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 神皇区教会2階の寝室にカノンは居た、下の礼拝堂の祭壇にはアキュラが横たわっている。
 ロッソの真意がわからない。 カノンは身の振りかたを自由にして良いと、ジョナが当座の費用と金貨を置いていった。
 ロッソ本人は何度か隣のレジデンツへ足を運んでいるようだが、教会に顔は出さない。 カノンがレジデンツに近寄れば、皇帝から伽を求められる。もう、皇帝と寝る気は無かった、なんどか皇帝の執事が呼びに来たが体調が悪いと断った。
 せっかく開いたと思った輝かしい白銀の未来が、皇帝の敗北と共に、また音を立てて閉じた。いつもそうだ、幸せはいつも私の前で扉を閉じてしまう、何故なんだろう。カノンは悩んでいる。

 ギターの音が聞こえた。恋の歌を歌うミンネゼンガー、トミー・シュタルプだった
 弦楽器に合わせて澄んだ歌声が聞こえる。カノンは1階へ降り礼拝堂を通らないで、外へ出た。
「トミー」
 久しぶりに嬉しい声が出た
「カノン、お久しぶりです」
 浅黒いスファラディの吟遊詩人が微笑んだ、なんて良き男・・・カノンは心が弾んだ。
 2階の居間へシュタルプを招きいれ、侍女に温かいお茶の支度を言いつけた。

「カノン、相変わらず、美しい」
「トミー、ありがとう、ひさびさ、気持ちが晴れました」
「塞いでいたのですか?貴女のような美しい方が」
「えぇ」
「愛しい方といっしょになられたのでは?」
「それが・・」
「お逢いになれなかったのですか?」
「いえ、逢えたのですが」
 トミーはにこにこと微笑んでいる。
「幸せはいつも、あたしの前で扉を閉じてしまうのです」
「おやおや」
「あたしは幸せを求めているだけなのに、いつも、邪魔が入り、気づくと目の前で扉が閉まってしまいいます」
「では、扉を開けられたら良いではありませんか」
「女の細腕、とてもとても」
「扉を開けるのを手伝ってくださる方を作れば良いのですよ、貴女はそんなに美しいのですから」
「はい、お手伝いくださる殿方はいらっしゃるのですが・・」
「邪魔が入るのですか?」
 カノンは悲しそうに頷いた。
「では、邪魔の排除を手伝ってくださる方を、その美しさで作られれば良いのです、貴女は聡明で魔法が使える方です、もう感じていらっしゃるでしょう、助けてくださる方を、そして、カラスが復讐せよと啼く日がきます、もうすぐ・・・」
「復讐せよと・・」
 自分を幸せにせず、幸せの邪魔をするものを思い浮かべた。
「グングニルを」
 カノンの口から言葉がこぼれた、ポロン♪と弦楽器が鳴った。

フェンリルのわき腹を貫き♪
穂先にルーンの呪文
貫けぬもの無き大神の槍
父のノートゥングを砕き
グラムを持つ英雄の心臓を貫いた
全ての運命を司るもの
今生は何を砕くやら♪

トミー・シュタルプが妙に朗らかな声で朗々とうたった。


 諸侯が続々とシヴァの神皇区にやってくる、諸侯と家族、警護の兵で神皇区の街は時ならぬ賑わいに溢れていた。
街の商店は繁盛しすぎて仕入れが追いつかぬ嬉しい悲鳴、飲食店もいつもの祭りの数倍の売り上げがあった。
招待した諸侯の全てが揃うまで街のものも、祭りを続け諸国の人々を交えて雪の中の祭りは例年に無く盛り上がった。

 諸侯の何人かは神皇区の旧教会に出入りした。カノンはアキュラの遺体が横たわる礼拝堂をロックし、諸侯を2階3階の別室で、もてなした。
カノンをはじめとする美しい6人の巫女のもてなし。

