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あきらめるな、オトナ

ビリーバーズ広尾事務局担当のくらもとです。
私はリモートワークなので、自宅で仕事をして、ミーティングをしていることが多いです。

そんな私に、息子が
「かーさん、会議ってどんなことしてるん?」
って聞くから、
「いろんな人と、いろんな話をしているよ。」
と伝えたら、
「オレは、会議の言葉の説明を聞きたいんじゃないねん。具体的にどんな話をしているのか、エピソードでいいから教えて。」
と突っ込まれました。(さすが大阪人。。。違)

そこで、先日不登校に向き合う3家族との話とかもあったよ~(詳細こちら)、でも親や大人ができることってあんまりないよねって話になるんだけどね、と伝えたら、
「そこで、あきらめんな、オトナ!しっかり頑張ろうぜ!」
と言われてしまった。。。笑

彼の主張は、
「子どもは2種類しかおらん。話を聞いたほしい子かそっとしてほしい子。その2種類の対応をどうするかってことができへんの?」
と感じるそうな。

彼が小学校6年生の時に、先生との折り合いが悪く、そこで強く
「話を聞いてもらえない。」
ということと、
「少し一人でゆっくりしたいのに、そっとしてくれない。」
ということを感じたらしい。
実際に、当時話を聞いてもらいたいのに、先生に話を聞いてもらえない子に対し、息子が話を聞いていた、なんてことがあったというのも息子から聞いたことがあります。

学校という場所で、
「しっかり話をきいてもらう。」
「一人でゆっくり過ごす時間を大切にしてもらう。」
ことができたら、楽になれる子がいるのに、なぜそれがかなわないんだろう。こんなにシンプルなことなのに。
というのが、息子が私に訴えてきたことです。

私自身は、学校の先生とやり取りしていて、忙しい中で丁寧に対応してもらっているなという感謝の気持ちがあるし、息子や娘の気持ちを優先しながらどうやってやっていくかを一緒に考えてもらえてうれしいなという気持ちがあります。だから、簡単に「学校が、先生が、」ということは言えないし、言いたくありません。

息子が、「あきらめんな、オトナ」の言葉の中に、私に対するメッセージが思いっきり含まれていたのかもしれません。

まずは、私にできること。
自分の子どもの話を聞き、そっとするときはそっとする。
そこを丁寧に、改めてやっていきます。

その次にできること。
息子が世の中の困っている子の気持ちを代弁したのかもしれないので、彼の言葉を周りの大人に伝えていく。
困っている子がいたら、もしかしたら正面向いてしっかりと話を受け止めてほしいのかもしれません。もしかしたら、存在を認めつつ何もせずにそっと見守ってほしいのかもしれません。
どちらかの可能性があるかもしれないな、なんてことを頭の片隅に置いてもらえると、うれしいな~と思います。

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小学校の卒業文集に息子が載せた文章。
どこでも自分の言いたいことを言うというのは難しいけれど、少なくとも子どもひとりひとりに自分の素直な想いが伝えられる場所ができるように、と私も願っています。

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