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僕とおばさんの3日間労働


いつまで親のすねをかじれる? 親孝行する余裕がない
老後の親の面倒見れる? 頼みの綱は国民年金!!
目的も無く留年かまし 気付いたら新卒も終わってた
学んだこと髪と共に薄れ 社会は歳下先輩ばっか

貧困ビジネス-キュウソネコカミ


 就活を終えてもうすぐ半年。そして、長くお世話になっていた大好きなブランドを離れて1ヶ月半。同時に内定先での勤務が始まってから1ヶ月。

そう、私には約半月の会社に属さない時間があった。

全く働いていなかったわけではない。3日間だけ、いや3日間という短い期間ではあるが濃ゆい場所で派遣のアルバイトをしていた。

これまで、前歯が無いご老体が続々とやってくるパチンコ屋の隣の中華料理屋のキッチンのアルバイトや、インド人が大量に布団を買っていく店のレジや、有楽町丸井の販売員や説明会のサクラと様々な場所の様々な職種で働いてきたが、これまた少し変わったアルバイトだった。

私が働いたのは、地元のとある布団工場。時給はかなり高め。

色々ワクチンのデータ入力だとか選挙の開票作業とかあったけど、決まったのがこれしかなかった。

派遣の登録サイト曰く、業務内容は布団カバーをかけたり外したりするだけ。

にしては時給が高い。大丈夫か?

恐怖の初日

恐る恐る早朝に自転車をかっ飛ばし、その工場に向かう。

同じ名前の工場が道路挟んで2つあり、どっちに行けばいいのかわからない。

たちまち聴いていたOKAMOTO'Sを再生停止し、焦り出す。

すると後ろから声が聞こえる。

「派遣の子?!(信じられない近い距離での大声)」

ああはい、そうです。と言って振り返ると、2丁拳銃の川谷の奥さん(以下略:2丁拳銃)みたいな目がギンギンの女の人が立っていた。

もうなんか、ヤバそうなんですけど。帰りたいな。けどもうこのタイミングで飛ぶのは終わってるからとりあえず行くか。

朝の室内とは思えないくらい暗い工場。羽毛が飛ぶので勿論窓は密閉。初日は派遣の人が2丁拳銃ともう1人いた。10歳くらい上で、子供を養うために色々な派遣をしているんだそう。

私たちの他にも、その会社に勤めているパートのおばさんが10人近くいた。パートのおばさんたちとは、休憩室もトイレも違くて、石鹸も使わせてもらえない。そんなパートさんたちの着替えている間を通って作業場へと向かう。少し失礼だが、皆同じ制服で貧相な薄化粧の暗いおばさんたちがヒソヒソと話す声が聞こえる。

その時そんなドラマや映画や漫画を見たことがないのに、「ここは女囚人の更生施設なんか?」と思った。それくらい冷たい視線とヒソヒソ話が刺さった。

私の想像の中の派遣の工場バイトは、森の小人だったが現実はただの女囚人だった。

嫌な音で始まり、終わるベル。休憩開始・終了も同じベル。音で病むのは初めてだった。

最初は社宅やビジホから届いた布団のカバーを外して畳んでいた。私はあまりお利口さんではない街に育ったせいか、普通に最初に習ったことを淡々とこなしているだけで「昔どっかでやってた?」と皆に聞かれた。昔ほど生きていない22歳だし、そもそもそういうのってスポーツで言うんじゃないの?と頭の中ハテナだらけだった。昔布団畳んでたやつってなんだよ、千と千尋の神隠しの世界か?あと、決まった時間にしかトイレに行けず地獄だった。

いつ腕時計を見ても3分ずつしか時間が経たず、もうそういうパラレルワールドかこの工場の中だけ時空が歪んでいて通常よりも働かされているんじゃないかと思った。そして、最初に話しかけてきた2丁拳銃は作業着になると腕があざだらけだった。

昼休憩になり、埃だらけの部屋で静かにお弁当を食べる。特に会話もしていなかったが、突然2丁拳銃が口を開く。「このアザ、昨日息子にやられたんだよね〜ボコボコにされちゃった(笑)」

気遣って誰も聞いていなかったどころか、最悪な理由のやつだった。返事に困って「fえ〜」と50音にはない音で返してしまった。

その話が怖すぎて、15時休憩までの記憶がまるでない。そして休憩を迎える。共用の水筒を置くスペースに向かうと、それまで全く話しかけてこなかったもう1人の派遣の人が焦りながらこっちに来る。「私の水筒がなくなっちゃって・・・。」

