す。

玉藻は後ろから腰を抱えられ、押し当てられ貫かれる、打ちつけるように白鷗の腰が動く、そのたびに背骨が折れそうに軋む。
遠くで女がすすり泣いている、ふと気づくとそれは男に抱かれている自分の声だった。
「朕はこの国の王じゃ、朕はこの国の王じゃ、心も受け入れよ玉藻」

玉藻は突き上げられ、顔をゆがめ歯を食いしばる。
「主上は、この国の王でも、ご自分の王ではございませぬ」

息が切れ、嗚咽を漏らしながら尻を向けたまま玉藻は言い返す。
「なんと」

白鷗の動きが止まった。
「王故、人から愛され、何でも許されると思ったが間違いの元、なさることは、ほいと乞食の如し、このように力づくで凌辱して愛されるとお思いか」

「女など凌辱し尽くせば言うことをきくわ」
魔のように冷たい声で言い放つと再び白鷗は腰を使いだした。

玉藻の小ぶりだが形の良い乳房が腕の間で揺れる。
「それは元の私ではございませぬ」

 食いしばった歯の間から息が漏れた。
「それでも構わぬ、朕は玉藻を手に入れる」

晴明とのまぐわいのように慈しみあうのではなく、力で凌辱しおのれの欲望のみで貪る男。
大陸から渡ってきた瑞穂は、この国に迎え入れ手を差し伸べてくれた秋津を、このように扱ったのかと、玉藻はぼんやり思った、そして晴明を思うと悲しくなった。

玉藻は号泣した、もう二度と由良には戻れぬ、坂東に戻れぬ、そう思うと後から後から涙が止まらなかった。
「玉藻、玉藻」

まぐわいの後、白鷗も泣いていた。
「朕は玉藻の申すように、民を愛したい、だが、朕の思うように政を運ぶには関白や大臣どもが怖い、朕を助けてたも」

玉藻の薄い胸にすがりつく白鷗を玉藻はそっと抱きしめ、髪に頬を押し当てた。それから三日三晩、白鷗と玉藻は褥を出なかった。 

祈祷の効果は無く、白鷗は閨から出てこない、僧侶たちは責めを恐れて一人、また一人と去って行った。

困り果てた関白によって再び陰陽師寮から安部康成が呼び出された。大臣、重臣が居並んでいる。
「白鷗様の快癒には何が必要か」

「恐れながら、四足の祟り、病の元は玉藻の前にございます」
「玉藻は白鷗様の都病を治したはずだが」

「一時は快癒なさったのですが、玉藻に精を吸い取られております、夜な夜な続く激しい閨が原因かと」
「なんと」

 関白は扇で口元を覆い笑った。
「睦み事ゆえ、申し上げにくかったのですが、事ここに至っては、放置も叶いますまい」
「玉藻は妖しか」

 流し目で康成を見る。

「はい、時折金色に輝く髪が証拠、その性は紂王をたぶらかした、妲己という妖し、九尾を持つ狐にございます、天竺の王にも祟りをなしていると、聞き及びます」
「康成は本性を見たか」

「照魔鏡にしかと映りましてございます」
康成は芝居がかって懐から妖しい銅鏡を取り出して見せた。

左右の大臣、重臣たちがそれを見つめる、磨き上げられた銅(あかがね)の銅鏡に黄金の狐が映った。居並ぶ貴族は妖しの姿に恐ろしげに眉をひそめる。

「して、どのような手立てで、玉藻を遠ざける」
「主上が玉藻にご執心でしょうから、ある神をまつり、妖しが近づけないようにいたしまする」

「神とは」
「泰山府君にございます」

「魂と共に人の命をつかさどる神じゃな」
「さようにございます」

「その祭りを支度せよ、わしは白鷗様に玉藻を遠ざけるよう進言してみる、後程相談したい故、わしの屋敷に参れ」

 康成は平伏した、伏せた顔がにやりと笑う。

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