 特に諸侯はカノンがじきじきにもてなした、その中にはイシュタルの父アッチラス大王も居た。
 アッチラスがやって来てからは、ガリア、ラテン、ゲルマニアの王もカノンに相手にされず、他の巫女が伽をした。
 さすがに街も人出が引けて広場も静かになった夜。
「いつもでしたら、レジデンツの主館が使えるのですが」
「いや、貴女の様な美しい巫女となら、どこでもかまわん」
 アッチラスは小柄だが締まった身体、イシュタルという娘が居るにしては若々しく黒い髪と黒い目をしていた。
「では、巫女殿、シヴァにおいでのときは、レジデンツにお住まいか?」
「はい、シヴァ王のお情けで」
 ロッソが聞いたら勝手に使っていると言われそうだが構わない。私はロッソの本当の妻だったのだ。
「教会とレジデンツを自由にしてよいと言われて居りましたのが、ただいまは皇帝陛下がおいでなので、遠慮させていただいております」
 メタボに戻ったハドリアヌスに抱かれたくは無い。
「なるほどなるほど、しかし、巫女殿はお美しい、スロンの女子(おなご)というのは、かほど色が白く美しいものか」
「大王様にお褒め頂きうれしぅございます、今宵はたんと、可愛がってくださりませ」
 カノンは腕を乗馬で日焼けした大王の首に回す。

 シヴァ城、同時刻、クロノスからグンター・ハーゲン・イシュタルが来ていた。
「今宵、父が占いをしているみたい」
 イシュタルが言った。ルナは嫌な予感がした。
「占いって、あの?」
「そう、クロノスの殿方もなさった、あの・・」
 イシュタルが皮肉たっぷりに言う。グンターもハーゲンも決まりが悪そうだ。
「大王様がなさっているということは、ガリア王、ラテン王、エゲレス、カステリア・・」
「男はみんな、そういう楽しみをするのでしょう」
「義姉上、どうして私を見るのです?」
 ロッソが笑った。
「大晦日までに、あの巫女が何人の男を帰依させるのか、心配なだけよ、特に今は父上に的を絞っているようだし」
 イシュタルは侍女巫女の誰かを囲い込んで情報を得ているらしい。
「何をしようとしているのかしら、諸侯に取り入って各国で教団の力を伸ばそうとか・・」
 ルナがロッソを見た、ロッソは肩をすくめる。
「でもさ、凄いな」
「なぁにロッソ?」
「カノンのおかげで、今回集まった諸侯は全員兄弟でしょう」
 ルナがロッソの太腿をつねった。
「いててて・・」
「そういうの、やめて頂戴」
「だって、昔からそういうもの、ねぇグンター、ハーゲン」
 2人が同時に頷いた。
「もぅ、男って・・」
 ルナが言い、イシュタルが笑う。
「でも、ルナが言うとおり、狙いは何かってことよ」
 イシュタルがロッソを見る。
「判りませんよ、義姉上、わからなければ考えても仕方ないし」
「可能性をあげてみても良いのじゃなくって?」
「ルナはどう思う?」
 ロッソが横にいるルナに振った。
「私は教団の拡大くらいしか思いつかないわ、諸侯とよしみを通じれば、諸国でいろいろ便宜は図ってもらえるでしょうけど、他にメリットはないし、理性的に考えて」
「理性的に考えればね、でもルナの理性とカノンの理性は同じ性質のものだろうか?」
「え?」
「大晦日が終わるまで、できるだけ一人にならないで、ヒルダにも言っておくけれど、ジョナかシグムントが寄り添うように言っておく」
「そうね、アルテミス皇妃にも目を配らないといけないかもしれないわ」
「そういうことね」
「魔法ができればアサシンも出来る! 元気ですかぁみたいな?」
「ロッソ、どうしてこういうところまでおちゃらけるの?」
「そうじゃないとやってられないから、愚かしすぎて」
「自分の元妻が愚かしすぎて?」
「クリエムヒルドはファブニールの竜を倒した、ジークフリートの女房でしょう、しかも、忘れ薬を使った略奪婚、私は紅いジークフリート、ルナの亭主ですよ義姉上」
 ルナの手がロッソの左の二の腕をつかんだ。ロッソの頬が髪に乗る。
「生まれ変わって必死に生きているのに、前世なんて下心もなしに引きずるものですか」
 ルナがロッソの顔を見る。
「下心ってなに?」
「そりゃ、男はナニでしょ、ねぇ、グンター」
「ロッソ私にふるなよ」
「女はナニよね、ねぇルナ」
「ねぇ」
「なんだよ、なんなんだよ」
「あっ、ロッソが悩んでいる」
 イシュタルが笑った。コーヒーを一口飲む。
「良いけど、親父さまを巫女から離さないと、母上が亡くなって、愛妾が何人か国にいるけれど」
「何人なんです?義姉上」
「たしか8人かしら」
「へぇ、毎日1人で1人スペア?」
「うらやましいの?ロッソ」
 ルナが言う、ロッソは首を左右に激しく振った。
「うふふふ、知らないわ、それは良いけれど下手をすると巫女が母上になりかねないわ」
「なるほど、その手があったか・・」
 ロッソが手を打った。
「でもね、正直、カノン巫女は今、どうでも良いのですよ」
「そう、諸侯への根回しの方が大切よね」
「テロルに出ない限り、カノンは放って置きましょう、男を変えることで上昇しようという志向が前世と変わらないのでしょう」
「前世を覚えているの?」
「まさか、覚えているのは、夢の女だけですよ、そして、今私の左側に居ますから」
 蒼い瞳が緑の瞳を見つめた。
「はいはい、ご馳走様」
「義姉上お代わりは?」
「いりません!!」

