糸
恥かしいから止めて欲しかった。
中学生の時に文化祭の幕間演奏で、彼が弾き語りをした時に私はそう思った。
カラオケでやれば良いのに、何でわざわざみんなの前でやりたがるんだろう。本当に承認欲求の強いやつだなあと。
声も高い音は綺麗に出ておらずメロディーも時折外しているように聞こえる。
演奏後のまばらな拍手で、私だけがそう思っていたわけでは無いことが分かった。
私と彼は中高一貫に通っていたので、彼が高校生になっても音楽に情熱を傾けていることは知っていた。
高校生になったら、バンドを組んだらしく文化祭でも演奏していたらしいが、見に行ったことはなかった。
頑張っているのに結果が出ていない姿をまた晒しているのだろうと思うと、恥ずかしいし何故か腹が立った。
何でそんな事ができるのか理解できず、理解しようともしていなかった。
それから二十年経って、共通の友人の結婚式で彼が歌っていた。
「糸」
今は、舞台美術や照明の仕事をしているらしい。
その歌声と一本のギターの奏でる音は、魂で歌っているように私たちの心に届いた。
大きい声では無い。超絶技巧のギターが出るわけでも無い。
ただ、一つ一つの音を丁寧に声でもギターでも出して、届けよう、伝えようとしているのが分かる演奏だった。
彼の情熱は、私が想像する成長を遥かに上回り極まっていた。
成長とは、誰かに恥を撒き散らしながらでも進んだその先に待っていることを思い知らされた歌声だった。
この映画を見ている間、ずっと彼の歌声がリフレインしていた。
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