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筑波大学に編入してからの話

 Klis Advent Calendarに参加することにして、さて何を書きましょうか。と。せっかく同じ学類の人やその関係者の方の目に触れる文章ならば、ここで編入してからの話を振り返ろうか〜と思いつき、ずっと書いてなかった編入後の大学生活諸々について残すことにした。
これから編入する人、編入を目指す人の役に立てることを願って。



🌸春🌸

3月

 筑波大学管弦楽団に2月から入れてもらい、しばらく実家から練習に参加する日々が続いていたが、3月中旬にやっとつくばへ引っ越し、こちらでの生活がスタートした。この辺は自転車がないと人権がないので、まずホームセンターに行って自転車を手に入れた。私は引っ越しが早かったのでよかったが、3月下旬〜入学式前あたりに引っ越すと人権を手に入れるにも一苦労するらしいので(友人談)早めに動くことをおすすめする。

 卒業式前日は雨で、雨の中自転車は乗れない…と当時の私は思っていたので、大学会館まで30分くらいかけて歩いて行ったのを覚えている。帰りは、そこで初めて知り合った管弦楽団の先輩が途中まで車に乗せてくださった。感謝。
 次の日に卒業式があって、同じパートらしい知らない卒業生の先輩とパート写真を撮り(先輩方もこいつ誰だ?と多分困っていたことだろう)私は桜やらみんなの演奏写真を撮りまくっていた。演奏は出なくてスタッフをやったが、演奏と演奏の合間で誰かが持ってきたトランプでスピードをやり、そこそこ先輩方とも仲良くなれた。

スピード感すごいですね

 3月終わりには管弦楽団の集中練習があり、そこで初めてトレーナーの先生方や歳が離れた先輩方を把握した。後から入ったけどみんなと仲良くなりたかったので、練習後のご飯もほぼ毎日参加した。ここで割と色々な人と話せるようになった気がする。
 練習はみっちり濃密な時間で、とても充実したものだった。3月に楽譜をもらって合奏に参加し始めた私はここで遅れを取り戻そうと一生懸命頑張った。

 残りはほとんど散歩して写真を撮り、つくばという土地を知ることに専念していた。ヘッダーの写真も3月に撮ったものだ。

4月

 集中練習を完走したら、あっという間に4月になっていた。

 澄んだ空気、青空のもと入学式があり、ようやく学生証を手に入れた。本当に天気がいい日だった。編入生だからか知らないけれど、筑波大学って入学式のお知らせやオリエンテーションのお知らせが紙媒体で来ないので、学生証もらうまで私本当に合格しているのか?と若干不安だった。

 入学式でもパートで写真を撮ったが、この時もまだこいつ誰だ?と思われていたことだろう。卒業式の時よりは顔わかるようになってたと思うけれど。

大変に天気が良い日でした

 単位認定の日にリハーサルがあって、間に合わなそうになりながらも春日が駅に近いことで救われたと思ったことは今でも覚えている。なぜか一番最後に回されてしまい3時間くらい待った挙句、私の単位認定はすんなり5分くらいで終わった。多分編入生の中で一番早かった。認定単位はKlisでMaxの70単位。卒業までに卒研入れて2年間であと54単位取ればOK。これから編入をしようとしている人たちは、大学でいう2年の春学期・秋学期で、ある程度筑波での単位認定を意識した履修をするとMax認定いくと思うので頑張れ。(私は筑波しか受けなかったので、落ちたら前の大学でそのまま進級できるようにも考えながら授業を取っていました。)

 いよいよ授業が始まる。前の記事にも書いたが、私が筑波大学への編入を決心したのは研究室の先生の存在があったからだ。その先生の授業を受けた日の感動と言ったら!