 礼拝堂のロックが開きカノンが入ってくる、祭壇に横たわるアキュラの遺体、四隅に立てられた黒い蝋燭。それを一本ずつ新しいものに変えて行く毎晩のルーティーン。

 拭った筈なのに、大王が放ったものが太腿を伝わる、好きな男のものなら嬉しいのに。
 横たわるアキュラを見つめる、全く表情のないデスマスク、これはもうアキュラではない、アキュラが使っていた乗り物、冬の間は形をとどめているだろうが、暖かくなる前に埋葬しなくては。
 ただ1人、心を赦せる存在だった、ソウルメートだったのかもしれない、あたしとWithの存在、Hugしかした事が無かった。
 力が無いから一緒になろうとは思わなかったけれど、いつも一緒に居た愚かで無条件な優しさが嬉しかった。
 そばに居て話を聞いてくれるだけで良かった、蝋燭に照らされる醜い顔をじっと見つめた。
 ロックされて誰も居ないはずの礼拝席に人の気配、カノンは息を飲み、燭台をそちらに翳した誰かが居た。
 浅黒い人のよさそうな笑顔、弦楽器がぽろん♪っと鳴った。立ち上がりこちらへやって来た。カノンは、ほっと息を吐きにっこり微笑んだ

「トミイ、鍵がかかっていたのに?」
「鍵は開いていましたよ」
「そう・・」
私は確かにロックを解いた、カノンはそう思った。そして入ったとき、人の気配は全く無かった。

「アキュラさんは亡くなっていたのですね」
「はい、たったひとり心を開ける相手でした」
「カノン、ご家族は?」
「スロンに居りますわ」
祭壇の前で寒さ避けのストールを、巻きなおし、蝋燭の炎を瞳に映して、カノンが語りだす。

父は強がっていたけれど、本当は弱い人で、若い頃に刃物で人を殺め、それが元で心を病んでいました。
外面は良いけれど家族に辛くあたる父は恐ろしい存在でした。

母は貧しい山家から父の生家の地主の家に嫁ぎ、祖父母と父、近所の顔色を見て、面子を立てることに汲々としていました。
私や弟に愛情を注ぐ余裕が無かったのでしょう、良い人だと周りに思われていたけれど、
時折見せる本音の冷たさは父より恐ろしい心の人だったのかもしれません。

家を出たくて、この人はと思って見つけた婚約者は、私と婚約中に商売が上手く行かなくなり、私にうさのはけ口を求めるようになったので捨てました。

誰も頼りにならぬと思い神様にすがろうと教会に随分通いました、神の声を聴かせていただく代償として教会で司教様に女を求められ、与えましたが神様の声は聞こえません。身体を与え、身体だけの快楽に心が荒んで行くのを痛みとして感じていました。
そんなときに、お師匠に会い、神様は教会にでは無く、空と地に、そしてどこにも居ると、神様の粒子とガイアに繋ぐことで揺るがない心を持てると、教えていただき、この教団の巫女として生きることになりました。

