翌日、ロッソとイシュタルが兵と並んで朝食を摂り終わる頃、
銀の軍装を着けた鉄十字の大隊長が呼びに来た。

 スロンと周辺の豪族が訪ねてきたと言う。生憎、総大将のヘロダイは寝込んでいるので副将のロッソにお越し願いたいとの事。
 承知して、胴に右手に剣だけ携えて鉄十字の野営地へ歩いていく。

 道すがら、子供の頃からの仲間である大隊長が問う。
「おまえ、何かやったか?金ブタは前歯全部無い。 取り巻きの腰ぎんちゃくは、怯え切って口を利かない、頭逝っちゃってるぞ、あれ」
「あははは」
「おまえの所のイノシシ武者が6人護衛と称して見張っているし」
「帰ったら、ルナと一晩ってリクエストがあったから、ちょいと、お答えしたのさ」
「よかった、謀反じゃないんだな」
「謀反を起こしても儲からないし、シヴァの国は豊かで経営もまずまず、戦になんて出張らないで、かみさんと風呂でもはいって、いちゃついているほうが気が利いてる」

「おまえは、奥方にぞっこんだものな、金ブタにそんなことを言われたら、怒るのも当然だ」
「だろ」

「俺でもきっと怒る、女房があいつに・・」
 大隊長は想像だけで怒りに駆られたらしい、顔を紅潮させた。

「皇帝陛下に逆らう気は無いよ、疲れるもの」
「確かに、謹上陛下はわがままであらせられるものな」

「道場でもっとぶったたいておけばよかった」
「本当だな」
 2人は笑いあう。
「わかった、事情は俺から各隊にもそれとなく言っておく」
「かたじけない」

「ありがとうよ、だろ ロッソ」
「ありがとよ」
 幕僚テントに到着した。

 晴れているので天幕は取り外され、周囲にワインレッドの布をめぐらせてある。 ブラウンのテーブルに木製の椅子、ロッソが入ると、彼方に青い空をバックにしたマウント・ツクバネが見える、雪はまだのようだ。
左右に頂のある山、静謐な空気が流れている。

 周囲の木々に小鳥が鳴く、時折群れで飛び立つものだから
鳴き声と羽音が響く。

 ロッソが入ると神皇式に全員が立ち上がった。
「どうぞ、そのまま、そんなに偉そうなものではありません」
 にこやかに両手で制し、剣を置き場に立て、大将の席に腰掛ける。
大隊長は反対側の幕からはいり、右側の末席に座る。
 グンター、ピノ、テンプル・ゲルマニア隊長カヌート、鉄十字、それぞれが紋章のついた胴を着けている。

 左側には4人の男、白い胴に桔梗の紋をつけた銀髪の小柄な老人、老人の嫡男ハチマンタロウと綽名されるヨシイエ、ミッドナイトブルーに7色の揚羽蝶の老人と同じ胴をつけた、長い黒髪の青年、ロッソと目があって笑い合う。
 
 一番下座にジューダ・イスカリオテ、背はそんなに高くなく、
浅黒い肌に、黒い癖毛爛々とした目をしている。 国を持たぬ民、スファラディのリーダーだ。

「クロイツェラー、スロン方面隊、副将ロッソ・ジークフリート・フォン・リヒター・シヴァと申します」
 ロッソが座ったまま頭を下げる。
「総大将のヘロダイ公爵は昨日転倒事故のため臥せっております
ゆえに、皆様とのお話は私がさせていただきます」

 揚羽蝶の青年がにやっと笑った、長い黒髪を後ろでまとめ
すんなりしたりんかくが際立つ、上品な顔立ちに野性味が効いている。

「そも、こたび皇帝陛下に御注進申し上げたのは、みどもでござる」
 桔梗をつけた老人がすきっ歯の並ぶ口を開いた。
「先達(せんだち)さま、貴方がガードナー・ソーサー・セイワーさまですね」
「さよう、5代前のセイワー皇帝を祖とし、スロン州都ウォータードアに住もうておる」
 ここから50kmの北スローンを領地とする鷺のように細い老人が胸を張った。
「神皇開闢以来の家柄、これは由緒正しき方にお目通りが叶い恐悦至極でござる、して、先達さまの申し立てられた、スファラディの人頭税の件ですが」