授業でのグループワーク

 昨年の10月にお邪魔したときに、資料を見せていただき、春に授業で会えるのを楽しみにしていますね。といわれてから半年!とうとうここにきた!!授業は素晴らしくてほわ〜となりながら聞いていたらあっという間に終わってた。授業終わりに、先生が私のことを覚えていてくださったのか「研究室でAREやりたい学生がいたら声をかけてくださいね」という話があったので、直接先生のところへ行った。ちゃんと先生は覚えていてくださり、久しぶりですね!と声をかけてくださった。
AREとは、筑波大学が推進している、「先導的研究者体験プログラム」のことだ。簡単に説明すると、卒研配属前の1~3年生が大学から研究費をもらって研究室に所属し、早期から研究ができるというプログラムだ。筑波大学を選んだのは、このAREがあったことも大きい。元々研究したくて大学生になったので、前の大学でも1年の時からAREのようなプログラムに応募して自主研究をしていた。(研究室所属までのプログラムはなかったけれど)

AREについて

 というわけで、とりあえずAREに採択されるように研究計画書を頑張って作る生活が始まった。第1回の提出期限が4月末だったので、書いては先生に添削していただくことを繰り返し、慌ただしい日々になった。

 この頃に、管弦楽団の同期に誘われてジュニアオーケストラの子供たちと一緒にBiviつくばで演奏をした。公共の場所で演奏するのは子供の時から何度もしたことがあったが、久しぶりの体験だった。研究室の先生も、先生のお子さんも来てくださり、大勢の子供たちやその親御さんが集まり楽しそうに音楽を聴いていた。親御さん同士の交流もあり、楽しい空間になったと思う。これからも、このように地域や未来に貢献できる距離の近い演奏を届けていきたいと強く思った。

Biviつくばコンサート

そんなこんなで慌ただしく4月は過ぎていき、私はなんとかAREの書類を提出し5月に入った。

5月

 GWが終わってすぐに筑波大学管弦楽団第93回定期演奏会があった。私は途中から参加させてもらいながらも、全曲乗せてもらうことになり3曲全て演奏した。オケはやはり良い。ヴァイオリン自体は長く続けているが、ソロの時間の方が長く、オケというと学指揮の他にヴァイオリンやコンミスもなくはないがヴィオラトップの席でいたことが一番長かったので、音の聴こえ方や作り方の違いに慣れるまでが大変だった。しかしながら内声やオケ全体の音楽を作った経験がある身としてまた違う視点を持って演奏に参加できたと思う。充実した時間だった。

93定

 演奏会が終わり、一息がついた頃、定演に来てくださった先生にお礼をした。そしてなんと先生とお話しする中で先生がコンバス弾きだということ、大学オケ出身で今もときどきアマオケで演奏なさっていることを聞く。この時には次の定演で演奏する曲が決まっていたので、ぽろっとその話を先生にしたら、その曲スコアはあるんだけどやったことなくて。やってみたいと思っていたんだよね!との反応があり、なんとなんと入団して3ヶ月の新参者が研究室の先生と一緒にオケに乗ってしまう!ひいては先生を自分のサークルで活動してしまう!というレア経験がスタートするのだった。


そしてこの頃、ARE採択の連絡が入った。やった!研究室に所属して研究ができる!ととても嬉しかった。
 編入前の目標はここでほとんど達成してしまったので、あとは研究内容をどうやって発表に持ち込むのか、今後の目標をゆっくり考えていくことにした。先生の研究室は今年独立したばかりのところっだったから、初めてのARE生誕生に先生も喜んでくれた!

 そんな嬉しいニュースばかりで爽やかな季節はあっという間に過ぎていった。


🌻夏🌻

6月

 春だけでもだいぶ書くことがあり、もう3000字を突破してしまった。まだ6月なのに。。。それだけ生活が充実していたということでしょう。
 さて、自転車生活民にとって、6月を生き抜くのは大変にしんどい。なぜって?梅雨!!!!だから。相変わらず自転車を授業終わりに3km漕いで本学の方の練習場所に行く生活を続けていた。何回か滑って自転車ごとこけたことがあるので、皆さんも雨の日は気をつけましょう…(泥だらけになり悲惨。)だけど、雨上がりにはこんなに綺麗な空も見られるので梅雨の時期も悪くないなって思う。

筑波うけた日の空にそっくり
光が美しい

 1日に最低一回は空を見上げられるくらいの生活の余裕があればいいな、という思いと共に研究と授業とサークルで生きていた。あと、なんかよくわからんけどやっといた方がいいのかな?っていう軽いノリでいくつかの企業にインターンの申し込みを出して、隙間時間にwebテストを受けたり、ES書いたりしていた。夏は時間がある&単純にインターンが多いから、学部卒で就職を少しでも考えている人(進学100%の気持ちじゃない人)は6月に頑張ってインターン申し込もう。私はまだ100%進学とも思っていなかったので、一応出していた。