師匠に与えられたイニシエーションのお陰で、褥の中で私が無我夢中に紡ぐ言葉は霊感が宿るらしく皆様のお役に立って褒めていただきとても嬉しかった。
賛美の言葉に私は生きていて良いのだと思えました。

このまま、巫女として生きていくのが幸せだと思いました。師匠と道化師、アキュラ、そして6人の巫女たちと諸国をまわり、人々のお役に立って、お足と引き換えに幸せを差し上げて、一生を皆様の為に捧げるのだと、それが神様に捧げることになるとそれが幸せだと思っていました。

シヴァに来て数日たったあの日、騒ぎに教会の広場を見ると、酷い恰好になった綺麗な女が3人、そのあとから血まみれになった赤毛の男、凄惨な事が有ったのは直ぐにわかりました。

でも、赤毛の男は飄々と騎士たちと話をし、女たちを庇い馬車に乗せた。彼は、とても女たちを愛して居た。
 そのとき思い出しました、かつて、あの赤毛の男の魂に愛されたのはあたしだったと・・
その頃、あたしはとても幸せに包まれていた事を。

幸せとは何だろうと、今、アッチラス大王の褥から出て、寒さに震えながら考えていたのです。
暖かくなくては幸せになれない、ひもじいと幸せになれない、痛かったら幸せになれない、お金がないと幸せになれない。

うぅん、そうじゃない、幸せって寂しくないことだと、随分前に気づいていたのに。 ずぅっと寂しくて寂しくて、年頃になり身体を開くと、男が悦んで抱きしめてくれるのを覚え、身体を与えている間は、束の間の安楽を得られることを知りました。

 でも、やがて男たちの心の声が聞こえるようになり、愛情という暖かさではなく、射精の欲望だけで私を求めているのを知り、そんな男の浅ましさを軽蔑しながらも暖かさに浸りたくて身体を開く。でも浅ましさだけじゃないのに・・
相手の中に少しでも欲望を感じると、暖かさを分かち合おうと真摯に抱きしめてくれる腕もわからなくなった。

 トミイ、ご存知ですか寂しい思いをして育ってきた娘は、淫乱と呼ばれてしまう事があるの、それは、快楽だけを求めているのではなく、男の腕の中に束の間の暖かさを感じ
まぐわいの忘我に寂しさを消し去れるから。
男の臭いの中に私の上で愚かしく動く身体の可愛らしさに、束の間、闇を忘れられるのです。
 生まれ変わる時の旅の中で寂しさの為に、死んでしまったこともありました。でも、寂しさと言う化け物はリセットを赦さない、生まれ変わって、今度こそと想っても、やっぱり、あたしのことを追いかけてくる。
その大きなアギトに私を捉え、心を噛み砕いてしまう。

 何度生まれ変わっても、寂寞に噛まれた歯型が、くっきりと心に残っている。どうしたら寂しさと言う化け物を退けられるのかしら? 皇帝に抱かれ帝国の女の頂点に立てば光に包まれると想いました。
 でも、それはあっさり潰え、今、また、諸国の立派な王たちに抱かれても、エイジアの大王に抱かれても情事が終わってしまえば化け物が闇から立ち顕れてくる。
いつになったら、この化け物は私の胸から出て行ってくれるのでしょう?