 ジューダが立ち上がった。
「我らは、カウクーのカーリヤを開墾したゲットーに長年住んできました。 とつ国人としての人頭税も南のカンムー家のほか、スロン本国のセイワー家にも毎年納めております」
「今年はそれが届いておらん」
 閉鎖的なスロンの国では「とつくにひと」(外国人)は生活習慣の違い、
また信じる神も違うことから差別を受けている。

 職業は、金融の他は肉体労働など忌み嫌われる仕事に限られており、耕作地は地元民ゴジャッペーが独占し分け与えられることは無い、スロン領主、セイワー王の直轄領地、北スロンでは差別と迫害が厳しいため、多くのスファラディが離散し土地を離れたため、人頭税が徴税できず、収入が減った。
 更に優れた文化や能力を土地に提供していたものが消えたので、北スロンは凋落し始めた。

 カンムー公爵家傍流、赤龍と呼ばれるアークコジロー・マサカド・テイラー・カンムーの治める南スロン

 常世の国を目指す、彼の寛大な政策のおかげで、北を離れたスファラディは南の雑木林を開拓して定着した、ジューダをリーダーとするスファラディは人頭税を払い、出入りに南北1本ずつしか道のないカーリヤという開拓地に集落を作って平和に暮らしていたが、セイワー王は自領の減収分を南に余分に課税することで
補おうとした。

 見かねた、マサカドがカンムー家の分を免除すると、免除した分もセイワー王家に収めるよう要求し、それが元で小競り合いが起きた。
 マサカドに負けたセイワーはスファラディがとつ国人ではなく、
同じ神を基にした異端であるとエデンの皇帝に訴えたのだ。

 とつ国人は人頭税を払うことで暮らせるが異端は神の敵、査問の上、最悪火あぶりになる。

「人頭税は届いておらん、南北の分ともじゃ」
 セイワ―老人が威けだかに言う。
「道中、金子が奪われたのは我らのせいではありません」
 ジューダが目を見開いて主張する。
「ウォータードアの倉におさまってこその税じゃ、州都へ納める義務はそちらにある」
「荷駄馬車と護衛を遣されたのはセイワー家です、しかも、法外な手数料まで請求して」

「知らん」
「街道に討ち捨てられた馬車は確かにセイワー家のものでした、20人の骸もいずれもセイワー家の家中でした、ただし同家で罪を疑われる者」
 マサカドが発言した。
「マサカド、口を挟むでない」
 同じ揚羽蝶の老人がマサカドを制した、アーククニカー、カンムー家本家当主でスロンから川を隔てて南隣、タウゼントを領地としている。

 ちなみにカンムー家はセイワー家同様、皇帝の血筋を引き、セイワー家に先んずること6代、つまり11代まえの皇帝を祖とされる、家柄から言えばセイワーに優るとも劣らない。

 一族はエデンの都に館を構えるものが多く、都会気質に溢れ、個人主義、
親戚同士あまり干渉しない、早く言えばさらっとした淡白な付き合いをしている。
 ゆえに、降家が早い分一族の数は遥かに多いのだが、農家的気質で親戚ががっちり固まっているセイワー家に団結力で劣る。

 その一点のために武功でも一族全体ではセイワー家に後塵を拝することが多く、武功の多いセイワーが王位でカンムーが爵位だという経緯がある。

 また、総じて事無かれ主義に走りやすくクニカーがマサカドを叱責したようなことがたびたび起こる。
 マサカドは一族では、異色で人情に厚い熱血漢だ。ロッソがクニカーを宥めた。
「まぁまぁ、カンムー公爵、本日は忌憚のない意見を聞くために、お運びいただきましたのでして、マサカド殿、証拠はお持ちでしょうな」
「もちろんでござる、副将殿」
「なれば後ほど、拝見いたしましょう、お館にお訪ねしてもよろしいか?」
「いつでも」
 マサカドが頭を下げる。