 大学の方ではこれまた面白いことに、先生のお子さんと話す機会があり、すっかり仲良くなってしまった。似顔絵を描いてくれたり、一緒にお昼を食べたり。楽しい時間を過ごした。演奏会にもよくきてくれるので、楽器興味あるの?と聞いたら、元々ヴァイオリン興味あったけれど演奏がきっかけで習いたいと思うようになったらしい。小さな子供にまで楽しそう、やってみたいを届けられたことに胸が熱くなった。
 そんな感じで雨音を聞きながら、日々生活をしていたらあっという間に梅雨が明けていた。


7月

 梅雨が明けた途端に暑い夏がやってきた!というわけでもなかった。都内は夜もクーラーをかけないといけないほど暑いが、つくばはそうでもない。朝晩は過ごしやすい気候で、日中も薄い長袖(私の体感温度です)でちょうどよかった。半袖がそんなに好きじゃない民としてはいい気候だ。

 7月に入って少しした頃、茨城大学管弦楽団のサマーコンサートにエキストラとして乗せてもらった。泊まりがけでひたちの方まで車に乗せて連れて行ってもらい、部屋では「合宿みたいだね〜」といいながら本当に短い合宿のような1泊2日を過ごした。同じ県内の他大のオケ仲間もでき、演奏会の方もうまく行ったようでよかった。

茨大サマーコンサート

 この頃から、先生に誘われて研究室の一般ゼミにも出るようになった。ラインズを輪読して行ったり、4年生の先輩方の研究内容に即したワークを行っていたが、日々の視点が変わったり、自分の興味分野以外の内容やそもそも普段当たり前にやっていることって?という問いを日々生み出せるくらいには刺激的な時間だった。輪読資料を作るのは大変だが、自分の思考を深めることやそれを他の人に伝える、知の共有はとても楽しいものでゼミにはほぼ全日参加していた。

ゼミのワークより


 自分の研究内容についての考えも深めていて、この頃に本格的に装置を作り始めた。ちょうど落合陽一先生のメディアアートの授業の最終作品テーマと似ていたので、せっかくならばと思い作品制作を進めていった。普段先生からいただくフィードバックだけでなく落合先生からもフィードバックがいただきながら改良を重ねていた。(作品展示会までに終わらないかもという恐怖ともに…)


8月

 夏休みに入る前に、メディアアートの作品展示会があった。なんとかして間に合わせ展示できた!!!

想像するお手前

 家、研究室などでたくさんの時間を使ってやっと!!!その場に人がいなくても茶道の間合いは伝わるのか?という問いのもと作品制作をし、当日来てくださった方に聞いてみたところ、想像できるとの回答をたくさんいただけた。先生からもお褒めの言葉をいただきうはうはして春学期の授業は終了。

 筑波大学は他大学より夏休みに入るのが遅いため、会える友達には8月中に会い、あとは練習、研究を進める夏休みが続いた。夏休み入った1週間後にはジュニオケのイーアスつくば演奏があった。
 今年は4年ぶりの合宿もあり、ここでまた知らない先輩や他パートの先生方とお話しする機会にも恵まれた。衣食住を共にしながら作る音楽は、やはり集中練習とは違い、深い部分で各パートがつながっていることが感じられるような演奏になったと思う。


🍁秋🍁

9月

 最近の9月は秋らしくなくて困ったものだ。茹だるような残暑と共に9月を迎えた。合宿が終わってすぐにアンサンブルの本番があった。ヴァイオリン時代はたくさん弦楽アンサンブルをしていたが、管弦楽団に入ってから初めてのアンサンブル。先輩方に囲まれまだ暑い秋の夜に本番を迎えた。アンサンブル、弦四はオタク並みにやっていた時期があったので、その頃が懐かしくなりまたアンサンブル組みたいなぁと思った。
 オーケストラと違ってアンサンブルのいいところは、(これは弦楽器特有の事情だと思うが)弦楽合奏を除けば1人1パートであることだ。これの何がいいって、自分の音に真っ直ぐに向き合えること。弦楽器内のアンサンブルの勉強になること。(自分がもしヴァイオリンだったら、)中低弦の音が意識せずとも聴けるようになること。音を聴いてまた自然にそこに乗せられる音作りができること。あげればキリが無い。アンサンブル力をつけることはオケで演奏することでも大変重要なことである。私はヴィオラを始めてアンサンブルを組むようになってから、オケで演奏している時にスコアが自然と頭の中に浮かんできて、弾きながら「ここはこのパートを聴かせたい」ということを意識して演奏できるようになった。そんなことを考えながら弾くオケはとても楽しく、音楽的にも勉強になる。