弦楽器がぽろんっ♪と鳴った。
sterben♪  starb♪ gestorben♪澄んだ声でトミイが歌う

「化け物は自分で追い出すしかないのです」
「どうやって?」
「それを探すために生まれてくるのですよ」
「でも、化け物に喰われて死んだこともありますわ」
「そして、こうして生まれ変わる」
「苦しみが続いても?」
「苦しみは貴女が選んでいるのですよ」
「違います、苦しみが私を飲み込むのです」
「飲み込まれることを選んでいるのです、何度繰り返しても本当を思い出さないから」
「私のせいなのですか?」
「貴女のせいではありません、でも貴女の選択の結果なのです」
「わからないわ」
 カノンは追い詰められた気持ちで叫んだ。
「私は不幸の、寂しさの連鎖から抜けたいだけです」
 カノンの叫びに応えるように弦楽器が鳴った。
「思い出せば直ぐに抜けられます」
「一体何を?」
「それを思い出すために生まれ変わり巡り合うのです」
「トミイ!!」
 石造りの高い天井にたまらなくなったカノンの高い声が響く。
「ヒントを差し上げます」
「ヒント?」
「外で起きる事象は変えられない、それは様々な人の選択の結果として立ち顕れるから、生きている人の全ての思いの結果として自分以外の所で起きる現象が立ち上がる」
「変えられなければ、苦しみは変わらないわ」
「変わるのです、皆、その道具を持って来ているのです」
「持って来ている?」
「考えて努力して、わからなければ」
 また、弦楽器が鳴る
「大丈夫、僕が居ます、貴女が幸せでありますように」
トミイは楽しそうに微笑む。
「トミイは一体?」
「巫女さまがわかりませぬか?」
「もしや・・」
「僕はヴァルキューレたちのように、ヴァルハラで剣術の稽古をしろとは言いません、疲れ果てた魂に、そんな可哀想な事を言うもんですか、あちらでゆっくりお休みと子守歌を唄います」
「トミイ」
「僕はゲルマニア語で sterben 、名詞はTot、あぁ、この国の言葉ではDEATH」
日焼けした甘いマスクがにっこりと笑った
「貴女がしあわせでありますように・・・♪」
 トミイが歌う
「あの人が私を他の何より私を愛してくれたら、幸せなのに、寂しくないのに」
「あの赤毛の男ですか」
「前世、何度生まれ変わっても一緒にと誓ったわ」
「あの腕の中で?」
「えぇあの腕の中で、魂で誓ったの」
「魂は誓いません」
「でも・・」
「身体と心が誓いを立てる、大いなる一つから別れた魂というものは自由なのです、故に約束などで縛られることはない」
「だから、心と身体が変われば、あの女の元へ?自由、自由、酷い言葉ね、冷めた女に投げつける槍のよう」
 カノンは両手をぐっと握ってじたんだを踏んだ。
「そうやって楽しむのも貴女の自由です」
「苦しんでいるのです、魂の愛が終わってしまうなんて」
「苦しむことも魂の経験なのです、魂は愛、愛は終わりません、形も変えません魂は終わらない」
「私は私だけを見て欲しい、私だけを愛して欲しい」
「貴女だけ、愛されているのがわかりませんか?」
「なんて意地悪な死神、誰も私を本当には愛していない、私が与えるものに何かを返してくるだけ、無償に愛してくれる人など居ない」
「私は意地悪なんてしません、疲れた身体から心を自由にしてさしあげる、魂を元へ戻して差し上げる」
「聞きたくないわ」
「貴女が幸せでありますように・・♪」
「やめて」
「あまりにおかわいそうなので、もう一つヒントを差し上げます」
「なに?」
「その祭壇の上に、アキュラさんが赤毛を憎む、強い心が残っています、とても強い力を持っています、そしてそれを誰かに移し変える魔法の薬が、礼拝堂地下の薬部屋にあります、貴女は当代一の魔法使いであらせられましょう」
 トミィはにこにこと弦を爪弾いている。
「トミイ」
「どう使うかは貴女の自由です、ただ、自由には責任がついて廻りますよ」
「あの人のハートを私のものに出来る?」
「赤毛のHerzを貴女のものに出来ますよ」
「うれしい」
「呪文は、Ich moechte ihren Herz、Ich brauche ihren Alles、Ich liebe ihrです」
「トミイ、ありがとう」
カノンは小躍りせんばかりに喜んだ。
「どういたしまして、それで貴女が幸せになれるのでしたら、遣り方は、ご自分の心にお聞きなさい」
「はい」
「重ねて言いますけれど、ただ、ひとつ、行いには責任がついて廻り、誰もそれから逃れられない。覚えておいてくださいね」
「もちろんです」

ぽろんっ♪と弦が鳴るとトミイは礼拝堂の闇にすぅっと消えた。

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