そんな仕打ちある?と思った。すごく陰湿ないじめが横行していた私の中学でも流石になかった。しかし、他人の心配をしていられるほど腸内環境が良くなかったため私はトイレへ走った。戻るとその人はもっと絶望していた。聞いてみると、パートの人が間違えて薬用に全て飲んでしまっていたらしい。被告は「似ていたから間違えちゃったahaha」などと供述している。初めていった派遣先で知らない意地悪なおばさんに水筒を飲み干され、MPも口内の水分量もゼロになってしまった彼女は絶望していた。

そんなこんなで初日が終わる。あと2日飛んでしまおうか迷ったが、これはいつか自分が「すべらない話」に出たら必ず話そう、そしてネタを増やそうと決心し辞めないことを誓う。

出会いの2日目

2日目は、2丁拳銃ともう1人よくこの工場で働いている派遣の人がいた。その人は駆け抜けて軽トラの餅田コシヒカリそっくりだった。もう本当に帰ってから今の髪型や住んでる場所を探してしまうくらいには似ていた。しっかり別人だということを確認した上で間違えて「餅田さん」と呼んでしまい、心臓がキュッとなった。

パートの人と作業することが多い日だった。ほつれたり、状態が悪くなった布団を縫い直すのだが、その縫い直した布団をパートの人に走って渡すという業務がある。そのペアが、朴槿恵元大統領のようなおばさん。

これがまあキツかった。布団をしっかりと持たなきゃいけなくて、しかも全力疾走。すぐにバテてしまった。私は今まで仕事ができすぎて褒められまくっていたが、ここで最大のミスをする。

足が滑り手の力が抜け、朴槿恵元大統領の顔面に重くて硬い敷布団をぶち当ててしまった。新幹線くらいの速度で謝罪した。昼までずっと無視された。それを気にしすぎて腹を壊し、休憩遅刻。それを後ろで歯が真っ黄色のおじさんと歯が何故か真っ黒で何も面白くない時も笑っている激ヤバおじさんがニヤニヤしながら見ていた。

もう立場がない、生きていけない。悲しい顔をしながら軍手を外すと、朴槿恵が隣に来て「まぁ〜!小さいおてて!カワイィィ〜赤ちゃんみたい〜ィイ」と言って手を揉んできて、全て許された。怖いがとりあえず工場内での人権を取り戻すことに成功した。そこから仲良くパート4人とお話ししながら布団のカバー掛けをしていたが、出てきた話題が「死刑」と「青汁」の2本仕立てでこれ来週のサザエさんだったら終わるなと思っていた。

どんどんおばさんたちの機嫌も良くなっていき、私が履いていた太いカーゴパンツを触ってきた。「太いズボンだね、中に綿でも入ってるの?」おばさん、私の下半身が太いだけだよ。そこは普通に尻だよ。

ちょっと気まずくなって帰宅。けど、帰るときに駐輪場で揺れるお肉と共に腕を全力で振って「またね〜!!!!!」と。

別れの日

実はもう辞めて1ヶ月くらいになるが、布団工場の人たちにはもう行かないことをまだ言っていない。だから、またいつか来ると思っている。

この3日目も、2日目から2週間ほど空いていた。

久々に行くと、おばさんたちはもう私辞めたのかと思っていたらしくキャーキャー言いながら手を握ってきた。まるで全盛期の空港のペ・ヨンジュンだ。秋のソナタさながら働く。

そしてお昼休憩の時に2丁拳銃が見たことない飴をくれた。シンプルに嬉しかったのだが、「美味しいかわかんないから先に食べて」と言われて一気に嬉しくなくなった。恐る恐る開封すると、LSDのような見た目の粉に塗れた飴玉。開けてしまったので決死の覚悟で食べると、その粉はひんやりするものでかき氷味だった。美味しかったし、多分普通より美味しく感じた。

帰りにおばさんたちがたくさんお菓子をくれた。最初のあの感じはなんだったんだ、そして何故今日こんなにくれるんだ。辞めることを暗示した?と疑問に思いながら携帯を開くと、ハロウィン前日だった。可愛いとこあんじゃん。

こうして3日間のおばさんたちとの労働が終わった。

最初は嫌で仕方がなかったが、なんだかんだおもろかった。

そして、あんなにしんどい仕事なのにみんな帰ってから普通に家事をしているんだと考えると少し世界のおばさんたちに優しくなれた気がする。

ツートライブの去年のM-1のような。「ナップザック」のような。

噂に聞いていたのとちょっと違うけど、やっぱり派遣バイトって怖いね!

では、この辺でやめさせてもらいます。長々とすみません。

どうも、ありがとうございました〜。


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