 アンサンブルの本番の次の週に、ジュニアオーケストラの本番があった。私の地元にはジュニアオーケストラがなかったため、地元にこうして大きなジュニアオーケストラがある子供たちが羨ましい。自分自身は中学2年の時に、役所や地元の大きなホールまで行って交渉したのだが、うまくいかなかった経験があるため、ジュニアで無くなった今となってはジュニアオーケストラを存続させるためにできることがあればしたいという思いから、お手伝いさせてもらっている。
 ジュニアオーケストラの良いところは、なんと言っても地域で同世代の音楽仲間ができることだ。ヴァイオリン、チェロ、フルートなど個人で習う人も多い楽器はどうしても先生対自分、広くなっても同じ教室の友達にとどまりがちだ。ソロの力も重要だけど、オーケストラというクラシック音楽の基本形の一員となって勉強をすることで自分の技術を高められるほか、団員同士の交流も生まれ、「一人で作る音楽」から「みんなで作る音楽」に変化する。また、披露する場所やお客さまもオーケストラになれば大きく、広くなる。「みんなで作る音楽」とは、客席のお客様との関係性によりできる側面ももちろんある。みんなで作って、少しでも楽しいと思った人がまた仲間になる(前にあげた先生のお子さんのように)。音楽をやる上でなんのためにやっているの?という問いは常に持ち続けなければいけないと私は思っているが、その答えがちゃんと言えるうちは色々なフィールドで音楽を続けていきたい。またお客さまに合わせて私は少し弾き方を変えるのだが、演奏会のコンセプトと届けたいものを明確にしながら、さまざまなコンセプト、メンバー、お客さまと共に音楽を届けるという自分の中での音楽のあり方がジュニオケでの演奏を通してはっきりとしてきた。


ジュニオケ定演 韃靼人は懐かしかった

 9月終わりにはAREの集まりがあり、中間報告会を行なった。他学類の学生同士でそれぞれの研究内容について質問をしたり、発表のブラッシュアップをしたりした。普段大学で生活していると、他学類の学生と交流するのはサークルが主になるが、研究内容メインでの交流は互いのフィールドを知る上でとても楽しいものだと感じた。

10月

 あっという間に夏休みが終わり、秋学期に入った。それと同時に管弦楽団の定期演奏会があった。今回の演奏会では、私もお仕事をいただきちょこちょこ働いていた分、管弦にかける時間が長かったため思い入れのある演奏会になった。


94定

 この演奏会の練習で、あ、今間があった!と思う瞬間があった。輪読本を読んでいるときに、良い演奏は「間」が合っている演奏。とあったが、なかなかそう思う瞬間がない中で、大学オケでそんな瞬間が訪れるほど生きた音楽を奏でられていたわけだ。楽器演奏は自分の研究においても時々新たな発見をもたらしてくれるが、今回の定演はそのような意味でも特別なものだったと思う。
 間とは何か?「時間的であると同時に空間的であるような間隙であり、何かが出現する充実や緊張を孕んだ無」のことである。何もないわけではない。期待する何か、次に起こる何か、が確かにそこにあるのだ。つまり、間が合う、とはその瞬間限りで呼吸が合っているのではなく、まだ訪れていないその先にあるものも確かにそこにいる人の脳内に浮かんでいて、かつその認識がそこにいる人たちで一致しているという状態のことだ。私はこれが生まれた時に初めて、今日はいい演奏だった。と感想が出る。「間があった状態」をみんなが感じられているのかはわからないが、この文章を読むまで間という概念を知らなかった人の中で、私と同じように感じた人がいれば是非教えてほしい。先ほど、「生きた音楽」と表現したが、生きるとはその瞬間だけ生きるわけではなく、その先も生きている状態が予想できてこそ初めて「生きる」のだと私は考えるためこの表現を選んだ。
 生きた音楽を届けることはこの世界に生きる人に寄り添う音楽を届ける上で最も重要なことである。定演ってなんのためにやってるの?と聞かれたら、どう答えるだろうか。団のため?楽しいから?さまざまな意見があると思うが、なんのためにやってるの?の答えがしっかりとそこにあるのなら、その信念のもとで音楽に向き合えばいいと思う。答えを一つにしろ、とか合わせろ、ではなく個々が「確かにそこにいる自分」を認識した上で音楽に向き合えたらいいなと思っている。音楽に身を委ねるのではなくて、音楽と間を合わせるのだ。
 定演を終えてしばらくそんなことを考えていた。

