櫻井(仮)は静かに暮らしたい ①

 私の友人を紹介します。

 初対面の人との場を盛り上げたい。けれど自己紹介を盛るのは今後の付き合いを考えるとはばかられる。そんなとき私に力を貸してくれる友人達のエピソードを紹介したいと思います。

 今回紹介するのは櫻井(仮)。学生時代にSASUKEクイズを出し合った際、互角の実力を持つことを認め合ったことで仲良くなった友人です。ちなみにその際の問題は「初の完全制覇者である秋山和彦は先天性の弱視であるが、左右どちらの目がより悪いか」でした。
 彼は友人グループ内で最もイケメンで、顔の作りは嵐の櫻井翔さんに似ています。これにより彼を櫻井と呼び、紹介したいと思います。彼は言いました。

「俺の話で……皆に……笑顔を……」


 ある秋の夜のこと

 草木も眠る丑三つ時、住人の9割5分が眠ったベッドタウンの片隅で、私はやっと仕事を終わらせた。孤独なオフィスを片付けて、戸締りをし暗い路地へ出る。そんなタイミングで櫻井からの着信がスマホを震わせた。
『おう!やっぱまだ起きてたか』
「今何時だと思ってんだよ」
『いやいや。そっちも職場でしょ?』
「帰るトコだけどな」
電話口の向こうからも、アスファルトを踏む革靴や、マイクを撫ぜる風の音が聞こえている。今夜は初めての夜勤だと聞いていたが、なぜ外に出たのだろう?
『お疲れ!ところでさ。コンビニに瞬間接着剤とか売ってるかな?』
「木工用ボンドなら置いてるの見たことあるけど。瞬間接着剤は分かんないなぁ」
『ボンドかぁ。ボンドでもイケるか?』
「圧着すれば強度は問題無いケースが多いと聞くけど」
『なるほど?まあ、俺がそんな物を求めることになった経緯を聞いてほしいんだけどさ』
跳ねる声。なるほど、夜勤中に何かが起きてテンション裏返ったのか。
「いいぜ。聞かせてもらおうじゃないの」
『サンキュ!お礼にこの話、ネタにしていいから』
そうして深夜の散歩と、夜半の冒険の報告が繰り広げられたのである。


 櫻井は語る

 その日は初めての夜間対応で、頼れる上司がある程度の時間までは手伝ってくれる予定だったのだが、奥さんが急に体調を崩したそうで、オートロックや警備通報など設備の注意点だけレクチャーをもらったところで帰宅を促した。探求心にあふれる櫻井は、その技術を既に信頼されていたようで、上司は申し訳無さそうにしながらも任せて帰宅していった。
 実際、仕事はスムーズに進行した。23時から着手し、25時には処置が終了。あとは27時30分まで時間を置き、何も起きなければ業務終了である。25時と言えば、この頃の櫻井が会社を出るのに“ちょっと遅い”程度の時間。まあそんなだから睡眠不足から目つきはどんどん鋭くなり、友人らから「5~6人殺した後の櫻井翔」「ニュース番組にキャスターじゃなく護送中の写真で全国進出」「一晩に九蓮宝燈以外を達成しそう」などと言われる始末だった。しかし今日は、この夜のためにシエスタしたこともあり、元気が有り余っているのだった。
 LINEを開き、夕方に友と交わした焼肉の約束を見返し、冷めつつあるコーヒーを呷って立ち上がった。
「ヨッシャ!普段やれない社内探検をしよう!」

『やらない?やるっしょ!』
「分かる」
『でしょ~!そんでドコ行くか考えたんだよね』

 櫻井は考えた。アイデアを捻り出すいつもの癖で、自分の椅子に深く腰掛け右から左へ目を流す。と、数メートル離れたちょっと良い椅子が目に入る。部長の椅子だ。
 おもむろに移り、部長の席からオフィスを眺める。闇に包まれた無人の職場は昼からガラリと雰囲気を変えているが、別段感動は無かった。この部屋のそんな光景など、悲しいかな既に見飽きていたからだ。加えて、座った椅子に他の物との大きな違いが無かった。良い物ではあるのだが。
 肩透かしに笑いつつ、どこへ行こうか、どう回ろうかと考えながら社内地図のpdfを眺める。そして決めた。


