ウォール・ストリート
「お金より大事なもの見つけてもいないのに、お金のために働かないなんて。言い訳してるようにしか聞こえないよ」
彼は、夕方の大学の廊下で私と真正面に向き合いながら諭すように言葉にした。
彼は次の春から世界で一番有名な投資銀行に就職することが決まっていて、周りからとてもちやほやされていた。
しかし、そんな周りの熱狂とは裏腹に彼は「こんなことなんでもない」という風に担然と過ごしていて、それが私は余計に気に食わなかったのかもしれない。
彼とは在学中に留学していた先の大学が同じこともあってかなり意識していた。
周りの騒音をものともしない集中力、勉強机に向かっている圧倒的時間の長さ、その姿勢に彼を駆り立てる深い背景、誰にでも対等に向き合う対話力、一を聞いて十を知るキレ、そのどれもが誰もに一目置かれる存在だった。
帰国後も変わらず精力的にインターンシップに参加し、名だたる企業からのオファーを勝ち取っていたが、その内定先を聞いたときは誰もが納得した。
そんな彼に私は突っかかった。
「お金のためにさ、人生の大事な時間費やすのってもったいなくない?お金持ちの人をさらにお金持ちにするための仕事ってなんの意味があるの?」
そんな中学生みたいな、向こう側が透けて見える私の質問に対して彼はなんの感情の抑揚も見せずに答えた。
「お金を稼ぐために働くんだよ。社会のため、自己実現のため。みんな色々難しそうなことを言う。でも、お金のために働いていると公言してる人こそがこれまでに会った社会人の人たちで一番純粋で信用ができた。」
「資本主義を終わらせるための運動をするならわかる。とても長くかかるだろうし意味があるとは思えないけどでも、それでも筋は通ってる。でも、大いに資本主義の戦場に立ちながら、「お金のためじゃない」なんて矛盾した発言、僕は理解できない。お金よりも大切なもののために働くんだ、とかいうのカッコ悪いからやめた方がいいよ。」
彼は今もプロ野球選手のような年収を稼いでいる。
対して私は、もしかしたらいまだに「お金よりも大切なもの」をみつけられていないかもしれない。
家族と暮らすために必要なお金、移動するのに必要なお金、両親を喜ばせるのに必要なお金、古びた服を新しくするためのお金、電気をつけるのに必要なお金。
どれもお金があれば叶う。
お金から開放されたいと思うのに、お金なしでは生きられずすぐにお金に擦り寄る私。
お金のことを好きでもなんでもないのに、お金に真正面から向き合い、お金をたくさん持ち、お金に好かれる彼。
いま、彼に同じことを言われても、あの頃と同じように嫌な顔をするだけで、何も言い返せないなあとこの映画を見て思った。
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