 定演が終わって色々考えることがあって。そのあたりにちょうど、「よりみちコンサートinつくば」があった。子供からお年寄りまで。音楽に馴染みがある人も、そうでない人も。をコンセプトにつくばセンターで青空オーケストラの演奏を届けた。

Forum Ricco Orchestraの仲間たち

2回公演をしたが、2回とも来てくださる親子さんで1回目は緊張気味だったもののオーケストラの中に入って音楽を聴いていただいたり、前の方のクッションに座れる席にはたくさんの子供が楽しそうに音楽を聴いてくれた。
楽器体験コーナーでは、ヴァイオリンを体験してくださる方も多く、楽器はじめたい!というお子さんの声を聞いたり、またコンサートしてください!というお声をいただいたり。お客様にとっても楽しい日曜のひとときになったようで嬉しかった。音楽が届いたことをすごく感じた日だった。青空オーケストラ最高!


11月

 さて、季節は過ぎあっという間に朝晩は寒くなるようになってきた。先生との輪読が終わり、私は装置の開発に時間をかける日々が続いた。

 11月初旬に筑波大学の学園祭、雙峰祭があった。管弦楽団として演奏を披露し、他の団体やゼミ、研究会の展示を見て回った。本当にたくさんの学生がさまざまなフィールドで研究したり、活動に取り組んだりしていることがよくわかり、2日では全てを見ることができなかった。

雙峰祭

 秋学期に入ってからあまり授業の話をしていなかったが、秋は必修と知識科学主専攻の授業(GE6XXX)をとり、来年度は卒業研究とGEを1つ、あと1科目好きな授業をとればいいようにした。春学期にとった21単位を落とさなかったこともあり、計画通り余裕のある履修が組めた。興味なかったけど選択必修だし...来年取らず今取っとくか、というノリで選び1回だけ参加して、これは絶対に単位が取れない!(取れたとしても研究しながら取るのはかなりハード)と思った授業は履修解除して秋学期は23単位(含ARE単位)の計画で進めている。
 これは個人的な考えだが、3年で卒研以外の単位を無理に全部取ろうとしなくてもいいと思う。興味がある授業が4年春にも開講されるなら、そこでとった方がずっと単位習得率も良いだろうし何より自分自身の学びも深まるだろう。せっかく筑波大学ではさまざまな学びの場が提供されているのだから、授業に一生懸命になり過ぎずに3年でAREやcojt、enpitなどに取り組むのも手だと感じる。

 月末には、AREの集まりがありプレゼン方法や研究内容を短い時間で伝えるコツを学んだ。AREって早くから研究できるだけじゃなくて、「研究者体験」と言っているだけあって実際学会で発表する時どうすれば良いかと言ったあたりも教えてもらえるからとても楽しい。自分の研究があと数ヶ月で発表段階まで持っていけるかがやや不安ではあるが...(頑張っています)


終わりに

  ここまで11月まで私がどんな生活をしていたか、まとめてみた。探索と創作をテーマに、さまざまな「学問」、「芸術」、「人」、「自然」に触れ感性が刺激されるあっという間の2023年だった。

 正直、東京にいた時よりも展覧会には行けず未来を見る時間、未来を考える時間、新しいもののインプットの時間が少ない気もしたが、その分人との関わりが深くなり「人」について考えることが多くなった。「人とAI」、「人と芸術」、「人の感性」この辺りについて考える日が特に多かったように思う。また、日常生活でもちょっとした「なんで?」から新しい問いを生み出したり、「みんなが快適に過ごせる空間づくり」を意識した働きかけをする日々が続いた。特に最後の空間づくりに関しては今年興味を持ったテーマであり、来年早速新しい空間を作っていく予定だ。

 来年は探索と創作に加えて「誰も取り残さない」を目標にフィールドを選ばず活動できたらと思う。

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