「待たれよ」
 ガードナー・セイワーが立ち上がった。
「みどもの注進を信じられぬと申すかシヴァ王」
 剣の柄に手をかけている、怒号と威嚇で片をつける事に慣れている人間の動きだ。 こういう犬型の奴等は嫌いだ。
「セイワーさま、お気を沈められよ、ここはエデンの皇帝殿中と同じでござる」
 クニカーが柄の上に手を置く。
「このような若造に侮られては武門の名折れ」
「いや、事実を確認したいだけです、どうぞ、エキサイトしないでください
セイワー王」

「わしが申して居るのが事実じゃ」
「マサカド殿もそうおっしゃっておりますが」
「若輩が何を言うか」
 セイワー王は顔を真っ赤にして居る。

「歳だけで偉いならメタセコイアが最高、ぼけ、はいってません?」
 ロッソがにこにこしている
「わしがぼけておると申すか?」
 火を噴きそうな顔色だ
「いや、お聞きしているだけです」
「セイワーさま」
 鯉口が斬られた
「クニカー殿止めて下されるな騎士の情け」
 鞘走った、抜き身を右手に構えている。ガードナーとクニカーがロッソを見る、帝国の不文律では、ここで若輩が頭を下げる。 時折ある田舎芝居をやり、互いの面子を立てあう、そうでないと納まりがつかないのだ。

 ロッソが顎を掻いた、にっこりと笑う。

「抜いちゃいましたね」
 ロッソの右側に座る諸将とマサカドは固唾を呑んでいる、本来、殿中での抜刀は本来、切り捨て御免だ。
 陣中での軍議、評議、交渉中は殿中と同様にみなされるが、興奮しやすい陣中の場合は、お互いなぁなぁで済むことが多い、だが、固唾を呑んでいる連中はロッソの性格を知っていた。

 いつ、バルムンクが抜かれるのか・・・一瞬が一刻にも感じられる。

「申し渡す」
 ロッソは真顔になり、静かに言った。

「ジューダ・イスカリオテ。 スファラディを率い、カウクー沼にある中島に移るべし、グレートデーン王のカヌートが同道する、私の下知があるまでそこで待て」
 ロッソが目配せすると、カヌート王が出て行く。

「タウゼント公爵、アーククニカー・タイラー・カンムー」
「はっ」
 揚羽の老人がかしこまる。
「汝はすぐ領地へ戻り、安堵を図るべし、何があっても下知あるまで、トーネ川を越えるべからず」
「はっ」
「南スロン、アークコジロー・マサカド・タイラー・カンムー公爵」
 マサカドがロッソを見つめる。
「汝の持つ証拠を吟味いたす、これより館に赴くゆえ、案内せい」
「承知」
「セイワー王、汝、カンムー公の再三の制止に関わらず、陣中にて抜刀、神と皇帝を誣告したと見なす」
 ガードナーはがたがたと震えている。
「みどもは決してそのような」
「更に、このものどもの申し立てもっとも、証拠を以って汝の嘘言を証明し、王位を剥奪致す」
「ロッソ殿」
 クニカーカンムー公爵が仲裁を試みた、陣中では厳し過ぎる沙汰。
「黙れクニカー、クロイツェラーは神の軍ぞ逆らうに値わず、逆らうなら汝も滅ぼそうぞ」

 セイワー王は驚いて声も出ない、パニックに動くことが出来ない。
憤ったクニカーが従者を呼び、 セイワー嫡男マーズと二人に抱えられて退場した。
「では、みなのもの、下知の通りに致せ」
 会議は解散した。

 ロッソは自分のテントに戻る、途中、グレートデーンが木の骨組みと
脂をしみこませて防水した布で出来たボートを組み立てている。
組み上がったものから担いでカウクー沼へ向かう。

 カウクー沼はカウクーの南2km、カーリヤの直ぐ下にある湖沼で
直径8km、周囲30km余、ちょうど真ん中に直径1kmほどの中島がある、ロッソは荷駄隊長に言って中島へ運ぶ食料などを調達するように言った。


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