「迷ったら大将首を獲りにいこう」

 立ち上がる。ネクタイを締めなおし、襟を正して足を進める。カツン、カツンと響く廊下の続く先は、入社日にトップと挨拶した部屋。すなわち社長室である。
「失礼します!」
ハキハキと入室あいさつをし、気持ち重たい扉をオープン。無人のデスクの向こうで夜景が煌いている。
 足を踏み入れ、後ろ手で扉を閉める。来客用のソファとテーブル、数冊だけのファイル棚の脇を抜け、宵闇の中で更に黒く存在感のある社長デスクへ。奥へと回り、その椅子へと腰を下ろした。
「おぉ……」
目測から5センチ沈んだところで体重を受け止める黒革の椅子。その座り心地に感動する。背を預け、ひじ掛け部を指で撫ぜながら改めて部屋を見渡す。落ち着いた調度品や高級な家具が並び、ただの壁にもさり気ない装飾が施され、見る目を飽きさせない。
「ちょっと待て」
櫻井の両目がその壁で止まる。引き寄せられたと言っていい。自分は今日、このためにここにいるのではないか。そう思った。

「待って。嫌な予感がするんだけど」
『え?』
「だって今、お前外だろ?それにさっきの会話。そこから導かれる答えって……」
『さすが!分かってるぅ!』


 鋼鉄の魔城

 櫻井が捉えたのはシンプルな壁の装飾。艶消しされた数センチ角の木材が、頭部より少し高い位置で水平に取り付けられており、落ち着き払ったその色合いが彼の心を沸き立たせた。
 腰を上げ、ゆっくりと壁に近付く。
 脳内ではいつの間にかBGMで“幻夜(https://www.youtube.com/watch?v=B9pY6C9b9zY)”が流れ、最近の筋トレシーンが映っていく。それはまさしくTBSの番組SASUKEのカット。櫻井と言う男は今、社長室ではなく、鋼鉄の魔城に立つ1人の挑戦者として、その代名詞的エリア“クリフハンガー”の前に佇んでいたのだ。

クレイジークリフハンガー

 BGMと鼓動が重なり、気持ちが高ぶる。ジャケットを社長のデスクへ放り、Yシャツの袖をまくり上げた。右手、そして左手と、片方ずつグッパッと開閉して感触を確かめる。自身がどんどん集中していくのが分かった。一度全身を脱力し、改めて壁の突起へと指を添える。いつの間にか辺りは無音で、そこには櫻井と、彼の挑戦を受けて立つクリフハンガーのみが存在していた。
 指がかかる。ひやりとした夜の感触。しかし心臓の送り出す熱量がそれを遥かに凌駕する。静かながら深い呼吸が胸に渦巻き、酸素が全身を巡り力を産む。広背筋、上腕二頭筋が唸りを上げ、そっと、つま先が床から浮いた。全体重を支える指先が、緊張と喜びに打ち震える。自然と上がった口角をそのままに、力が逃げないよう噛み締めて、右手を離し、先へ進める。掴み、左手を引き付ける。
──バキャァッ!
 耐え切れなかった。クリフハンガーの下り段差で力尽きる竹田敏浩の姿が脳裏をよぎる。足から落下し、仰向けに着水する。(参考イメージ)
 しかしそんな幻想を、打ち据えた尻の痛みが打ち砕いた。
「いってェ……」
社長室の床が柔らかくて助かった。幸いにも怪我は無いようだ。上体を起こしてゆっくりと深呼吸した。
 ポロリ。胸元から何かが落下し、太ももを叩いた。見れば1メートルほどの裂けた棒である。
「何だこれ?」
手に取り観察する。数秒の内に理解し、血の気が引いた。
「社長室壊れとるやんけ!!!」

角材


『……と、言うワケで、社長室の装飾を直すのに接着剤を求めて夜の街をさまよっているんだけど』
「うん。バカじゃないの!?」
『いやぁ照れるぜ』
「驚くほどプラス思考」
『そんなこんなで社長室直してから仕事終わらせて帰るから。お前も気を付けろよな!』


 SASUKEごっこで社長室を破壊した話

 これが、私の友人櫻井の“SASUKEごっこで社長室を破壊した話”である。
 あなたの勤める会社の社長室で、もし、3センチ角の木材が装飾で取り付けられていたら、気を付けてぶら下がってください。それは既に他従業員の手によって壊されているかも知れませんので。
 機会があれば、彼の他の逸話も紹介していきたいと思います。


#キナリ杯 #日記 #私の友人を紹介します

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