見出し画像

半地下の家族

その催促状は黄色だった。

少なくとも私の頭の中ではそう記憶されている。

大学2年生だった私は、たまにリビングの机の上でそれを見かけることがあったのだが、初めてその日、それを手に取り内容を確認した。

「電気料金支払いのお願い」「支払い期限を過ぎています」

なんのことか分からず何度も読み返し、宛先が間違っているのではないかと何度も裏側を見直した。

私が呆然とその催促状を見つめて突っ立っていると、母親がリビングに入ってきた。

初めはいつものにこやかな表情が、私が何を手にしているかを認めると、すうっと固くなっていくのがわかった。

「それは、お父さんの仕事の収入のタイミングのずれで、どうしてもそうなってしまうのよ。」

いや、そういう事じゃない。

月々の電気代分すらもうちの家には貯金が無かったのだ。

その事実を目の当たりにして私の背筋は凍り、変な汗が流れ、頭が変な風に回転して「大学を退学したとしてこんな私が働ける口はどんなところだろう」とかまで考えていた。

母親は「あなたはあなたがやるべき事をしてね。」とかいっていたような気がするが、何を悠長な事を言っているのだ、数週間で支払わなければこの家の電気が止まるんだぞ、と怒りを通り過ぎて泣きそうなくらい悲しくなっていたような気がする。

その後、性格な貯金額の把握、実際の平均的な収入額と借金の総額、借金している先の洗い出し、不必要な出費、換金性の高いものの売却、自分と兄弟の奨学金申請、と世間知らずの大学生ながら文字通り死に物狂いで行動した。

恥ずかしさや恥もあったが、そんな事言ってられないという逼迫感があった私は友達や大学の教授にまで退学後の自分の就職先の相談に乗って貰おうとしていた。

しかし、問題は唐突に解決された。

危篤状態だった祖父によって。

喪に服す間もなく弁護士が遺産の整理、遺言の内容を告げ、私の実家の経済的問題は解決された。

父親が「あの人には自分の生き方が無い」と揶揄していた、定年まで実直に勤め上げた元公務員の祖父によって。

経済的に不安がないということは、この資本主義の世界では全てに優先される。

だが、私の実家への愛情の形は完全に変わってしまっていた。

この映画で、そんな思い出したく無い記憶が呼び起こされた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?