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【掌編小説】レモンから #シロクマ文芸部

本編の前に。
こちらの話は以下の作品に基づいています。

 まさにレモンという爆弾を落とした名作ですので、まずこちらをご覧いただいたうえで先へお進みください。掌編というより感想文です。



(読了目安3分/約2000字+α)


 レモンからにじみ出るのはクエン酸か。だとしたらテアフラビンに反応してもっと薄くなるだろう。おそらくこれはレモンの皮についた油膜。

 私はやれやれ、とため息をつくとスプーンでレモンを取り出した。喫茶店で頼む紅茶に期待する方が悪いのだ。然程の香りもない紅茶をそっと口に含む。

「どう思います?」

 向かいの席に座る彼女が目を輝かせてこちらを見つめている。

「どうもこうも」

 大きく息を吐く。店内は珈琲の匂いが沁みついている。観念して珈琲を頼むべきだったか。

「訊きたいことがあるっていうのは、それか? ほかに訊くことは無いのか。てっきり卒論の相談かと思いノコノコとやってきたのだが」

「こういうトレンドから課題を見つけて、研究に役立てるんですよ」

 彼女のこういうしたたかなところは嫌いではない。とはいえ。

「その話はフィクションか?」

「さあ。フィクションテイストの実話かもしれません。とにかく、男女の友情はあるのか問題、通称レモン論争はここ三ヶ月くらいSNSでずっと話題なんです」

「有名なのか? 全く聞いたことが無いが」

「有名ですよ。まあ、ずっと論争されているというよりは、あっちでドカン、こっちでドカンって感じですかね」

 カフェラテを飲み干した彼女は、両手をグーパーしながら満面の笑みで答える。私は黙して紅茶を飲む。

「で、どう思います?」

 机に肘をつき、私をのぞき込むように見上げる期待の目。三度目のため息をつくと、煙草を取り出す。この店を選んだのは未だに店内で吸えるからに他ならない。天井に向かって煙を吐き出すと、感想を述べる。

「クソ野郎だな」

「え? どっちがですか?」

「どっちも」

「それは、男女の友情は無い、ということ?」

「それが友情だと思うのか?」

「特別な関係ではありますよね。でも恋愛じゃない。だったら友情なのでは?」

「なぜ恋愛じゃないと言える?」

「え、だって、夜中の十時に訪ねて来てパスタのみのセックス無しですよ。元カップルですよ。恋愛だったら、ヤルでしょ普通」

「君の普通は世界の普通か」

「はい」

 喉にかかった苦い煙にむせる。気を取り直すように、脚を組み直す。

「質問を変えよう。夜中の十時に訪ねて来てパスタのみのセックス無しという話だが、本当にそうだと思うか?」

「え、前提を疑います?」

「真実がどうかではない。セックス有りだった可能性はあるのかだ」

 彼女は呻りながらスマホをいじりだす。もう一度読み返しているのだろう。

「まあ、可能性は、あるかな」

「あるかな、ではない。ある。もともとその女は泊めてほしいと言ってきたのだろう。もともとその気だった。いや、そうなっても構わないと思っていた。だが実際は帰ることにした。なぜか。それ以前に目的が叶ったからだ」

「目的って? レモンのストックですか? 来客用のコーヒーカップですか?」

「言葉の牽制も含む。その男についている手綱を確認できたのだろう」

「章くんのハートはまだ私のものってこと?」

「この二人は子どもの名前を話すくらいの仲だった。結婚を前提とした付き合いだったのだろう。だが何らかの理由で別れ、女は別の男と結婚をした。この男、章と言ったか、結婚をせずに七年前の恋を引きずりレモンを買い続ける。お揃いのコーヒーカップは捨てられず、引っ越しもしない。いざ女から、夜中に電話で叩き起こされても、尻尾を振ってパスタをつくり、何もしないと紳士ぶる」

 彼女はあはは、と大きな口を開けて笑う。

「小悪魔とバカ犬ってことですか」

「我慢比べ、意地の張り合い、でもあるな」

「先に手を出したら負け」

「加害者にはなりたくない。だが被害者にはなりたい」

「元カノは夜中、弱った姿を見せに元カレを訪ね、夫のグチを言う」

「男は包容力があるように見せて、レモンや珈琲で貴方のことを想っているとアピールする」

「ギリギリを楽しむマゾヒストカップル」

「友情という名の皮を被った狼たちの恋愛ゲーム」

 私はゆっくりと煙を吐き出し、思考を落ち着ける。

「だが、恋愛観も友情観も、個人によるものだ。彼らがそれを友情と定義すればそれは友情になる。ゆえに結論は、勝手にしろ、だ。そしてどう思うかと感想を問われれば、クソ野郎、だ」

 すっかり冷えた紅茶を飲み干し、ソーサーのレモンを見つめる。

「あと現実的なアドバイスをするとしたら、レモンはくし形に切り冷凍すると便利だ」

「あ、そういえば冷凍庫にレモンが入ってましたね」

 伝票を手に取る私に、彼女は手を合わせる。最初からおごってもらうつもりだったのだろう。

「ね、先生。今日、家行っていいですか?」

 手を合わせて拝む姿勢のまま、ねだるように見上げる。

「卒論の相談であれば応じる」

 彼女は声を上げて、あははと笑った。

「先生も相変わらずクソ野郎ですよね」

「お互い様だな」

 私は軽く頬を上げ、先に席を立つ。



どうも。幽霊部員です。2か月ぶりに参加した回から3か月ぶりです。

テーマは「レモンから」。
……これは、「俺、いる?」問題に言及せよという、そういう意味ですよね。この週末は嵐が来そう……。
困ったときは先行逃げ切りでっす🐤💨

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