1年で30キロ。アラカン女の”生き直し”ダイエット!#3きっかけはコロナ。死線から復活した還暦のバースデー

私が、体質改善とダイエットを決意したのは、還暦のバースデーを一人、入院先で迎えた時でした。なぜ入院していたかというと…コロナです。当時流行していたのはデルタ株。症状の重い株でした。

コロナで死を覚悟。命からがら入院。

1年遅れのオリンピック開幕を直前に控え、感染者数は収まらないのに「バブル方式」で行うことに賛否両論が巻き起こっていた時期でした。当時、ワクチンがやっと出回り、高齢者が接種し始めるくらいのタイミング。私はまだうっていませんでしたが、仕事がら人に接することが多く、感染対策には気をつけていました。大切なプレゼンを翌日に控えたオフ日、7度代の熱がでたので発熱外来へ。「まあ様子をみましょう。明日熱がなければ出勤していいですよ。」というのがお医者さんの診立てでした。(今にして思うと、この診断は甘すぎですね…) 翌日熱は下がり、気合を入れてのプレゼンは無事終了。同僚と食事をして帰宅。ぐっすり眠ったその翌朝、今度は8度代の発熱。暖かいものを飲みたくて紅茶の缶を開けると、いつも鼻をくすぐるアールグレイの良い香りが全くしない。どんなに鼻を近づけても感じないのです…。そういえば、2日前に発熱した日、駅の立ち食いそば(駅そば界ではおいしいで有名なお店。出勤時ホームにたちこめるかつおだしのいい香りにつられ、朝そばするサラリーマン多数。)で食べたおそばが妙にしょっぱく感じられたり、その前の日にこれまた有名な老舗洋食屋で食べたポークチャップがちょっと変な味で「この店こんなにまずかったか?」と思ったりしたのでした…。味覚嗅覚に来ているということは、「これは、きたな」と観念し、発熱外来でPCR:検査。翌日、コロナ陽性が判明し、保健所の指示で自宅にて経過観察、となりました。血中酸素量を測るパルスオキシメーターが宅急便で届き、数日後にはレトルトなど一週間分の食料が届く、とのこと。熱や症状が出なくなって3日過ぎれば出勤できるというので、10日後くらいには職場復帰するつもりでいました。ところが熱は落ちず、9度代と7度代を乱高下する数日が続きました。9度あるときは意識はもうろう、7度代におちた時にはなんとかジュースやアイスクリームはのどをとおりましたが、固形のものは全然ダメで、ゼリーや卵豆腐も受け付けません。一人暮らしなので、自分で自分の様子を判断するしかないのですが、時間がたつほどに消耗し、どう考えてもよくなっていく感じがしません。つるべ落としに具合が悪くなりました。
還暦の誕生日を2日後に控えた、発熱4日目の朝、「このままでは、生きて誕生日を迎えることはできないかもしれない」と本気で感じました。職場から状況確認のLineが入ったので、電話をかけて「どうすればいいですかね、とても動けないんですけど」と言ったら「すぐ、救急車を呼べ―!!!」「救急車つかまらなかったら、病院調べてあげるから車呼んで行けー!」と上司からの檄が飛びました。あわてて119番したら救急車はすぐ到着、隣駅の急性医療の対応をしている病院がコロナ患者を受け入れていて、無事に入院できました。

肥満、高脂血症、高血圧、高コレステロール、高中性脂肪…基礎疾患のために、コロナ中等症に

さっそく点滴をうってもらって熱はまもなく下がりました。入院にあたりレントゲンをとったら肺は真っ白。肺炎を起こしていました。私は、151.5センチで、80キロくらい(そのろはきちんと測っていなかったので、だいたい。)、肥満に加え、高脂血症、高血圧、高コレステロール、脂肪肝、高中性脂肪、睡眠時無呼吸と、まあ基礎疾患のデパートのような体です。コロナにかかるとやばいことになるのかなと思ってはいましたが、見事に 重症の一歩手前の「中等症」といわれるくらいの症状になりました。これ、本当に職場のLineがなかったら、思い立って連絡をとるのがもう少しでも遅かったら、電話する気力も体力もなくなって孤独死していたかもしれません…。そう思うとまさしく、人の思いやりに救われて九死に一生を得たのです。

還暦の誕生日、新しい体に生まれ変わることを誓う。

一人の病室で迎えた還暦の誕生日。生きてその日を迎えられたことに、特別な意味を感じざるをえませんでした。還暦とはこよみが一巡りして生まれ変わるという意味があると思いますが、私は、一度死んで生き返ったのだという気がしました。もう一度与えられた命を、無駄にしてはいけない、きちんと生きなくてはいけない。でもどうやって?
点滴で症状はもちなおしていきました。一週間たったの朝食で、温かいパンのいい香りがふわっと漂うのを感じました。「あ、嗅覚が戻った」と、生き返りを実感。この時の感動が忘れられず、それ以来、私の朝食は必ずトーストになりました。
が、肺炎はなかなかおさまらず、起き上がって便座まで移動するだけでぜいぜい息が切れました。毎日採血があるのですが、太っているために血管が出ず、新入りの看護婦さんは泣きそうになっていました。こんなことになってしまったのは、ひとえに基礎疾患のおかげです。
生き返ったのをきっかけに、体も生まれ変わろうと決心しました。これまで何度かダイエットをして、そこそこ体重を減らしたものの、やがてリバウンドして前よりも増量、ということを繰り返してきました。今度こそ、きちんと体質を改善して、標準体重まで戻すこと、そしてそれを一生維持することを目標にしました。しかるべき医療機関にかかり、きちんと指導してもらってやせるんだ、と心に決めました。そんな時に、奇跡的な救いの手がさしのべられたのです。この話はまたこの次に。


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